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夢 守 教 会
†† 第一話「少女のケニング」1/(2)
◇
――二週間と一日前。
「あ、見つめてる」
これは大変だと、重たいドアを開け、僕はよろめくように部屋の外に出た。
時刻は深夜二十六時半。葉明学園の寄宿舎は深い静謐に包まれていた。
夜の闇の静けさとは裏腹に、僕の内面は少々穏やかじゃない。二ヶ月と半分ほど前から顕著に現れだした、ある症状がこんな深夜に始まってしまったからだ。
「あー、見ている、明らかに、コレは見ているな」
危ない人のように、一人深夜の廊下で自室のドアにもたれかかりながら一人言をつぶやいてみる。しかし、実際問題として、現在の僕は危ない人だったりするのだ。
というのも、見ている見ているとつぶやいてはみるけれど、僕のことを誰が見ているかというと、別にそこに第三者が存在している訳じゃないからだ。
寄宿舎に忍び込んだ不審者が僕を見つめているとか、そういった事実はいっさい無いのだ。
じゃあ一体誰が僕のことを見ているのか? 実は、あろうことか、僕のことを見ているのは他ならぬ僕自身なのである。
まったくもって不思議な感覚なのだけれど、僕自身が僕を見ているような、そんな感覚に僕は憑かれてしまっているのである。
幽霊になった僕自身が僕の体から飛び出して、ちょっと外側から僕のことを見ている感じ。この表現が、今まで考えた中ではこの症状を表すのに一番しっくりとくる。
これだけを聞くと、案外なんとも無いような、むしろ幽体離脱体験みたいで面白そうじゃないかなんて思うかもしれないけれど、実はこれが案外、いや、非常にツライ。
まず、幽霊のようにここから抜け出してしまった僕の分、僕という存在が半分になってしまったかのような、非常に夢心地な感覚に僕は捕らわれてしまう。これが何とも自分の存在が薄くなってしまった感じで気持ちが悪いのだ。
そして、存在が半分に別れてしまった負荷が体を蝕んでいるのかどうかよく分からないけど、中々に強い動悸が僕の胸の辺りで始まるのだ。
これが非常にツライ。ここにいる僕は夢の中にいるようなのに、動悸は現実のモノとして感じている。この矛盾がとてもつらい。
まったくもって、矛盾は辛苦なのだと思う。
そんな苦しさにこんな深夜に襲われてしまったものだからたまらない。
「コレは、助けを求めるしかないな」
苦しさを紛らわせるように声を出して、僕は寄宿舎の外へ向けて廊下を歩きだした。
ポケットから精神科医が処方した薬を取り出し、気休めに水無しで飲み込む。
薬なんてまったく効かない所まで自分は来てしまっていることを自覚しているからだろうか、なんだか寄宿舎の出口がとても遠いものに思える。
助けが欲しい、改めてそう思う。
しかしながら、こんな時、助けになってくれる人を僕はこの世でたった一人しか知らない。
その人は、僕にとってこの世で最も信用できる大人で、また同時に、その人は、僕がこれまで出会った中で最も優れた知性を持った女性でもある。
その人の名前は、木間菖蒲(もくまあやめ)さんと言うのだけれど。
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