†† 夢 守 教 会 ††  第三話「輝きの先」4/(3)

  多元時空の旅人/1

 階段へと繋がる重厚なドアが軋みをあげたのに気が付いて振り向くと、一人の女性がこの屋上へと上がってきた所だった。
 模造の塔の屋上を訪れる者には、展望を行う者と投身自殺を行う者の二種類しかいないはずなのに、彼女は珍しく、「私」に会いに来たというその二つとは異なる目的を持った者だった。
 薄紫の中華風の上衣にゆるやかな紺のズボンを履いているその女性は、長い黒髪を優雅に風に任せるままになびかせている。私にとっては懐かしい姿だ。名を、木間菖蒲と言う。この世界における、私の一番の親友である女性だ。
「ここにいるって理子から聞いたんだけど、瑠璃子、本当に居たんだ。久しぶりって、こういう時も言うのかな」
「私はずっと居たけど、菖蒲が観測してくれなかっただけだよ。つれないなぁ。竜志は、ずっと覚えていてくれたのに」
「ごめんね。私も、色々あったんだよ」
 菖蒲は柵の所まで近寄ってくると、私と並んで空と町を展望する位置に落ち着いた。
「今日は何の御用? 数年ぶりに思い出してくれて、私の顔を見に来てくれただけなのかしら」
 菖蒲は風になびく髪を耳にかけるようにぬぐうと、「それもあるけど」と前置きして、並んだまま私の手をそっと握った。なんだか初な中学生のカップルみたいな絵だ。
「友だちが『死にたい』なんて言ってるのは、やっぱり放っておけなくてさ」
 菖蒲は視覚のみの観測では不安だとでも言うように、手と手を介して触覚でも私を認識した。
「王城は、やっぱり見つからなかったんだ」
「うん」
 菖蒲の問いかけに、繰り返しすぎて摩耗し切った私の感覚は、もはや絶望すら感じられずに、淡々と事実だけをかみ締めていた。
「繰り返される模造の世界を渡り歩いてきた私に、豊は『根底理論』の証明で、存在する意味を与えてくれたわ。この世界にしか存在しなかった、私の大切な人」
「大恋愛だったもんね」
 菖蒲が、思い出したように微笑する。
「だけど豊は消えてしまったわ。あれから探し続けたけれど、理論上、もうこの世界にも、どの世界にも、いないことが分かっちゃった」
「だから死ぬの?」
「うん。だってもう私の存在に意味なんてないし」
「でも竜志は、瑠璃子に死んで欲しくなくて、頑張っているよ」
「うん。それも分かってる。だから、あいつが約束した一九九九年の七月までは待っているわ。あいつの言う通り、本当に私が経験したことが無い新しい世界が生まれるなら、豊が居なくても私の存在に意味が生まれるかもしれないから」
「それを聞いちゃうと、私、どっちの味方もできなくなっちゃうな」
 菖蒲は私の手に重ねた手をそっと放すと、私を忘れていた間の出来事を話しはじめた。
「私にとって大事な子達が、『この世でもっとも確かなもの』を探しているの。今は片瞳の二人だけれど、この子達二人なら、本当に見つけられるかもしれない。そう思って私が引き合わせた二人。
 竜志とは違うやり方だけれど、あの子達も、死ぬこと以外の答えを探しているわ。二人の探し物が見つかることがあれば、あるいはあなたも……」
 ああ、あの二人かと私は得心する。昔の菖蒲みたいな瞳をした女の子と、少し前のアイツと似ている男の子。
「二人が創った宗教の名が『夢守教会』。夢は心のケニング。言葉遊びかも知れないけれど、あなたの夢が消えない限り、あなたには存在する意味があるわ、だから」

――死なないでよ、瑠璃子。

 言いたいことだけ言って、また来ると言い残して菖蒲は去っていった。なんでも、今日は竜志や菖蒲の大事なその二人にとって、重要な日であるらしい。色々身勝手な所は、研究生時代から変わらない。
 たださすが私の親友だと思ったのは、立ち去り際にこんなことを言っていたことだ。

「理子達にシーモアって名乗ったんだって? 理子はサリンジャーのグラースサーガのシーモアだって言ってたけれど、そんな深い意味じゃないでしょ。きっとあなたが思っていたのは……」

 See more…(もっと見て)

 本当に勘がするどい。昔から、菖蒲のそういう所は好きだった。

       /多元時空の旅人1・了
  4/(4)へ

夢守教会TOPへ