†† 夢 守 教 会 ††  第一話「少女のケニング」4/(1)

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 三日後、ようやく理子の言葉を頭の中で消化した僕は、いつかの夜のように深夜に菖蒲さんの部屋を訪れた。
「それじゃあ、本当のことなんですね?」
 いつものようにメインPCの前にこちらに背を向けて座っていた菖蒲さんは、カタカタとPCのキーを慣れた手つきで叩くと、眼前のモニターに一つの画面を導き出した。
 よく、病院の診察室で見せられる、人間の内臓を示したレントゲン画像だ。
「ブレイン教会の講演を聞きに行った日から一週間ほど、理子は優希と会うのを断っていたでしょ? それは、何故か? それは、優希と会わない時間、理子はこういった画像を病院で沢山撮っていたんだ……。そして、これは私にとっては今までと変わらない見慣れた画像。私も理子のことが好きだから、私の持ってる人脈を総動員して信頼のおける医師という医師に理子のことを診察して貰った。その結果、絶望的に動かし難い現実として突きつけられたのが、この画像。優希は見ても分からないだろうけれど、少しだけ医学の知識がある私には分かる。全ての医師達が下した結論と同じことが私には分かってしまう。理子は、もう、少ししか生きられない。どう迂言的に表現しても真実は変わらない。確かに、理子はもうすぐ死んでしまうんだ……」
「どうして」
 僕は片手で頭を掻きむしる。
「どうして理子が……。今の世の中、悪いヤツなんていっぱいいるじゃないか。理子は、理子はイイやつなんだ。発作に苦しんでいた時、僕の手を握ってくれた。そんなヤツ、きっとあんまりいないんだ。狂人になりかけている僕なんかを気にかけて、多分本当に心から、僕のことを心配してくれた、そんなヤツなんだ」
 自分の声が震えているのが分かる。
「掲げられない。死んだ方がいいヤツなんか腐るほどいるのに。本当に死んで欲しくないヤツが死んでいくのなんて、僕は掲げられない」
 菖蒲さんが、僕に背を向けたまま語りはじめる。
「理子がナイフを持っていたでしょ? アレはね、別に護身のためでも人を傷つけるための物でもないの。理子は、自分で納得が行く瞬間に、後腐れ無く死ねればいいと思っている……。あのナイフはね、そんな瞬間に理子が自分の喉元を突けるように持ち歩いている、自分を殺すためのナイフなの……」
「菖蒲さん、菖蒲さんは……」
「うん。私はね、全て知っていて優希に理子のことを紹介した。理子の無くした片瞳を捜すためのパートナーとして君を指名したんだ。幸か不幸か、いや、これは不幸なことなのだろうけれど、優希、君も片瞳を無くしている人間だ。無くした者同士がね、なんの運命か私のごく近しい関係性の輪の中に二人いたものだからね、私はどうしても二人を会わせてみたくなったんだ。だけど……」
 菖蒲さんは、こちらを振り向かない。
「それは私のエゴだったのかも知れない。二人が出会ったからといって、現実というものは何も変わらない。二人が友人のような関係性を営んでいる風景を見れた私が、ちゃちな満足感を得ただけ、それだけなのかもしれない。この三週間は無意味だったのかもしれない。だから、私は強制しちゃいけないんだと思う。優希、さっき優希は掲げられないと言ったね。もし全てを知った今、理子という存在がいる世界が優希にとって掲げられないほどにつらいなら、もう理子と会うのはやめてもいいんだ。ましてや優希には自分の問題がある。理子の痛みまで引き受けて、優希の症状が悪化するというのもまた良くない話だ。優希は三番目の『宗教』という選択肢を選んだけれど、何も方法は理子と二人で作るということだけではないんだ。優希が選択するのなら、ブレイン教会に入ったっていいんだ。また、自分一人でもこの世でもっとも『確かなもの』は探せるかもしれない。それは、君にまかせる……」
 僕は、菖蒲さんの声がいつもよりもか細いものになっていることに気がついた。
「私は、優希よりも深く理子と関係性を持ってしまったから、最後まで理子のことは見届ける。だけど優希と理子の関係性はまだここ三週間あまりのものだ。優希、君は全てをゼロに戻して、一から君の問題を考え直していいんだ。優希は私のことを信頼していると言ってくれたから、理子と優希が交わらないことになったとしても、それでも私がいつまでも優希の味方だということに変わりはないから……」
 さらにか細くつぶやいた菖蒲さんに、僕はすぐには答えられなかった。
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