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夢 守 教 会
†† 第四話「花の名前」3/(3)
◇
永遠と名乗った理子が、ベッドの上にゆっくりと腰掛ける。上半身を起こしていた僕は、隣に座る形になったこの少女を、暗がりの中で改めて見やる。しなやかな身体に纏われた和風の胴衣が、なんとも非日常的な刺激を視覚に伝えてくる。
永遠? 永遠とはどういうことだろう。何か理子のままではマズイ理由があるのか。それとも、その永遠という仮名の装飾を纏うことで、理子は何かを僕に伝えようとしているのか。
「ある人に会ってさ。色んなことを知ったんだ」
語り始めた永遠は、口調がいつものぶっきらぼうな理子のものだった。あまり、正体を隠すような意図はないのかもしれない。極めつけに、永遠はこんなことを言った。
「あ、ちなみにこれ、弓村の正装ね。かなり大事な時しか着ないんだけど、似合う?」
「似合うよ。なんていうか、神秘的な感じ」
弓村という名前は出していいんだと、いまいち理子と永遠の線の引き方が分からないまま、僕は答えた。似合っているのは本当だ。女の子が何らかの普段と違う衣装を纏うとときめくという原則を抜きにしても、なんだか厳粛かつ可憐で、とても理子の魅力を引き出している装束に思える。
「ありがと。まあそれはいいんだけど、この正装をして来たからにはちゃんと意味があってさ、おまえに渡しておこうと思ったんだ」
「渡すって、何をさ」
「弓矢の、弓の方かな。あと、この弓矢の名前」
「弓? 僕の心の中にある矢の、弓ってこと?」
「優希、エンパシーのスイッチをオンにしろ」
よく事情が飲み込めないまま、僕は言われた通りに瞳を瞑り、心の中に浮かぶ紅い矢を紡いだ。
瞬間。理子の感覚が流れ込んでくる。
「そのまま、目、開けちゃダメだぞ」
ケンシンさんから特に五感に関する話を聞いたからだろうか。こうして目を瞑って視覚という感覚を遮っても、僕は他の感覚に敏感になっていた。
例えば、嗅覚。
香水をつけている訳ではないのだけれど、理子には理子の香りがある。甘い香りである。そしてその香りはやはり他の誰とも違う。永遠なんていう別の存在ではなく、理子は理子なのだ。暗闇で視覚が遮られても、分かるものは、分かるのだ。
そうして触覚が加わる。唇に重ねられたこの感触も、知っている。他の誰とも間違うはずがない。柔らかさと、温かさ。いつか、僕を痛みから救ってくれた、理子の唇だ。
ああ、押し倒してしまいたい。
不意に感じた情動に、身を任せそうになる。
しかし、肩にかけかけた手を、理子はするりとすり抜けていってしまう。
「フフ、ダメ、だ」
目を開けると、既に理子はベッドから立ち上がっていた。つい先ほどまで感じていた理子の香りと身体感覚が、急に遠くなる。
「盛り上がるのも悪くないけど、私はやめておけ。おまえにとってのたった一人の特別な人間は、私の他にいるんだから」
――●●●。
理子が、人の名前を口にした。
女性の名前に思える。
「そのお前にとっての特別を助けるために必要な名前だ。私が生きているから祝詞はまだ渡せないけれど、弓矢と名前はもう渡しておく。いいか、絶対に彼女を助けるんだぞ」
軽く、頭が混乱してきた。
永遠を名乗って現れた理子に、彼女が僕に渡したという弓矢とその名前。そして、僕が助けなくてはならない誰か。
「僕は理子を守りたいと思っている。理子の他に、一体誰が何処で僕の助けを待っていると言うんだ?」
僕がぶつけた疑問に、驚くほど明解に理子は答えた。
朧な空間に、凛とした鈴の声が響く。
「輝きの先で、女の子が、お前を待っている」
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