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夢 守 教 会
†† 第三話「輝きの先」6/(12)<補>
巫和の世界/12
竜志様に抱きかかえられたまま、T大学の駐車場まで移動してくると、竜志様はそっと車のドアの脇に私を下ろした。
まだ、両手が竜志様の身体に触れて、もの凄く近くで竜志様を感じられる距離にいる。
竜志様の呼吸であるとか、静かに刻まれている胸の鼓動であるとかが、一つ一つ身体を通じて私に伝わってくる。
「じゃ、帰ろうか」
何事もなかったかのようにそう言って竜志様は私の両肩に手をかける。
無事で良かったね、と。まるで子どもをあやすような調子だ。
すぐに言葉を返せない私を、顔を紅潮させて正面から瞳を合わせることしかできない私を、竜志様は訝しく思っているかもしれない。
「あ、そうだ、巫和君」
「はい」
「これはただの男である俺個人のと言うより、巫和君が信仰してくれている竜志様としての命令なんだけど」
その五月の満月のある夜。竜志様は出会ってからはじめて私に命令を下さった。
「君は絶対に自分の手で自分を殺してはならない。分かったね」
命令だと言うのに、とても親しい、そして大事な存在に自然に語りかけるように発せられた竜志様のその言葉で、何か内面に存在していた情動の堰のようなものが決壊した私は、
――いけないことだと分かっていたのに。
動く右手で、竜志様の身体を抱きしめて、強く、竜志様の唇に自分の唇を合わせてしまった。
「ん」
少しの沈黙の時間の後、竜志様も、剣を持たない空いた左手で、私の頭を優しく包み込んでくれる。
罪深いはずの私のその行為を、その唇と唇の密着を、受け入れてくれたかのように竜志様は瞳を瞑る。
ごくありふれた、大事な存在同士が行う人間のいとなみ。
目で見る姿でもなく、視える痛みでもなく、触覚で直に竜志様を認識する。
その初めて経験した快楽に、今はただ、全てを任せて私は落ちていった。
私という世界は二振りのナイフで出来ている。
その一本一本に個別の意味はなく、ただ、私の大事な世界を守るために振るう。
竜志様と創る新しい世界を守るために、振るう。
その日が、私の少女時代の終焉だった。
/巫和の世界12・了
<第四話へ「つづく」>
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