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夢 守 教 会
†† 第三話「輝きの先」1/(6)
巫和の世界/1
私という世界は二振りのナイフで出来ている。
一つは外の世界を殺す用、もう一つは外の世界を殺せなかった時に、私という名の内の世界を殺す用。
左手のナイフは逆手に持って、できるだけ他人を傷つけられるように。
右手のナイフは普通に持って、そのまま、自分の喉を突けるように。
それが、西條巫和のあり方だ。
この間違った世界を模造の世界だと教えてくれた本人は、実際に会ってみたら柔らかい物腰の優しそうな男の人だった。
だけど私の心の指し示していた方向にやはり間違いはなく、彼の発する言葉を隅々までかみ締めていくうちに、やっぱりこの間違った世界を壊して私を真実の世界に連れて行ってくれるのはこの人なんだと、改めて私は理解を深めた。
包容力のある穏やかな語り口は、その理解に達してからはなお頼もしくて、この人と一緒に行きたい。そんな強い気持ちがフツフツと私の中に沸き起こりはじめていた。
何の対価も支払わずに連れて行って貰おうとは思わない。だから、この身の頭髪の一本からつま先の先まで、全てあの人に差し出すことに私は決めた。
色素の薄い金色の髪が、本当の外国人のものとも、人工的な着色のものとも違うような不思議な美しさをしている、端正な顔をした人。
そして、少しおどけた語り口の後ろ側に、大切に痛みをしまい込んで隠している人。
でも、あんなに隠しても無駄なのに。
――だって私には、人の痛みが視えてしまうのだから。
個人事業種の事務所に偽装した教会の活動拠点が位置するビルディングの九階からは、天上人の視点で町が見下ろせる。
窓に額がくっついてしまうくらい近づけて広大な町を俯瞰すると、なるほど、今日も町は痛みに満ちている。
なんて、終わっている世界。
やっぱり、この世界は、しょせん模造の世界なんだ。
「竜志様。こんな世界。早く壊してしまいましょう」
私は左手の指を二本立てて、見下ろす町の風景を斜めに切り裂くと、静かにそう呟いた。
/巫和の世界1・了
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