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夢 守 教 会
†† 第三話「輝きの先」6/(10)
◇
突如現れた稲妻のような光に、私の「映認」が破られた衝撃で、数分知覚を失って私は頭を抑えていた。
何とか混乱する意識を押さえ込んで視力を取り戻した私が最初に見た光景は、なるほど、予想通りの光景だった。
祝詞を使った私の「映認」をここまで破壊できる存在など、一人しかいない。
左手に西條巫和の身体を抱きかかえ、右手に甲剣の真剣「氷王」を掲げて私に向かって突き出している男が一人。
一つ、人の認識を殺す剣。
二つ、弓村の認識を殺す剣。
三つ、神の認識を殺す剣。
『甲剣』。
だったかな。伝承されて来たその甲剣のあり方を指し示す口上を私は思い出した。
「リューシ、殺人鬼を助けるのか?」
「理子ちゃん、彼女は殺してないよ。巫和君はむしろ、犠牲者なんだ」
かつて大事な他者であった人間との間に、今では理解の壁がある。
「仮にそうだとしても、私はお前達がやろうとしていることを掲げられない。なあ……」
最後の投擲用ナイフを構えたまま、私はその記号を口にする。
「ブレイン」
動揺も見せず、悪びれもせず、氷王を構えたまま、淡々とリューシは語りはじめる。
「そう。菖蒲さんからもう色々と聞いているようだね」
「世界を壊す? お前達がやっている洗脳行為の果てに、何がある?」
「『痛み』の無い、世界かな。俺の大事な人が生きられる、優しい世界だよ」
「そのために、王城さんの『根底理論』を?」
「ああ、既に手に入れた。俺の仲間が、今頃俺たちのアジトに持ち帰っている」
「ふーん」
依然私はナイフを構えたままだったが、リューシはそこまで語ると、氷王の剣先を下ろした。
「理子ちゃん。君も俺たちと一緒に来ないか?世界の破壊の果てに『根底理論』に基づく新しい真実の世界が生まれれば、あるいは君も……」
――こいつとずっと「友だち」でいようと、昔、約束した。
「ダメだ。断る」
――だけど今思い浮かぶのは、こいつと違う、別なあいつの顔だ。
「私は私を生み出した『既存』を信じている」
――今、あいつの中に生まれ始めた私の紅蓮の和弓を、信じたいと思っている。
「だから、私から生まれた『模造』を、愛している」
それだけを、このかつて私にとって最も大事な他者であった男に、誠実に伝えた。
「そうか。君は今でも、『輝きの先』を、『理想』を追っているんだね」
哀しそうに、リューシはそう呟いた。
それを言うならお前も、
(まだ『孤独』って呼ばれる場所にいるんじゃないのか?)
そう問いただしたい気持ちを抑えて、私は意図して感情を高ぶらせた。
「『根底理論』はくれてやる。私達はお前達には負けないし、それに答えは、自分達で見つけてみせるからな。
だけど、西條巫和は置いていけ、優希を刺した罪、償わせる!」
そう叫んで、最後の投擲用ナイフを投げつける。
無論、甲剣であるリューシにそんなものが通じるはずもない。軽く振り抜いただけの氷王の一刀で、ナイフは斬り落とされる。
「悪いけど、巫和君も渡せない。彼女には、俺が新しい世界に連れて行くと約束したから」
リューシは西條巫和を左手に抱きかかえたまま、右手の氷王を高く掲げると、虚空を斬りさくように一閃のもとに振り下ろした。
「さよなら、理子ちゃん」
そんな声が聞こえたのを最後に、私はリューシの存在を自分の認識から失った。
「破認」によって、私のリューシへの認識が破壊されたのだ。
だから。
(さよなら、リューシ)
伝わらないと分かったその別れの言葉を、私はそっと心の中で呟いた。
◇
リューシが西條巫和を連れて立ち去った後の闇に包まれた研究棟の廊下で、窓の外の満月を見上げる。
さっき、「破認」を受けて理解したことがある。
昔リューシが言っていたように、大事な人から自分が認識されなくなるというのは、きっととても哀しいことだろう。
だけど。
「自分の大事な人を自分が認識できなくなるということも、同じくらい哀しいよ」
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