part1 神鳥の宇宙
迷いの森には色々な言い伝えがあります。
曰く、迷い込んで戻った者はいない、森の中には誰も知らない生き物が棲んでいる、
時空の歪みがあってうっかり入り込んだ者はとんでもないところへ飛ばされてしまう、・・・などなどです。
それでも、ほんの入り口の所なら、目印になるものさえ見つけておけばそれ程の心配はいりません。
ほっそりとした薄葉の木、それが最近ここを訪れるようになった水の守護聖リュミエールの目印でした。
ちょうどその薄葉の木の下に来たとき、リュミエール目がけて落ちてきたようなタイミングで、たまごがひとつ現れました。
虹色に輝く、ニワトリの卵をひとまわり大きくしたようなたまごでした。
思わず出した両手の中にたまごはすんなり収まり、見る間にヒビが入って、そこから出てきたのは・・・。
「・・・ドラゴン?」
思わず声を出してしまったリュミエールを、ドラゴンの赤ちゃんは小さな身体には大きすぎるような金色の目できょとんと見つめます。
「迷子・・・、というのとは違いますね。・・・この薄葉の木にドラゴンの巣があるとは思えませんし・・・」
小首を傾げて困ったように呟くリュミエールを見上げてドラゴンの赤ちゃんも困ったように鳴きます。
「あ、大丈夫ですよ、何も心配することはありません。と、とにかく何か食べるものを探しましょう」
木の実、果実、草、葉っぱ、色とりどりの花、いっぱい並べて様子を見ますが、食べそうな気配もありません。
「あの、やはり昆虫などの方が良かったのでしょうか・・・?」
違うとでも言いたげにやわらかな金色の鬣を振るドラゴンの赤ちゃんを前に溜息が出てしまいます。
「こんな所で何をしてるんだ?」
「カティス様!」
緑の守護聖カティスがいつもの人なつっこい笑顔で近づいてきます。
「あ、あの、このドラゴンが・・・」
「うん? おい、こりゃピペドラゴンじゃないか。どうしたんだ、これ?」
「ピペドラゴンというのですか・・・。ああ、あの、薄葉の木の下でたまごが急に現れて孵ったのですが、何を食べるのかわからなくて困っていました。
カティス様はご存知ですか?」
「孵ったって? ふーむ、お前さんの所にピペドラゴンがなぁ」
「?」
「ああ、すまない。食べ物に関しては心配いらない。そいつは水だけでいいんだ」
「水だけで育つのですか?」
「ああ、綺麗な水ならそれでいい。で、飼うつもりなのか?」
「はい。・・・あの、生き物を飼ってはいけないのでしょうか?」
「いや、そんなことは無いんだが、こいつには特殊能力があってな・・・、うーむ、少し長くなるんだが、話しておいた方がいいだろうな」
「それなら、この先に私の小屋があります。そちらでよろしければどうぞ」
「ああ」
カティスは、手にドラゴンを載せたまま前を歩くリュミエールに付いて行きました。
そう何歩も歩かない内に、緑色の小屋のような物が見えてきました。
「驚いた。これ、お前さんが作ったのか?」
葉っぱと木を組み合わせた小屋の中にはテーブルと椅子もちゃんとあります。
「ええ」
少し恥ずかしそうに水の守護聖は答えました。
「この近くに野生のハーブが群生しているところがあるのです。屋敷に持ち帰ろうとも思いましたが、
せっかく自然に生えている物を荒らしてしまうのも悪いですから、私がこちらに来ることにしました」
「それで、ちょっとした休憩所を作ったって訳か」
「はい。・・・あの、お話というのは・・・」
コップに長い首を突っ込んで美味しそうに水を飲むピペドラゴンをとカティスの顔を交互に見ながらリュミエールが尋ねました。
「ああ、そうだったな。・・こいつは別名お願いドラゴン。こいつがお前さんの所へ来たってことは、つまり、誰かがお前さんに〈お願いした〉ってことだな」
「は? ・・・あの、私は何をお願いされたのでしょうか?」
「そいつはわからん。とにかく、過去か未来か、こいつを手に入れた人物がいて、お前さんに関することをお願いしたことは確かだ」
「・・・よく話しが飲み込めないのですが・・・」
「ははは、そりゃそうだ。いきなりお願いされました、じゃな。そうだな、ピペドラゴンのことから話した方がわかり
やすいだろう」
リュミエールの掌に頭を預けて眠るドラゴンの赤ちゃんを見ながらカティスが話し出しました。
「ピペドラゴン、別名お願いドラゴン。こいつを手に入れた者はどんな願いも叶うと言われている。生息地は不明で、あらゆる人間が願いを叶えてもらおうと必死に探すが、まず見つかることはないらしい」
「どんな願いでも叶う・・・?」
「ああ、過去を変えることだって出来るって話しだ。ま、変えた時点で別の時間軸が発生するから、過去を変えてもらったって、今を変えることはできんがな」
リュミエールは首を傾げ、カティスの言葉を心の中で繰り返しました。
「では、もし、過去に戻って水の守護聖の選定をやり直すようお願いしたとしても、今の私には何の影響もないということでしょうか?」
「そういうことだ。・・・リュミエール、この仕事は嫌か?」
リュミエールは少し驚いてカティスの顔を見ました。
「そんなことはありません。・・・ただ、病弱だった母を思うと・・・」
「そうか」
一言だけ言って黙ってしまったカティスの様子に、リュミエールは決まり悪げに首を振りました。
「すみません。お話の途中でしたね。どうぞ続けて下さい」
「ああ。えー、ごほん」
カティスはわざとらしい咳をして再び話し出しました。
「ピペドラゴンが何のために願いを叶えてくれるのか、どうやって叶えるかはわからない。わかっていることは、こいつらがどんなに時間がかかっても必ず願いを叶えるってことと、願いを言った途端消えてしまうということだ」
「えっ?! き、消えてしまうのですか?」
「ああ、だが心配は要らない。何も消えていなくなるって訳じゃない。甦るんだ。記憶を残したまま、たまごに戻ってやり直すって言った方がいいかも知れん。そしてたまごは願い人の想いをのせて現れる」
「?!」
リュミエールは驚いて手の中のドラゴンを見ます。
ドラゴンは安心しきって眠っているようでした。
願いを叶えるためにやってきたピペドラゴン。
誰の願いを・・・?
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