アンダンテ

次へ お話トップへ ホームへ戻る

新しい宇宙が惑星で満たされた。リュミエールが送った力で。
アンジェリークが新しい宇宙の女王になる。リュミエールの望み通りに。
『私の、望み?』
アンジェリークが好きだった。故郷の海を映したような青緑色の瞳も、 リュミエールの名を呼ぶ花のような唇も、サラサラ揺れる栗色の髪も、全てが愛おしかった。
『私は何を望んでいたのでしょうか』
自分に問いかけてみる。が、答えは出なかった。答えを出すのが怖かったのだ。
突き刺すような胸の痛みを抱えて私邸に戻り、眠れぬ夜を過ごした。
目を閉じるとアンジェリークの顔が浮かぶ。目を開けるとアンジェリークの声が聞こえる。
『私は・・・』
リュミエールは首を振り、無理矢理愛しい人への想いを断ち切って固く目を閉じた。
明日になればアンジェリークの女王決定は周知のこととなるだろう。
そうなれば諦められるかもしれない。いや、諦めなくてはいけないのだ。

永遠に続くかと思えた夜が明け、空が白み始めた。
リュミエールは小さい溜息をひとつついて起きあがり、身支度を整えてハープに向かった。
指は弦の上を滑りはするが、音を導き出すことができぬまま、ただ時間が過ぎていった。
ハープを奏でることは諦め、重い腰を上げて宮殿に向かう。
晴れて女王になったアンジェリークを迎える為に。叶わぬ想いに終止符を打つ為に。

コンコン

駆けてきたのだろう、息を切らし、上気した顔のアンジェリークが執務室の扉を開けて入ってきた。
「アンジェリーク・・・、いえ、あなたのことはもう、新しい宇宙の女王とお呼びしなければならないのですね」
アンジェリークは頭を振って視線を足元に落とし、意を決したように顔を上げてリュミエールを真っ直ぐ見つめて言った。
「リュミエール様、あの、私・・・。私、リュミエール様のことが好きなんです!」
「アンジェリーク、・・・何を? あなたは新しい宇宙の女王なのですよ」
アンジェリークの青緑色の瞳にみるみる涙があふれる。
「あの、アンジェリーク? 違うのです、私の言いたいことは、つまり・・・。あっ! お待ち下さい!」
止めるのも聞かず振り向きもしないで駆け去るアンジェリークを追って、リュミエールは外に出た。
自分の心を見透かしたようなアンジェリークの告白に驚き、心にもないことを口走ってしまったことを悔やみ、 愛しい人を泣かせてしまった自分に腹を立て、ひたすら前を行く栗色の髪の少女を追った。


「よっ、アンジェリーク。おめー、新しい宇宙の女王に決まったんだってな」
「・・・・・」
「どうしたんだ? 何かあったのかい?」
「あ、おいっ! 待てよ! ・・・。何だ? あいつ」
「ゼフェル、彼女、泣いてなかったか?」
「えっ?! マジかよ? どーしたってゆー・・・」

「ランディ、ゼフェル、アンジェリークを見ませんでしたか?」
「リュミエール様、アンジェリークならついさっきあっちへ走って行きましたけど、何かあったんですか?」
「私のせいなのです。早く見つけないと。あちらですね。ありがとう」
「って、おい! ・・・リュミエールまで行っちまった。ったく、さっぱりわかんねーぜ」
「ゼフェル、あっちって迷いの森の方じゃないか? 俺たちも探しに行こう」
「そうだな、あっちはちょっとヤバイもんな」


「アンジェリーク!」
鬱蒼とした森の中を分け入り、下草に足を取られながらも何とか追いついたリュミエールは、 アンジェリークの腕に手を伸ばし、捕まえようとした。
が、彼女はその手を振り払い、尚も森の奥深く走っていこうとした、その途端。
「きゃっ」
「アンジェリーク?! どう・・・?」
足元が急に崩れ落ち、地底に引き込まれるような感覚がふたりを襲った。

墜ちる・・・・

アンジェリークを守りたい、命に代えても。リュミエールはアンジェリークを胸にかき抱いた。
やがて、明るい光りが満ち、地上から突き出た無数の手にやんわりと受け止められたような気がして辺りを見回すと、 そこに森はなく、向こうに見えるはずの宮殿もなかった。
「アンジェリーク?」
気遣わしげに愛しい人の顔を覗き込むリュミエール。
彼女は気を失っているが、怪我などは無いようだ。
リュミエールは安堵の溜息をつき、もう一度まわりを見渡した。
ふたりがいる場所は小高い丘のようになっていて辺りが一望出来た。小さな町。大きな町。 遠くできらめいているのは海だろうか、湖だろうか。
「う、ううん」
「アンジェリーク、気付かれたのですね」
青緑色の瞳が見開かれ、不思議そうに水色の瞳を見つめた。
「あなたは、誰?」


次へ  お話トップへ  ホームへ戻る