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part3 神鳥の宇宙

聖地の空はどこまでも澄んで暖かい日差しが降りそそいでいました。
「リュミエール様、ピペが・・」
「やはりあなたの所でしたか。ピペ、アンジェリークは忙しいのですから邪魔をしてはいけませんよ」
リュミエールはアンジェリークからピペドラゴンを受け取ると、その頭を撫でながら言いました。
「いいんです。もうほとんど片付きましたから」
「そうですか。それならお茶にしましょうか?」
「はいっ。リュミエール様の淹れてくださるお茶はと〜っても美味しいからいつも楽しみなんです」
「ふふっ、これからは毎日淹れて差し上げられますよ」
アンジェリークは顔を真っ赤にして頷きました。
結婚式を三日後にひかえ、恋人達の話題は尽きぬようです。

「ピペはリュミエール様が聖地に来られてすぐくらいにたまごから孵ったって仰ってましたよね」
「ええ、途方に暮れていた私にピペドラゴンの事を教えてくださったのは、前の緑の守護聖でした」
リュミエールは懐かしむように目を細めました。
「それで、お願いドラゴンなんですよね、この子」
「何か、願い事があるのですか?」
「前はあったんですけど、もういいでんです」
「前は?」
「き、聞かないでください」
水色の瞳に見つめられてアンジェリークは恥ずかしそうにうつむきます。
「話したくないのならお聞きしませんが・・・」
「あっ、わ、わかりました! そんな顔しないでください。 あの、えーっと、お願いはですね、その、リュミエール様と一緒になれますように、って。でもそれはもうすぐ叶う・・・」
突然降ってきたやさしいキスにアンジェリークはそれ以上話せませんでした。
「私も白状しましょうね。実は何度もピペにお願いしようと思ったのですよ。アンジェリークと一緒になれますようにと」
赤い顔をした水の守護聖は、アンジェリークをそっと離し、照れ隠しのようにピペドラゴンの頭を撫でます。
こちらも赤い顔をした元女王候補は、その様子を笑顔で見ていましたが、ふと思いついたように口を開きました。
「そういえば、この子、願いを叶えるためにリュミエール様の所に来たんですよね。それって誰のお願いだったんでしょう?  それから、願いは叶ったのかしら?」
’ジョオウ アンジェリークノ ネガイハ カナエラレタ ’
「えっ!?」
「今のは、ピペ、あなたなのですか?」
突然頭の中に響いてきた声に驚きながら、大きな金色の目がじっと見つめているのに気づき、リュミエールが尋ねます。
’ソウ ’
「女王陛下のお願いだったの?」
今度はアンジェリークが尋ねました。
’ソウ。 セイジュウノ ウチュウノ ジョオウヘイカノ ネガイ ’
「ええっ!!! 聖獣のって、そ、それじゃあ・・・。え? も、もしかして、ええーーーっ!!! 私?」
「ちょっと待ってください。ピペ、それは違うでしょう? 聖獣の宇宙には女王はいないはずですが」
’ココニハ イナイ。アンジェリークガ カコヲ カエタカラ ’
「過去を変えた? まさか、そんなこと・・」
「どういうことなのでしょうか? ピペ、話してくれませんか?」
’アンジェリークハ 『リュミエール様と女王にならなかったアンジェリーク・コレットが一緒になれますように』ト イッタ。ネガイハ カナエラレタ ’
リュミエールはびっくりしてピペを見つめました。
『ま、変えた時点で別の時間軸が発生するから、過去を変えてもらったって、今を変えることはできんがな』
守護聖になりたての頃、緑の守護聖から言われた言葉がよみがえります。
「ピペ、聖獣の宇宙の女王はなぜそのような願いをされたのでしょうか? 過去を変えても今が変わる事はないのに。それとも、それをご存じなかったのでしょうか?」
’ジョオウハ シッテイタ。『別の世界の私でも私だから』ト イッテイタ。ナゼ ソンナ ネガイヲシタノカハ ワカラナイ ’
「別の世界の? 女王になった私なの? ・・リュミエール様と離れて・・・?」
アンジェリークの目に涙が浮かびます。
「リュミエール様。私達がこうしていられるのも聖獣の宇宙の女王が願ってくれたからなんですね」
「アンジェリーク・・・」
「別の世界の私。ひとりぼっちの私・・・・・・」
肩を落とし、うつむいて涙をこらえるアンジェリークをピペドラゴンが心配そうに見上げました。
その金色の瞳にはアンジェリークの姿が映っています。
別の世界のアンジェリークと同じ姿のアンジェリーク。

「リュミエール様、私達も女王陛下のために何かお願いできないでしょうか?」
アンジェリークは涙を振り払うように軽く頭を振り、リュミエールを真っ直ぐ見つめて言いました。
「アンジェリーク、過去を変えても同じことです。また別の時間軸が生まれるだけです」
「過去を変えるんじゃありません」
「過去を変えないで女王陛下のためになるお願い、ですか? 何か良い考えがあるのですね。アンジェリークあなたにお任せします」
「ありがとうございます。良い考えかどうかはわからないんですけど・・・。あ、お願いしたらピペは消えてしまうんですよね。そうしたらリュミエール様は・・」
「構いません。女王陛下の所からやって来たのですからお返しするだけです」
リュミエールの言葉にアンジェリークはにっこりと笑いました。
「ねぇ、ピペ。お願いをしたアンジェリークの宇宙は別の世界にあるけど、時間の流れは一緒かしら。えっと、つまり、その宇宙のアンジェリークも今は17歳なのかな?」
’ジカンノ ナガレハ オナジ。デモ ジョオウノ トシハ ワカラナイ ’
「くすっ、そうよね。いいの、時間の流れが一緒なら。・・・ということは、別の世界のアンジェリークはもう聖獣の宇宙にいるのよね。・・・ひとりぼっちで・・」
アンジェリークはリュミエールを見ました。
少し心配そうに首を傾げて見守ってくれている愛しい人、この人が一緒にいてくれること、それが一番の幸せです。
それはどこの世界であっても同じだとアンジェリークは思いました。
「やっぱりアンジェリークはリュミエール様と一緒にいなきゃ」
アンジェリークは声に出して言いました。
「ピペ、あなたをここに寄こしたアンジェリークの所に、守護聖の役目を終えたリュミエール様が行って、一緒に暮らせますように。これが私のお願いなの。いい?」
ピペドラゴンはわかったという風に肯き、リュミエールを見つめてひと声鳴いてからスッと消えました。
「リュミエール様、私・・・」
「良く考えられましたね。これからが楽しみになりました」
「楽しみ? 本当にそう思われますか?」
「ええ。あなたと一緒にいられること、それが私にとって何にも代え難いことなのです。それは別の世界私にも同じことでしょう。 ですから、たとえ離れているときがあったとしても、また一緒になれるのでしたらそれ以上のことはないはずです」
「別の世界のアンジェリークも幸せになれますよね」
「あなたが私と一緒にいるのが幸せと言ってくださるのなら」
「もちろんです!」
リュミエールとアンジェリークはお互いの顔を見合わせ、にっこりと笑いました。


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