†† 夢 守 教 会 ††  第四話「花の名前」1/(3)

  ◇

 病院の個室には、百円硬貨を入れると見ることができるテレビが備え付けられていた。
 なるほど、僕たちは、外の世界についての認識の大部分をテレビに負っているんだなと、先ほどの菖蒲さんと理子の話を思い出す。
 例えばアフリカのE1国で戦争が起きたとして、僕たちはその事実をテレビを通して認識する。
 本当にアフリカ大陸の小国で戦争が起こっているのか、実の所僕たちには確かめようがない。
 それでも僕たちは、ただテレビが言っていたからという理由で、その事実を事実だと信じているんだ。
 そうなると、さきほど菖蒲さんと理子が準備中だと語ってくれた「作戦」は、確かに有効なのかもしれない。

 ベッドに横たわったまま、そっと、テレビに向かって手を伸ばす。
 ああ、そうだ。仮に僕がどんなに寂しくても、テレビの向こう側に映っている人達には、僕のメッセージは届かない。
 通信の手段としては、テレビというのはどこまでも一方方向だ。
 外界から遮断された空間には、テレビしか外部との接点がない。そんなテレビを通しても僕のSOSが外部に送れないのでは、まったくもってお手上げだ。
 どうして菖蒲さんは、僕のためにこんな個室を用意したのだろう。これなら、通常の病室でお隣の入院患者さんと談笑ができた方が、どんなにいいだろうか。
 雨音とテレビから漏れ出るノイズしか聞こえない部屋で、僕はそっと目を閉じた。
 いつまでも何の変化もない天井の白色も見飽きたので、閉じた視界の黒色さえも新鮮に映る。

(ここに、いるよ)

 通じるはずもない思念を、まるで自分がフィクションに出てくる超能力者でもあるかのような気持ちで発信してみる。
 発信先は、どこでもいいから、外へ。

「優希」

 雨音でもテレビのノイズでも無い音が聞こえてきたので驚いた。
 聞き間違いじゃなければ、その音は僕の名前を表しているような気がする。
 本当に超能力に目覚めて外部との交信に成功してしまったのかと思ったのだけれど、すぐに声の主がベッドに横たわる僕の顔を覗いてきたので、その説は却下された。声の主は、目の前にいた。
「ごきげんよう。優希には小さい頃から心配ばかりかけられたけれど、今回は極めつけだよ。ナイフで刺されたって、あなた、魔術的だわ」
 開いているのか閉じているのか分からないような細い目も、軽くウェーブがかかった茶色い髪も、ほがらかな体躯(たいく)も、着ている薄手の黒いローブまで、いちいち見覚えがある。
「ええと、母さん。どうやってここに?」
「どうって……普通にドアから入ってきたけど?」
 なるほど、それは盲点だったと、我が母ながら僕は感心した。
 隔絶されて寂しいとか、通信手段がどうとか、言われてみれば関係無い。僕に会いたい人はドアを開けてこの部屋に入ってきてくれるし、僕が誰かに会いたくなったら、元気になってからドアを開けて会いにいけばいいだけだったんだ。  
 そんな当たり前のことに僕は思い至った。
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