雨  act10 Ernst

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ああ、これは!

あ、失礼しました。
このような雨の中、あなたが来て下さるなど思いも寄らなかったものですから。

ええ。
確かにあなたはまたここに来ると仰いました。
それを忘れた訳ではありません。
ですが、このような日に私の所へなど・・・。

笑っていらっしゃいますね。
何か可笑しな事を申し上げましたか?

あ、あの、どちらへ?
外は雨ですが・・・、その、あなたが濡れてしまいます。
いえ、私は構わないのですが・・・。
あっ! お待ち下さい!

はぁ、・・・どうされたのですか?
確かにここなら雨宿りに良い場所だと思いますが、傘もささずに駆け出されては・・・。

また笑ってらっしゃる。
・・・そう言えば、こんなことがありました。

私がまだかけだしの研究員だった頃のことです。
数ヶ月に渡って続けていた研究が行き詰まってしまったのです。
私は、出口が近いことはわかっているのにどうしても先が見えない、霧の中をただ闇雲に歩き回っているような手応えの無さに苛立っていました。
すると友人が来て言うのです。
今の季節は何かと。
私は答えました。
友人はさらに質問しました。
今日の天気は何かと。
雨音が聞こえていましたから、私は雨だと答えました。
すると、彼は笑って、私が持っていた研究資料を奪い取り、外へ走り出して行ったのです。
私は後を追いかけました。
大事な資料です、雨に濡れては大変ですから。

友人は資料をひらひらさせて雨の中で私に質問しました。
雨はどうだ、と。
私は彼が何を言いたいのかわからぬまま、冷たい、と答えました。
そうだ、と彼は言いました。
雨は濡れると冷たい、でもそれを本当に知っていたのか、と。
頭の中でだけわかっているつもりになっていたのではないか、と。
私はその時気付きました。
雨に濡れればどうなるのか、知識として知っているだけで、実際に濡れるまでわかっていなかったことを。
真実を見極めようと研究を続けていた筈なのに、何ひとつ真実など知らないことを。
これでは研究が行き詰まるのも無理はありません。

雨の中立ち尽くす私の肩を叩き、手にしていた紙を私の手に押し込んで、友人は、
『そいつは白紙さ。資料は女の子に預けておいた。どの子かは言わないから自分で探せよ』
そう言って悠々と去っていきました。
大事な資料が濡れなかったのは喜ばしいことですが、資料を探し出すのに多大な努力をさせられました。

笑って、らっしゃいますね。
あなたの笑顔はひとつの真実です。
私はその真実を認め、見極めたいと思っています。
雨が人の体を冷やすこと。
笑顔が人の心を暖めること。
今ではわかります。
あなたの笑顔が何故こんなにも私を幸せな気分にさせるのか。
それはまだはっきりとはわかっていません。
ですが、きっと突き止めて見せます。
一生かかっても構いません。
あなたが一生そばにいて下さるなら。


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雨降りデートシリーズ第十弾です。
ミア・ファローの「フォロー・ミー」(1972 米・英合作)という洒落た映画があるのですが、 この映画の探偵役(または旦那様役)が似合う人と言えばエルンストかなぁと思って書きました。
ストーカーにならない程度に追いかけるって難しいですね(笑)。

2003.3.1


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