†† 夢 守 教 会 ††  第三話「輝きの先」6/(11)

  輝きの先/

 いつか一人で歩いた深夜の電気街をよろめくように歩いていた理子は、何となく、この先にあの人がいるような予感を感じていた。
 閉店済みの電気店に下ろされている無機的なシャッターとか、両脇に立ち並ぶビルディングの上の方の階から少しだけ漏れ出ている人間の営みの明かりとか、そういった風景を抜けた先に、自分を待っていたかのように、やはりその人は佇んでいた。
 薄紫のいつもの服を着て、どんな哀しいことにも揺るがないような確かさを感じさせながらも、視線が温かい、美しい女性だ。
 何かに安心した理子は、その女性の胸に倒れ込むように顔を埋める。
「優希は?」
「無事だよ。命に別状は無いって」
「そう、良かった」
 ふくよかな胸の感触に、わずかばかり同性であるとかを超越した媚性を感じながら、理子はそっと瞳を瞑った。
「あいつの心の中に、私の炎輝姫があるんだ。私は死んでしまうのに、そのことを考えると胸が熱く高鳴る。この気持ちは、なんて言うんだろう?」
「うーん。難しいけど、たぶん、『愛してる』って言うんじゃないかな」
「そう? そうなの? ねえ菖蒲さん、『愛』って何?」
「それも難しいけれど、そうだね、自分が消えてしまった後も、相手に続いていて欲しいっていう、無償の願い、じゃないかな」
「ああ、それは何か分かる」
 そのまま、ほとんど恋人に接するような仕草で、理子は菖蒲を強く抱きしめる。
「輝きの先が見えるって話、菖蒲さんにもしたよね」
「うん」
「リューシには出来なかった話なんだけど、『映認』で見た雪景色の輝きの先に、瞬いて垣間見える場所には、実はある人の姿が見えてね」
「うん」
「可愛い、女の子なの。五歳くらいかな」
「うん」
「たぶんあの子は、私の○○」
 菖蒲の胸の中は、多くの人間が子どもから大人になる過程で失ってしまう、無条件の安住の場所であるかのように理子には思われた。
 そのまま視線だけ上げて菖蒲と瞳を合わせると、理子は静かに菖蒲に伝えた。
「だけど死んでしまう私はあの子に会えないから、可能性を、優希に賭けたい」
 その言葉で全てを理解した菖蒲は、優しく理子の髪を撫で上げると、額に静かにキスをした。
「私が死んでしまった後、菖蒲さんが優希にこの言葉を伝えて」

――Life is not like a Parody.

「この言葉を使って、輝きの先にいるその子を守れと、優希に伝えてあげて」
 静かに菖蒲は頷くと、絶対に忘れないように、その理子の大切な言葉を心の奥底の一番大事な場所に刻みつけた。
 全ては、少女が消えた後に、少女が信じた少年に受け渡すために。
 やがてまどろみが訪れた少女を優しく抱きかかえると、菖蒲は理子を抱えたまま自分の車が止めてある駐車場へと向かって歩き始める。
「お疲れ様」
 そう呟いて、菖蒲は愛しむように手の中の理子の前髪を、優しく指でなぞった。

 少女から託された輝きの先へと至る鍵を、菖蒲が少年に伝えることになるのは、もう少し、先の話である。

       /輝きの先・了
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