†† 夢 守 教 会 ††  第一話「少女のケニング」4/(2)

  ◇

 ぎくしゃくしている。
 三日間、結局一度も顔を合わせられなかった。
 私は島谷との関係性を進めたいという自分の内なる声に耐えきられず、全てを告げてしまったのだけれど、もしかしたら、その行為は私と島谷の関係性を終わりにしてしまったのかもしれない。
「失敗だったかな……」
 いや、失敗ではないんだ。ここで私と島谷の関係が終わるのなら、それはきっとイイことなんだ。島谷は島谷で、自分の問題を解決するのに集中できるだろうし、私は私で気楽に死に場所を捜していける。島谷なんて、ああ見えて結構能率のいいヤツだから、あいつが抱えてる例の病気も、もしかしたら半年後にはあっさり一人で解決しているかもしれない。
 その半年後に私はもういないだろうけれど、それはそれとして、島谷には心に負荷のない幸せな暮らしを送って欲しいと思う。治って健全になった島谷に、宗教であるとか、死んでしまう少女であるとか、面倒なものを何も押しつけることはない。
 さてどうしましょうか。
「今夜も、歩き回りますか」
 今の自分には、無駄にできる時間は少しもないんだ。
 死に場所探しだ。とてもとても、有意義な時間なんじゃないかと私は思ってる。

  ◇

 寄宿舎の自分の部屋に帰ると、蛍光灯が切れていることに気がついた。
 なにやら深度の高い暗闇。いつぞやこの闇の中でもう一人の自分の発作に襲われ、散々と難儀したのを僕は思い出した。
「なんだかおあつらえ向きだ」
 僕は、この暗闇の中で「死」について考える。
 菖蒲さんの言うことは分かる。理子はいずれ、いや、ごく近いうちに死んでしまう。だとしたならば、そんな人間と関係性を結ぶことに何の意味があるだろうか。
 人が出会い、関係性を結ぶのは、その先に未来というものを想像することが出来るからではないだろうか。友人の出会い、男女の出会い、世の中には様々な出会いがあるけれど、皆、その出会いの先に、その出会った人間と、親友と呼べるような関係を築きあげて楽しい時が過ごせるかもしれない、あるいは伴侶としての関係を築きあげて幸せな家庭を作れるかもしれない、そのような未来を想像できるからこそ、人は他者との関係性を築きはじめるのではないだろうか。
 だとするならば、僕と理子の未来には、親友としての関係性も、伴侶としての関係性も、存在しないことになる。あるのは、生者と死者としての別れだけだ。
 僕と理子との関係性には未来がない。だから、この始まりかけた関係性は無意味なんだ。

 そこまで考えたとき、何かが僕の思考の片隅に引っかかった。

 本当にそうなのか?
 これまでの、この三週間理子と過ごした日々も、もし関係性を続けるならば訪れるであろう理子が死んでしまうまでの理子との時間も、本当に無意味なものなのだろうか?
 一緒に宗教サークルの名前を考えたあの時間は、仮初めだけど同世代の少年少女のようにデートしたあの時間は、僕の手を握ってくれたとき感じたあの温かさは、全て無意味だったのだろうか。
 僕は全てが分からなくなる。全てを整然と整理して考えられるほどに、僕という人間は頭が良くない。
 僕はその時、コタツの上に一冊の本が置いてあることに気がついた。
 理子が置いていった、『古英語のケニング―古ゲルマン詩文体論への寄与』だ。一週間前に理子と一緒にサークル名を考えた際に、理子が宿題として考えておけと、参考文献として僕の部屋に置いていった本だ。
 頭が混乱しはじめた僕は、ベッド際のペンライトを取ると、暗闇の中でその本をめくりはじめた。
 自然、僕は「死」のケニングが載っているページへとページをめくる指を進める。
 やがてたどり着くその無機的なページに、遙かな昔から長い時間をかけて今へと伝えられてきたそのケニングは記されていた。

 死体:ワームの食事
 死:身体と魂の分離/※身体:肉の着物

 僕は闇の中で瞳をつむり、闇に闇を重ねる。
 その伝えられてきた言葉が重くて、僕は全てがやり切れない気持ちになる。
 僕の手を握ってくれたあの温かい体温を宿した体は、ワームの食事になってしまうのか。
 この三週間にあった僕にとっての理子という存在も、肉の着物を残して何処へと消えていってしまうのか。体を残して、魂は……。
 そこで僕はハッとなる。
 魂、魂だって?
 その瞬間、微かではあるけれども、何かしら強く心を捉えるある想念が頭を過ぎった僕は、急いでこの分厚い『古英語のケニング―古ゲルマン詩文体論への寄与』の巻末へとページを滑らせた。
 何か、何か大事なことを自分は忘れていた気がする。
 やがてページをめくる指が、巻末の色褪せたページにたどり着くと、予想通り、僕はその場所に挟まれた一枚のノートの切れ端を見つけた。
 この切れ端は、あの日理子が創り出した、いくつかの創作ケニングがメモされている紙切れだと確信する。サークル名に適切なケニングが見つからず、遊び心を交えて僕と理子で考えはじめた、例の創作ケニングの記録である。
 その紙切れに記された文字に、僕は隅から隅へと目を走らせる。
 あった。やはりあった。

 そこには一つの彼女のケニングが記されていた。

 心:夢

――この脳という物質に宿った「心」という不可思議なものを、迂言的に、一抹の「夢」と表現してみてはどうか。
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