†† 夢 守 教 会 ††  第一話「少女のケニング」2/(2)

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 理子は服装に気を使う性質らしく、彼女の着ているものなんて会うたびに変わっているのだけれど、とりあえず今日の理子は黒色のカーゴミニのスカートに、何やら怪しげな二重ベルト、上半身は無地の白シャツの上に何やら物々しい英語がプリントアウトされたグレイの長袖ジャケットを羽織っているといったスタイルだ。
 この二週間余りの浅いつき合いから僕が汲み取った理子という少女の人物像は、その表面的な中性的振る舞いや言葉遣いとは裏腹に、内面的には部屋の中で硬質の書物を延々と読み続けている文系的な女の子といった感じで、甚だインドアなモノだったりする。
 けれど、それをさらに裏返すように、内面指向の性質を持ちつつも、外見は街の人というか何というか、結構オシャレでアクティブな格好をいつもしている。
 あくまで外見だけを見れば、こんな女の子と街を歩けるティーンエイジャーの男というのは、傍目に羨ましいものなんじゃないだろうかと思う。つまり、十六歳たる僕の今のこの状況も、客観的に見れば非常に羨ましい状況であるということになる。
 それはいい、それはいいんだけど、この状況は何なのか。
――デートだなんて、別に期待なんかしてなかったけれど。
 ボヤきながら、僕は先ほど理子から渡された二色刷のビラを手に取る。
 場所は市の中心街に位置するファーストフード店。目的の場所に行く前に昼食にしようとの理子の提案を受け、僕らは現在ハンバーガーとドリンクを片手に店内のカウンターに並んで陣取っている。
「ブレイン教会屋外講演ねェ」
 僕はもう一度、二色刷ビラに印刷されたその文字を読み上げる。
「何、二人一緒に初々しく映画を観に行くってノリで、二人並んで初々しく宗教講演を聞きに行くってのが僕らの初デートなワケ?」
 すると理子は親指を立て、いわゆるサムズアップのジェスチャーで「その通り」の意を示した。
「悪いけど、私達のこれからの活動にあたって、重要なことなんだ」
「オーケー、突っ込みたい所は多数あるんだけど、とりあえずこれから僕と理子は色気無い宗教講演を聞きに行くという点は、まあ合意しよう。でもとりあえず僕が聞きたいのは――」
 一呼吸おいて僕は訊ねる。
「何、僕らの作る宗教ってこういうのを参考にするわけ?」
 明らかに僕は額にしわを寄せている。
「バカ?」
 そんな僕に理子の愛情のないダメ出しが入る。
「参考って言えば参考だけど、多分島谷が考えているのとはまったく逆だぞ。コレは、ブレイン教会は言うなれば私達の商売敵。ちょっと仲良くなれそうにない、私達とは相反する属性の団体だ」
 そう言って理子はブレイン教会という団体についての簡単な解説をしてくれた。
 理子の話を要約すると、どうもブレイン教会とはその響き通りの新興宗教団体で、ブレイン、すなわち人間の脳を信仰の対象としている教会らしい。特徴を挙げるとすれば、ここ一年余りの間に急速にこの街で勢力を伸ばしてきた団体であり、その信徒の大部分が十代後半から二十代前半の若者によって構成されているという点が挙げられるそうだ。それよりも何よりも僕が驚いたのは、そのことを公にしている生徒は少なくとも、僕らが所属する葉明学園内部にもかなりこの新興宗教は浸透しつつあるらしい。
「マジかよ」
「マジですよ」
 まるで自分の持ち合わせになかった情報を披露されて、僕は少々戸惑いを覚えた。でも、まてよ、となると、こういった情報を菖蒲さんが知らないはずがないから、菖蒲さんはあの時「宗教」という選択肢を選んだ僕に対して、敢えてこのブレイン教会ではなく、こちらの利発な新興宗教少女の方を紹介したということなんだろうか。
「それでね、私達の宗教も、まだ名前は無いけれど、今後信者を仲間に迎え入れるとしたら、やっぱり葉明学園の生徒に最初は当たることになるじゃないか? 思いっきり市場がブツかるワケだよ、ブレイン教会とは。私達はブレイン教会と図らずも対立しなきゃならないワケ。で、昔から敵を知れば百戦危うからずって言うだろ? 取りあえずそれが、今日の目的ってわけだ」
 それに、と理子は続けた。
「今朝、菖蒲さんと私でちょっと話たこともあるしな。島谷は聞いたか? 今度はな、飼育部の飼ってたウサギがみんな殺られたらしい」
「マジですか」
