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あいうえおではじまる小さなお話

【う】



「美しい! キレイだよ、ホント。ほら、自分で鏡見てみなさいって」
「いいですよ、俺にメイクしたら気持ち悪いに決まってます」
「決めつけないの! 見てみなさいってば」
「オリヴィエ様、勘弁してくださいよ」
「ダーメ。だいたい、私に1勝もできなかったら何でも言うことを聞くって言ったの誰だっけ?」
「・・・・・俺です」
「100戦0勝だったよねー」
「ふぅ・・・。わかりました。鏡を見ればいいんですね」
「そうそう、はい、こっちね」

オリヴィエに促されて、ランディは恐る恐る鏡を覗き込んだ。
そこにいたのは、凛とした‘綺麗なお姉さん’。

「?!!」
「キャハハハハ☆ びっくりして声も出ない? ホント言うと私も驚いているんだ。アンタがこんなにキレイになるなんてさ」
「・・・・・・・・・あ・・、えっと、そ、そうだ! もういいでしょう? 俺はちゃんとオリヴィエ様の言うことききました。帰ってもいいですよね?」
「そのままで?」
「あっ、ま、まさかそんなことできませんよ。洗面所貸してください」
「ダーメ」
「オリヴィエ様・・」
「私の渾身のメイクをそんなに簡単に落とさせないよ。フフフッ、さーて、覚悟してもらおうか」
「うわぁー、やめてください〜、オリヴィエ様〜〜〜」

☆★☆

かくして、オリヴィエにチェスで100連敗したランディは、スカートを履いて聖地を歩くことになってしまったのである。

『いい? コソコソするんじゃないよ。堂々と歩けばいいんだ。コソコソしてたら返って目立つんだからね』
オリヴィエの忠告を忘れたわけではないが、スカートを履いて堂々と歩くことが出来るほど人生経験は積んでいない。
ゆるやかにウェーブのかかった長い髪(勿論カツラである)を無造作にかき上げ、溜息をひとつ吐いてから、出来るだけ道の端を歩く。
『カンタンなコトだよ、おつかいを頼まれてくれればいいんだ。新しくできたケーキ屋って知ってるよね? そこでケーキを買ってくる、ねっ、カンタンでしょ?』
確かに簡単だ。
・・・スカートさえ履いていなければ。

ケーキ屋で注文を終え、幾分ホッとしたところで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「あ、ここだよ、ゼフェル。このケーキ屋さんで強力粉を分けてくれるって」
「おう、早いトコもらって来いよ。・・・にしても、ランディのヤツどこへ行きやがったんだ?」
「ほんとだね。一緒にお菓子を焼こうと思ったのにどこにもいないんだもん」
「大方そこいら中走り回ってンじゃねーの? 元気が有り余ってるみてーだからな。ムダに元気を垂れ流してるンなら、体にコイルでも巻いて発電しやがれってンだ」

「!」
ランディは言い返そうとしてハッと気付いた。
今の自分は体にコイルならぬスカートを巻き付けている。
ここで気取られるわけにはいかない。
そんなことになったらこれから先何を言われるか・・・。

ランディは拳をぎゅっと握りしめ、ケーキを渡してくれる店員に引きつった笑顔を返して足早にその場を離れた。

「・・・・・あれ?」
「ン?」
「ねぇ、ゼフェル、今の人、どこかで会ったことない?」
「オレはあんなバカでけぇ女なんか知らねーな」
「女の人、だよね? うーん、ボクもあんなに背の高い人は知らないはずなんだけど・・・」
「おい、店のヤツが持ってきたみてーだぜ。とっとと受け取って帰ろーぜ」
「あ、うん」

☆★☆

「お帰りー。お疲れさま。ほーら、カンタンだったでしょ?」
「・・・ケーキ、ここに置きますね」
「ふーん、何かあったんだ?」
「な、何もありませんよっ!」
「フフン、ごまかそうったってダーメ。例えば、知った顔に会っちゃったとかさ」
「・・会いました。会いましたけど、気付かれてませんから!」

ランディはカツラを少々乱暴に脱ぎ、オリヴィエに押しつけた。

「これで約束は果たしました。それじゃ、洗面所借ります」
「ホント言うと午後のお茶会までそのままでいて欲しかったケド、ま、仕方ないか。クレンジングジェルは右の棚ね。洗顔クリームはその隣。化粧水と乳液は左の棚。わかった?」

「クレンジン・・・?」
ランディは、もう一度聞いても覚えられないと悟って首を傾げながら洗面所に入っていった。

☆★☆

「オリヴィエさまーぁ、台所お借りできます?」

ランディが洗面所から出てきたのと、マルセルとゼフェルが大きな荷物を抱えて部屋に入ってきたのはほぼ同時だった。

「家のオーブンが調子悪くって、ゼフェルが直してくれるって言ったんですけど、午後のお茶会に持ってくるつもりだったからここで焼いた方が・・・。ランディ?!」
「えっ? ランディ野郎が何だってココにいやがるんだ?」
「うわっ! 二人とも、ど、どうして?!」
「僕たちね、オリヴィエ様のお茶会に持っていくお菓子を焼くつもりだったんだ。ランディも一緒にって思ってさがしたんだけど、なーんだ、オリヴィエ様のところにいたんだね」
「う、うん。まぁな」
「あやしーな」
ゼフェルがランディを睨め付ける。
「な、何だよ、ゼフェル」

「ハイ、ハーイ、みんな仲良くねー。マルセル、ゼフェル、台所はあっちだよ。勝手に使っていいからね。そうだ、ランディ、もう一勝負してく?」
「遠慮しておきます!」
「勝負って何だ?」
「僕も気になるなー。ランディ、何の勝負なの?」
「実はねー」
「オリヴィエ様!」
「いーじゃない。チェスだよ、チェス。それでねー、ランディったら私に負けちゃって、それで罰ゲームの夢の館100周マラソンさせられてたんだよねー」

「本当に走ってたんだ・・・。あ、それでランディの髪、ぬれてるんだね。大変だったね、お疲れ様」
「えっ? あ・・・、うん」
「何でぇ、おめー、チェスで負けちまったのか? いずれはジュリアスに勝つとか言ってなかったっけか?」
「勝つさ! だからオリヴィエ様に鍛えてもらってるんじゃないか」
「ふーん、そうなんだ☆」
「オリヴィエ様、すみません! あの、気を悪くされましたよね?」
「キャハハハ、してない、してない。じゃあさ、もっともっと鍛えてア・ゲ・ル」
「・・・・・」
「明日から特訓だからね。私に1勝もできなかったら、その時は、わかってるよね?」
「・・はい」
「よーし、楽しくなってきちゃった。マルセル、ゼフェル、手伝うよー」

「ランディもタイヘンな人に見込まれちゃったね」
「ああ、よしゃいいのに、オリヴィエに勝負を挑むなんてよ、あいつ、またマラソン確実だな」
コソコソ話すマルセルとゼフェルの横でランディは、拳に力を込めて自分に誓っていた。
必ず1勝する、と。
1勝もできなかったら・・・、マラソンくらいならいい。
今度は何をやらされるかわかったものではないのだ。

ガンバレ、ランディ。


おわり

2006.7.19up




ヴィエ様がジュリアス様にチェスで勝って云々、って話をどこかで聞いたか見たような気がして、こんな話が浮かびました。
何故かランディ受難話になっちゃいました。(ファンの方すみません)