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夢 守 教 会
†† 第三話「輝きの先」4/(7)
巫和の世界/6
橋を渡り終えた私は、スーパーマーケットへと向かう前に、商店街の入り口の玩具屋の脇には、小さな神社へと通じる普段人目に付かない細道があることを思い出し、そこで休憩を取ることにした。
正直、著しく精神の均衡を欠いていたし、身体もなんだか重たかった。何より、人の痛みが視えない所で休みたい。そんな思いが、私をこの小さい神社へと続く路地裏の道へと足を運ばせた。
幸いなことに、今日も参拝客がいないことに安堵した私は、ざらつく路地の壁に寄りかかると、竜志様から頂いた帽子を一旦取って、深く息を吐いた。
「見つ、けた」
商店街に続く明かりの方に人影が現れて、声をかけられたのはその時だった。
ようやく人から見られない所に辿り着いて落ち着いた私は、けれどよりにもよって、見つけられてはならない学園時代の私を知る人に見つけられてしまった。
「島谷君、ですか?」
なんだか憔悴(しょうすい)している様子だけれど、顔も声も、私の知る島谷優希君に違いなかった。
学園を去る日に不思議なことに私に会いに来てくれた男の子。
一年間同じクラスで、ずっと、もう一人の島谷君の姿をした、不思議な「痛みの形」を抱え込んでいた男の子。
表面的な人間関係しか築かなかった私が、一度だけ料理を教え、不思議なことに私が作った料理を涙を流しながら食べてくれたことがある男の子。
入学式の前日、不思議な縁で、一緒に桜並木を歩いたことがある男の子。
「巫和さん、探したよ。こんな所で、こんなに痛くて、こんなに寂しくて……」
島谷君は私に向かって手を差し伸べながら、一歩一歩近付いてくる。
この手を掴んではいけない。掴んでしまったら、この世界を壊せなくなる。竜志様と一緒にいられなくなる。
「信仰は自由だと思う。だけど、ブレイン教会に入って、巫和さんがこんなに痛みを感じているのだとしたら、それはダメだ」
「違います。竜志様は崇高なお方です。私の痛みも、島谷君の痛みも、この世界を壊して消し去ってくれる方です」
ああ何故なんだろう。島谷君の抱えている痛みの形が、私自身の姿をしている。
「世界を壊す必要なんてないよ。この世界でもいいこともあるし。綺麗なモノが見つかることもあるよ」
ああどうして、島谷君までそんなことを言うのだろう。こんな終わっている世界で、綺麗なモノとか、美しいモノとか、そんな幻想を信じて。
「理子に連絡して、菖蒲さんに来て貰おう。警察に顔が利く人がいるんだ。きっと、君の話もちゃんと聞いてくれるように取りはからってくれると思うから」
島谷君が口にしたその名前を、私は聞き逃さなかった。
(弓村理子。ここでも)
「島谷君と、弓村理子さんは、どういう関係ですか?」
「そうか、竜志さんから色々聞いてるんだね。うん。なんだろう。理子は、大事な人だよ」
その言葉で、竜志様が言っていた弓村理子の笑顔の源泉の少年とは、島谷君のことなんだと私は理解する。
「あ」
島谷君が強引に私の左手を掴んで、私をこの場所から連れ出そうと商店街の方へ手を引いていく。
ダメ。付いていってしまっては、世界を壊せなくなる。
――弓村理子。竜志様に入り込んだ雑音。
ダメ。付いていってしまっては、竜志様と一緒にいられなくなる。
――弓村理子。島谷君の大事なヒト(ざつおん)。
(雑音は、消してしまっていいんだよ)
ああ、そうか。
天啓を得たように、脳から背筋に走る快感に身を任せ、自分でも驚くほど滑らかにベストの内側からナイフを取り出すと、私はそのまま、背後から島谷君の背中を刺した。
グズリという肉を断つ感触が、とても鮮明に右手に残った。
/巫和の世界6・了
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