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夢 守 教 会
†† 第四話「花の名前」4/(1)
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花の名前・追/
六月がもうすぐ終わろうという、ある休日の夜である。僕は一月ほど入院してもう見慣れた個室の暗い天井を見ながら、色々なことを考えていた。
背中の傷は、癒えてきている。
母さんに、ケンシンさんに、永遠。色々な人達がこの一ヶ月僕の元に訪れてきてくれたけれど、みんなみんな、優しくて温かかった。
いつしか僕は背中の傷の痛みを忘れ、やがて考え事をしたり、ケンシンさんから教えて貰った過剰エンパシー障害者としてのイメージトレーニングをしたりして過ごすようになった。
なんだか寂しくて、退屈で、孤独すら感じてしまっていたこの部屋も、今ではマイナスの印象はもうない。何故なら、この閉ざされた空間にいようとも、僕に会いに来てくれる人はいる訳だし、それにそろそろ、傷が癒えた僕は自分の意志でこの部屋を出て、誰かに会いに行くこともできる。
さて、問題は、傷が癒えた僕は、誰に会いに行き、何をするのかということだ。
いつから哲学的に考えるようになったのか、この問いは深いな、なんて自分で思う。一ヶ月の入院で、あらゆることが一度リセットされてしまったからだろうか。再び何かを始めるという行為が、ひどく深淵なものに思える。
大袈裟に言えば、生まれて、何をするのか? という問いにこれは似ている。そもそも僕は何のために生まれて、何をして、そしてどのように死んでいくのか。暗い空間が虚な想像力を掻き立てるのか、そんなことまで考え始める。
一つだけ、標はある。永遠が、理子が言っていた言葉だ。何処かに、僕のことを待っている女の子がいるらしい。待っているというのならば、会いにいかなくてはと思う。何故ってそれは、そんなに難しいことじゃなく、「会う」って行為は嬉しいからだ。この閉ざされた部屋の中にいる僕に、色々な人達が会いに来てくれて、僕はとても嬉しかったから。逆の立場として、僕のことを待っている人がいるのならば、会いに行きたいと思う。けれど、理子が言っていたその女の子が何処にいるのか、検討がつかない。「輝きの先」とは、いったい何処のことなんだろう。
ゆっくりと目を瞑ると、心の中に、紅い弓矢がある。
理子がその女の子を助けるのに必要だと言っていた弓矢だ。そう、僕の中にある心象イメージは、単体の矢ではなく、永遠と名乗った理子がやってきた夜から、深紅の弓を携えた、荘厳な弓と矢が番いの紅蓮の和弓になっていた。
そっと、心の中のイメージで弓に矢を番えて、エンパシーのスイッチをオンにする。この部屋には誰もいないけれど、外の世界は、きっと今日も痛みに満ちているのだろうと思う。
そこで僕は違和感に気付く。
なんだろう、これは?
そう遠くないこの世界の一点に、不定形のまま、巨大な痛みが渦を巻いている。
外の世界の痛みを広く感じ取る経験は、これまで何度もしている。だけど、今回のケースはちょっと異質だ。
何か、得体の知れない不安を感じ取った僕はベッドから飛び起きて、ベッドの横の椅子の上に畳んであった衣類を大急ぎで身に纏う。
痛みの在処(アリカ)は、人の心の中であったはずだ。
何故、痛みが人を介在せずに、外界であれほど強大に拡散と収束を繰り返しているというのか。
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