†† 夢 守 教 会 ††  第四話「花の名前」4/(3)

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 暗転する世界に一陣の閃光が迸(ほとばし)ったのは刹那。木間謙信による、認識に干渉する特殊な銃弾が一瞬で人のカタチをしたイタミを数体貫通していく。
 イタミの霧散を確認する時間すら捨てて、謙信は数瞬瞳を閉じて次弾を装填する。物理的な装填作業ではない。これは、過剰エンパシーを使いこなす謙信が瞬間で行う、銃弾を物理武装ではなく、認識武装へと変換する所作なのだ。
 謙信が次弾を装填したと同時に起こった出来事は二つ。一つ目は、島谷優希による、イタミへの初撃。しかし渾身の左正拳突きも、認識武装たり得ない今の優希の拳では、イタミになんらダメージを与えることができない。「痛み」という認識に干渉できるのは、やはり認識でしかあり得ないのだ。二つ目は、重低音と共に天空から落下してきた、巨大なイタミによる大旋回。病院の外へと至る逃げ道を塞ぐように駐車場からの出口に陣取った、いわばこのイタミ達の大元が、威嚇(いかく)するように謙信と優希の前で、大きな変容を繰り返す。
「マズイな。二年前よりも、強い」
 イタミ達の操者である存在革命計画者は、おそらく二年の間に人間の痛みを集め、強化していた。謙信が推理したのと、反射の領域の銃撃をこの巨大なイタミの大元に撃ち放ったのは同時である。
 しかし、謙信が放った銀の光は、一塊(ひとかたまり)の「魔」と化したイタミの大元に対して、最早なんの変化も与えられない。高音の銃撃音だけが虚しく響き渡る。謙信が銃弾に込めている認識は、「理想」と呼ばれる類のモノである。されど、幾星霜(いくせいそう)磨き続けたその高潔な心的な力も、最早、存在革命計画者が統べるイタミの圧倒的な力の前に、掻き消されようとしていた。難しい話ではない。長い人類の歴史の中でも、高潔な理想はそれを超える痛みによって何度も打ち砕かれてきたのだ。
 変容を続けていたイタミの大元は、やがてバラバラになっていた個々のイタミを取り込みながら拡張を繰り返し、今や一つの巨大なイタミの魔人としてのカタチに収束しはじめている。
「圧倒的、だな」
 おそらくは、ここで謙信が自決し、死を伴うような痛みを認識の力に変えて放っても、もう恐らくこのイタミの魔人は殺せない。そもそも、痛みに痛みをぶつけても、何も解決はしないのだから。冷静に僅かな可能性でも活路を見出そうと探り続ける怜悧な思考と、どこかもうどうしようもないという諦観の感情が謙信の内面に同居した時である。
 魔人が振り抜いた巨腕が、視界の隅で精一杯の戦闘を続けていた島谷優希を、蹂躙するように飲み込んだ。
「島谷君!」
 一九九九年の六月の終わりの夜刻である。ある町の片隅の病院で、「痛みによる精神の死」という、歴史上幾万の人間が直面してきた危機に、一人の少年が飲み込まれた。
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