†† 夢 守 教 会 ††  第三話「輝きの先」1/(5)

  ◇

 お昼時になったので、優希が宿舎の調理場で二人分の昼食を作って持ってきた。
 これがことの他美味しかったので、私は思わず優希を問いただす。
「優希。これはどういうことだ」
「どういうことって見たとおり八宝菜だけど。それこそ僕が作った八宝菜にいったいどういうことが起こったって言うんだ?」
 じっと、目の前の皿に盛られた八宝菜を見やる。
「いや、そうじゃない。これ、パックを温めて終わりのやつじゃないだろ。最初から作っているヤツだ。このヌメヌメした感じとか、素人には出せないだろ。どうしてお前がそんなことができるのかと聞いている」
「ヌメヌメて。それは片栗粉を使うだけだよ。あのね、理子、一応僕は宿舎生活一年を超えているんだ。普通にちょくちょく自炊していれば、これくらいはできるようになるよ」
 そういえば、葉明学園の宿舎は一般的な学園寮とは異なり、生徒が毎食ごとに食堂に集まって食べるといったことがないのだった。食事は基本的に各自で確保することになっていて、ようは、外食するか、自炊するかしかない。優希は自炊を選んだということか。なんとも、この学園の生徒の自主性を重んじるというお題目が上手く働いたものだ。
「私は、今日、お前に敗北した」
「はい?」
「いや、美味しいと言ったんだ。優希、将来は是非執事になるといい」
「うわ。漠然と将来のことに悩んでいる僕でもその発想は今この瞬間までなかったけれど。何、負けたって、理子は料理が苦手なの?」
「苦手とまでは言わないが、片栗粉から八宝菜は作れない。やっぱり優希の勝ちだ」
 そう言ってもう一口口に運ぶ。やはり、美味しい。豚肉とイカの弾力といい、白菜や椎茸とヌメリで絡まり合っている塩味といい、いちいち美味しい。
「優希。優希は料理が出来る女の方が好きか?」
「どうだろう。確かに、料理ができる女の子っていうのは、それだけで魅力が何割か増す気はするけど」
「お前、保守的だよ」
「ええ! 理子からふってきたのに、僕が非難されるのか?」
 ふん。料理。料理ね。
 なんとなく、花嫁修業的なイメージが先行して、そういうのが好きでなかった私としては、今まで取り組んでこなかった事柄かもしれない。
 ああ、今度菖蒲さんに教えて貰おうか。
 いや、でも菖蒲さんって何でもできる人だけど、料理のことは聞いたことがないな。
 そんなことを漠然と思いながら、上品とは言えない「ながら」食事をしていた私はブラウザの更新ボタンをクリックする。
 すると、画面に新しい情報が上書きされたページが映る。
 今、私が見ていたのは、ローカルなマスメディアが運営するニュースサイトだ。
「優希」
 少し声色を落として、その内容を優希に告げる。
「三人目。いや、三人目と四人目が出たぞ」
「そう」
 それを聞いた優希の声が陰鬱なものになる。
「エンパシーのスイッチは切っているな?」
「うん」
「そうか、じゃあ報告。今回は民家の夫婦二人が死体で発見。死因は、これまでと同じくナイフのような物で喉元を一突き。例によって凶器と思われるナイフは発見されていない。で、うん? 被害者の家の長女が行方不明だって。十六歳。私達と同じか」
「それって……」
「うん。この長女が犯人じゃないかって雰囲気を出してるな、この記事は」
 私達と同じ世代の十六歳。ブレイン教会の信者のターゲット層とも合致する。
 次に、その長女の姓。つまりは殺害された長女の両親である夫婦の苗字を読み上げた時、明らかに優希の雰囲気が変わった。
 何というか、驚きを通り越して、神様であるとか、この世界そのものであるとか、自分自身であるとか、そういった信じていたものが偽りだったと知ってしまったとでもいうような、思考不能な意識の空白。その言葉を告げた時優希に訪れたのは、そんな瞬間だ。
「被害者夫婦の姓は、」

――西條。
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