†† 夢 守 教 会 ††  第四話「花の名前」2/(5)

  菖蒲の花/マイナス1

 全てが、薄まっていく。
 わたしが消えていく。
 色んな人達がかけがえのないものだと言ってくれた、わたしの中の世界が、「痛み」という暴力に塗り潰されていく。
 これが「死」なのだと、わたしは理解する。
「さらばだ。多元の少女よ。これでこの世界に他の世界を認識する者はいなくなる。認識する者がいなくなれば、それは存在しないことと同じこと。これで僕は、また僕だけという存在に近づける」
 男は、饒舌過ぎた。
 おそらくわたしという存在が息絶えるまで、あと数分もない。
 しかしわたしは、男が口にしたその言葉から、わたしが最後にするべきことを理解する。
 肉体という私の対象は胸を槍に貫かれて鮮血している。精神という内面世界は「痛み」に飲み込まれるまでもう幾ばくもない。
 それでもわたしは思考する。短い時間男が語り続けた妄言と照合しながら、「多元」という言葉から、男がわたしを殺した理由を導き出す。
 その理由を。
 この男の正体を。
 来るべき時のための対策を。
 わたしは死ぬ前に伝えなくてはならない。
「誰にも伝えられない」ですって? 
 とんだ誤謬。
 わたしは独りでいることが多かったけれど、とても寂しかったけれど、あなたが妄述したようなあらゆる枠組みに干渉されない「絶対的な個人」ではない。

「永遠」の中のわたしで。
「世界」の中のわたしで。
「国」の中のわたしで。
「町」の中のわたしで。

 そして……。

「Parody(まがいもの)」

 それが外の物質世界に放ったわたしの最後の言葉になった。
 なんてことはない。「死」を目前にして、わたしはようやく「永遠」について考えるフリをしながら、結局は男が最初に抜け出したという枠組み、「家族」についてずっとずっと考えていたのだと気が付いたのだ。

(ここに、いるよ)

 閉ざされたこの部屋の外へ。
 わたしは自分の「痛みの音」を奏で始める。
 わたしの内面にある、「花」の心象イメージを紬ぎはじめる。
 男が槍を無造作に引き抜いた衝撃で、わたしは喀血(かっけつ)し、「痛み」はいよいよ常軌を逸しはじめる。
 それでも、わたしはその「痛み」すら音に変えて奏で続ける。
 聞いて欲しい人がいるから、奏で続ける。
 この音は、きっと届く。
 そう信じて、奏で続ける。

     /菖蒲の花マイナス1・了
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