「マジですよ」
 その話は知らなかった。しかしその話だと必然的にこの前の吹奏楽部の件を思い出すことになる。
「それは、この前の吹奏楽部の楽器破壊事件と同一犯……ってことかな?」
「まだどっちも犯人は捕まってないから何とも……。でも菖蒲さんはそう考えているみたいだな」
「うん、それは僕もあり得ると思うけれど、それと今日行くブレイン教会の講演と何の関係があるわけ?」
「うーんそれはまだ分からないけど、言うなれば、それを確かめるためにも今日は行ってみる感じ。私達は情報を持ち帰るだけ、詳しくは菖蒲さんが後で色々話してくれるんじゃないか。今日は、宗教講演が終わったら帰りは菖蒲さんの部屋の方向で」
「それは、随分また濃い一日になりそうな……」
 僕がこれからの今日一日に思いを馳せた所で、何やら陽気な電子音が鳴りだした。コレは、理子のPHSの着信音だ。一九九九年の現在、こういった通信機器は高校生の間にも浸透しつつある。理子がこの高校生にとっての最新通信機器を所持しているのは既に前もって披露されていたため、特にこの唐突な電子音に僕が驚くということはなかった。ちなみに、時代に遅れがちな僕は勿論そのような最新機器を所持しているわけもないため、これまで僕と理子が遠距離間で切々と愛の語らいをした、というような経緯は当然のように無い。
「もしもし、あ、菖蒲さん?」
 どうやら、電子音の発信主は菖蒲さんらしい。理子の顔の輝きで分かる。理子は、菖蒲さんに対しては恋人に接するかの如く熱情的な笑顔を見せて、それこそ女の子らしい言葉使いで話すからだ。
「うんうん、いやん、そんなのまだ分からないわよ。うん、はいはい、オーケー、まかせといて」
 PHSに向かって語りかける理子の様子を腕組みしてしばし待つ。雰囲気から察するに、どうやら、それほど込み入った用件でもないようだ。
「何だって?」
「うん、講演会で配られる資料があったら参考にしたいから一部菖蒲さん用に持って帰って来てくれって、後はささやかな助言が一つ」
「助言?」
「うん、でもそれはまあ秘密で」
 片瞳をつむって下から見上げるような仕草を理子は見せた。なんとなく、菖蒲さんを僕は思い出す。
「まあ、そんなに積極的に詮索もしないけどさ」
「そうだな、女の子同士の会話にねちねちと男が踏み入るのは野暮だ。さて」
 理子はともかく、菖蒲さんは「女の子」というような年齢じゃないけどね、と突っ込もうとした僕をよそに、理子は席を立った。どうやらデート先の宗教講演へと向かうつもりらしい。
「しかしね、理子」
「うん」
 僕は理子からブレイン教会の話を聞いた時から気になっていたある想念を確認のために口にした。
「少なからず危険もあるんじゃないかな、コレから行くところ」
 少しばかり、ブレイン教会と我々は敵対関係にあると言った理子の言葉が気にかかっていた。敵対関係の行き着く所は、暴力による衝突だということが分からないほど僕は幼くはない。とりわけ、宗教のようなその人にとって大事な部分を占める概念の衝突は、深刻な争いを生み出すことがあり得ることも知っている。
 とりあえず、この後に僕は、理子、基本的に僕から離れるなよ、というようなことを言おうと思っていたのだけれど、その前に理子から僕の発言に対する驚くべき解答が返ってきた。
「その時は、実はこういう物もあったりするんだ」
 ジャケットに隠れる腰の後ろの部分、その部分からなにやら理子は取り出した。
 僕が驚いたことには、それが明らかに刃物と分かる黒柄の筒だったりしたのだ。怪しげな二重ベルトはこの凶器を装着するためのものだったのかと僕は唖然とする。
 理子は、滑らせるようにその場で鞘を半分だけ外して見せる。明らかに街中のファーストフード店で行う行為としては危険球だ。
「分類としてはサバイバルナイフだけど、少々レアなんだ。どう? 肥後守に近い、日本的な趣があるだろ? 炭素鋼って言ってな、日本刀の技術を受け継いだ世界に誇れる鋼でできてる特製なんだ。少々錆に弱いのが欠点だけど、魅力的な切れ味がたまらなかったりするんだ」
 そんなことを淡々と語ってみせる。
 僕は、未だ僕らの宗教でそのような概念を想定するのかどうかさえ決まっていない神様に対して、ささやかに祈りを捧げた。
 この少女と僕の行く末が、どうか穏便なものでありますように、と。
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