†† 夢 守 教 会 ††  第四話「花の名前」3/(4)

  永遠の世界2/

 青い鳥を追っていくと、やがて私は、河川敷へと降りていく階段に辿り着いた。
 灰色の空の下、私が追ってきた青い鳥は、階段の上段に腰掛けている男の頭上を、クルクルと旋回している。町からだいぶ離れた場所である。周囲には男の他に人影がなく、閑寂としている。暮らしている人間の営みが感じられる町中とはまた違う、川の水音と草の香りがする清涼な空間だ。
「はじめまして、弓村理子さん」
 男が、上品な印象を受ける声で語りかけてくる。白衣、という表現が一番しっくりとくる、病院にいる医師が纏っているようなコートを羽織った男は、穏やかな物腰だ。
 しかし、私にしか見えない青い鳥が男の頭上を旋回し続けている以上、ただの穏やかなお兄さんということもないだろう。何かしら、一般人の認識を超えた存在であるはずだ。
「ええと、誰だ?」
「うーん、それ、結構難しい質問ですよね」
 男が目を細めて、何か遠くを見やる仕草をする。
「この時代の一般の人達に分かりやすい名前で私は誰かという質問に答えるなら、私はノストラダムスです」
 少し、頭痛を覚える。こういう、ユーモアを語っているのか、本当にどこかネジが外れているのか、判断に迷うシチェーションは反応に困る。
「ノストラダムスが私を知っているとは光栄だな。こんな、河川敷でのんびり空を眺めていたりしていいのか? もうすぐ一九九九年の七月だぞ。恐怖の大王とか、そっちの方はどうなってるんだ?」
 とりあえず、ユーモアに付き合うつもりで語ってみたが、男は意外なほどテンションをあげて、両手をポンと合わせた。
「それです。実はそういう話をしなくちゃいけないと思ってあなたを呼んだんです。いやー、理子さん、あなたは歴代の弓村としても優秀ですよ。何せ、この私が見えるんですから」
 男は、腹筋を使って、「跳ね起きる」という表現が適切な形で、勢いよく立ち上がった。
 そして何やらコートの内側に手を入れ、一包みの包装された物体を取り出す。その包装紙に、見覚えがある。これは、模造の塔の一階にあるパン屋さんで使っている包装紙だ。
「結構長い話になるんで、パン、食べます? 私としてはあのお店、普通のクロワッサンが一番美味しいと思うんですけど」
 あまりにナチュラルな感じに差し出されたので、私はその昔両親に言われた「知らない人からモノを貰ってはいけません」という教えに反して、開かれた包装紙の上から、クロワッサンを受け取ってしまった。
「ええと、どこから話ましょうかね。たぶん、あなたが一番興味を持っている『世界の成り立ち』についても私はお話することができるんですが、最初に、さきほどの『私は誰か』という質問にお答えしておきましょうか」
 口に入れたクロワッサンの柔らかい歯ごたえと、何故だか香りが焼きたてのものだったからだろうか。この手の映認を持つものにしか見えない類の者が人間なのかどうかはともかく、この男が悪い人間ではないような気が私にはしはじめていた。
「他ならぬ理子さんにとっては、ノストラダムスと言うよりも、友人の友人だと言った方がしっくりくると思います。菖蒲も、謙信も、瑠璃子もお世話になってる感じなんで」
 しかし、この男との出会いは、これから先の私の運命を大きく変動させることになる。何というか、クロワッサン一つで、エラい大きなことを頼まれてしまったのだ。

「菖蒲たちの研究生時代の同期で、王城豊(おうじょうゆたか)と言います。理子さん、全ての世界を救うために、協力して頂けませんか?」

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