†† 夢 守 教 会 ††  第三話「輝きの先」6/(7)

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 相成れない存在だからこそ、共通の認識に到達するという現象がこの世界には存在する。
「この……」
 何かの堰が決壊したかのように、最初に悲鳴のような甲高い声を上げたのは、西條巫和。
「模造人間め!」
 続いて氷のような冷酷な声で呟いたのは、弓村理子。
「模造が悪いと、誰が言った?」
 弓村理子が腰の二重ベルトから炭素鋼のナイフを引き抜いたのと、西條巫和がベストから赤と青の対のナイフを滑らせるように両手に取り出したのは、まったくの同時。
 この時、二人は同時にある見解に到達する。
 自分を殺すためのナイフだなどと言う綺麗事こそが、欺瞞だったと。
 つまりは、自分のナイフは最初から目の前の相手を否定するために存在していたのだと、二人の少女は同時に理解した。

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 死闘は無言のまま幕を切って落とされた。
 地を滑るように間合いを詰めて巫和が繰り出した左の逆手のナイフと、それを受け止めた理子のナイフが十字に交差することで生じた甲高い金属音がまずは響き渡る。
 次は右手の二本目が来る。
 瞬時にそう察知した理子が巫和の左のナイフを押し込んで相手の二撃目に先行しようとすると、驚愕すべきことに、巫和は理子の押し込みの圧力に逆らうことなくその場でくるりと一回転すると、そのまま円心力に任せて順手の右のナイフを理子の喉元めがけて横袈裟に振り抜いてきた。
 その予想外の一閃をバックスウェーで紙一重でかわした理子は、一足飛びで斜め後ろに後退し、間合いを立て直す。
「独楽(こま)め」
 理子の呟きすら、刹那。
 横袈裟斬りの円心力すら利用して、巫和はくるくると旋回運動を続けながら、左と右の連撃を放ってくる。
 一回転、二回転、三回転。
 全てを紙一重でかわしながら、幾ばくかの切断された髪と、頬を切った先からの出血とを空中にほとばしらせる。
「けや!」
 巫和の高速の旋回連撃を止めたのは、ナイフではなく、理子の前蹴りだった。
 右手のナイフで巫和の左の初撃を受けた理子は、そのまま旋回される前に無造作に巫和の下腹部めがけて前蹴りを放った。
 的確にみぞおちを突いたその一撃が、僅かな時間、巫和の攻撃を緩ませる。
 その隙にできた一瞬の思考で、理子は巫和を掌握するための作戦を立案し、即座に実行に移す。
 位置の移動は気取られないほどの微か。
 思考、身体、否、存在そのものが加速しているかのような巫和は、その微細な理子の立ち位置に気付かずに、僅かな緩みから立ち直るや否や再び独楽の連撃を開始する。
 左の一閃目を理子が再びナイフで受け止めると、続くのは旋回しながらの右。
 しかしここからが一度目の攻防とは違う。
 廊下の壁面の位置に微細に位置を移動していた理子は、その二閃目を頭を下げて回避したのみならず、壁に衝突させて固定させる。
 その時、巫和の態勢は右のバックスローが壁に触れたまま、重心がその一点に集中しているという不安定なものになった。
「や!」
 間髪入れずに理子の足払いが炸裂し、巫和は重心を消失して糸が切れた操り人形のように地面に落下する。
 廊下の地面に激突するまでの0・1秒を無駄にせず、すぐさま理子はナイフを落下する巫和めがけて突き下ろす。
 狙うのは右の肩口。まずは、腕を一本仕留める。
 受け身も何もなく、頭部から地面に打ち付けられた巫和の身体めがけて、冷酷なまでに打ち下ろした理子のナイフだったが、すんでの所で身体を捻った巫和に回避される。受け身が取れなかったダメージを脳が知覚する前の、反射の領域の回避行動。
「ちぃ」
 虚しく廊下のアスファルトを突いたナイフを引き抜き、第二撃を放とうとした理子だが、そのままゴロゴロと二回、三回と身体を転回させながら巫和は理子の間合いから離脱し、肩口を使って跳ね上がるように再び立ち上がる。
「私を殺さないんですか?」
 急所ではなく、肩口を狙った件に関する巫和の問いかける声はあくまで無機質だったが、理子も感情を込めずに答える。
「弓村の戦い方を、殺人鬼と一緒にするなよ」
 ゆらりと深海に存在する異形の生命のように、この異界に身体を漂わせた巫和は、再び二振りのナイフを両手に無形の位に構えて、可憐な声で呟く。
「なんて、綺麗事」
 正面からの対峙は三度目。
 お互いに、次の交差が決着になると理解する。
 巫和の目の前の敵を切断するという強固な意志と、理子の冷徹な勝利のための思考が最高潮に達した時、音もなく最後の交差の瞬間が切って落とされる。
 巫和が選んだ最後の攻撃は、右のナイフによる、一点の直突き。正確に急所を狙う分、そしてこれまでのように旋回の動きではなく、点の動きである分、最高に疾い。
 しかし、その鋼鉄の殺意を凌駕したのは、理子の思考だった。一点の直突き。これほど、理子が選んだ最後の攻撃に都合がいい攻撃も無い。
 あるいは左右への回避行動であるとか、単純なバックスウェーでこの巫和の直突きを回避しようとしていたのならば、理子の生命はここで終幕を迎えていたかも知れない。
 しかし、理子が取った回避行動、否、攻撃行動は、身を完全に捨て身にして沈ませるという、巫和の想定の遥か外にあった行動だった。
 巫和の認識から理子が消失した瞬間、空を切った巫和の直突きの勢いが理子に利用される。巫和の直突きの右手の袖を、捨て身の最中に握り込んでいた理子は、そのまま巫和の袖を引き絞り、同時に右足を巫和の下腹部にあてて支点にする。
 引き絞られた右腕で重心を崩された巫和は、そのまま自分の直突きの勢いで、理子の右足を軸に転倒する。
 変形の巴投げの前に完全に態勢を崩されて地面に転倒する巫和から、一瞬も二瞬も速く立ち上がりバックステップでさらに間合いを取ったのは理子だ。

――Life…

 そして、瞬時にナイフを左手に持ちかえると、持ちかえたナイフを巫和に向かってかざしながら、理子の内面世界は祝詞の詠唱に入る。精神の深層には、理子の存在を規定する弓村の紅蓮の和弓の心象イメージ。
 詠唱の途中に、既に一投目の投擲(とうてき)。
 その理子がベルトについた黒いホルダーから抜き出して投げつけた銀の刃を、巫和は地面に座り込んだまま、すんでの所でナイフで叩き落とす。

――is not…

 炸裂する金属音と、月光に反射した白銀の煌めきで、巫和は理子の切り札を理解する。
 すなわち、理子が最後の攻防で使用したのは、近接戦闘の技術ではなく、木間菖蒲から授けられた、小型の投擲用ナイフによる遠距離攻撃だったのだ。

――like a…

「弓術家は、離れて戦うものさ」
 地面で態勢を崩している巫和と、その遠方で見下ろしながら祝詞の最後の一フレーズを完成せんとする理子。
 この理子が内面世界で発した彼女の祝詞の最後の一節を持って、二人の少女の死闘は決着した。
 静かに、劇的に、弓村理子を規定しているその一節は紡がれた。

――Parody!
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