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すべての人に幸あれ

(1)

「あー、リュミエール、どこへ行くんですかー?」
「ルヴァ様、付いて来られなくて結構です。私は人形ではありません。何もかも人に決められて仕舞うなど我慢できません」
「お気持ちはわかりますけどねー、あなたはここ、アクア王国の王子なのですから、国のためにですね・・・」
「役にも立たない第三王子ですから、国のために会ったこともない方と結婚しなくてはいけないのですか?」
「役に立たないなどとご自分で言うものじゃありませんよー。それにね、聞くところによると可愛いお嬢さんらしいじゃないですか。一度お会いになってから決めても・・・」
「ですから、一度お会いしようと思うのです」
「はぁ?」
ルヴァはにっこりと笑うリュミエール王子をまじまじと見直した。
いつもの服装とは違う身軽な出で立ちで、長い髪を後ろでひとつにまとめたその姿は、幾分品が良すぎるきらいはあるが、庶民の旅行者にしか見えなかった。
ルヴァは覚悟を決めて言葉を継いだ。
「ファイア王国まで行かれるおつもりなんですね? 引き留めても無駄、ということですね。あー、待って下さい。私もご一緒しますから」
「隠密行動ですよ?」
「はい、はい、わかってますよー。王子とは長いつき合いですからねー」

十五分後、『旅に出ます』と書き置きを残してアクア王国の第三王子リュミエールと、リュミエール付き侍従兼教育係のルヴァはそっと城を抜け出した。
王子とはいえ第三王子である。
あまり長く城を空けるのでなければ、どこに行こうと殆ど問題にされなかった。
アクア王国の王城から、ファイヤ王国国境の街アルカディアまでは馬を走らせて一日半といったところだ。
アルカディアにはリュミエールもルヴァも何度か泊まったことがある。
しかし、いずれも王子と侍従としてで、気軽に街を散策できる訳もなく、ファイヤ王国の王城へ行く途中の宿泊場所程度のものだった。
道中交替で仮眠を取っただけでアルカディアに到着したふたりは、中央広場にほど近い宿を取った。
今まで泊まったことのある豪勢な宿ではなく、民宿と言った感じのこぢんまりとした宿だった。
次の日、遅めの朝食を摂ったふたりは中央広場へ向かった。
資料によると、リュミエールのお后候補は中央広場から少し入ったところに住んでいるらしい。
いきなり家を尋ねるのは気がひけたが、人の行き来の多い中央広場なら、何らかの情報が入るかも知れない。

「そう言えばルヴァ様」
中央広場への道すがら、リュミエールがルヴァに声をかけた。
「はいー、何でしょうかー?」
「アルカディアには地方都市に似つかわしくないような立派な図書館があるそうですね」
「あー、よくご存知ですねー。そうなんですよ。この町はちょっと特殊な事情がありましてね、王都より立派な図書館や美術館があるんですよ」
そう言うルヴァの様子は見ていて可笑しいほどそわそわしている。
「ルヴァ様、私なら構いませんよ」
「えー、何が構わないんですかー?」
「どうぞ、図書館へいらしてください。私は今日は一日中央広場におりますから」
「お気持ちは嬉しいんですが、あなたひとりにはできません」
「大丈夫ですよ。ほら、中央広場が見えて参りました。あのような開けた場所では何も起こりません。どうぞ安心して行ってください」
尚も言葉を継ごうとするルヴァの背中を押しながら、リュミエールはふと思いついて言い足した。
「ルヴァ様、アルカディアに関する詳しい歴史の本などがあれば借りてきていただきたいのですが、お願いできますか?」
「あー、そう言うことなら仕方ありませんねー」
「ええ、よろしくお願いします」
何度も振り返りつつ、それでも軽い足取りでルヴァが図書館へ向かうのを笑顔で見送り、リュミエールは中央広場に入った。
中央広場は真ん中に大きな噴水のある開けた場所で、噴水を中心に円を描くように石畳が続き、円の周りには商店が並んでいた。
カフェテリアでくつろぐ家族、花屋の店先で店員と何やら話し込んでいる人、屋台でアイスクリームを買うカップルらが思い思いに休日を楽しんでいる様子だった。
少し離れたところでは子供達がボール遊びに興じている。
『何と穏やかな良い街でしょうか』
リュミエールは水音に誘われてゆっくりと噴水の方へ歩き出した。


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