「リュアンヌはまたクラヴィス様のところですか?」
「ええ、そうみたいです。すっかりなついちゃって、これじゃ、どちらが父様かわからないですよね」
「アンジェリーク?!」
「あー、そんなコワイ顔しないでくださいよぉ。くすくすっ。男親って娘のこととなると目の色が変わるっていうけど、本当なんですねー」
「アンジェリーク、あなたって人は・・・」
「あん、ダメですよぉ。お料理が焦げちゃう。大丈夫ですよ、リュミエール様。あの子、大きくなったら父様と結婚するなんて言ってたくらいですもん。
誰にどれだけなつこうと、あなたが一番なんです」
「大きくなったら私と、ですか?」
「あ、それはダメって言っておきましたからね。父様には母様がいるんだから、あなたは別のいい人を見つけなさいって。リュミエール様ぁ、たとえ娘といえど、浮気は許しませんからね」
「ふふっ、釘を刺されてしまいましたね。でも心配することはありませんよ。あなた以上の存在など私にはありませんからね」
「リュアンヌを除いて、でしょ?」
「それはあなたも同じ事でしょう?」
リュミエールとアンジェリークはお互い顔を見合わせ、声を出して笑った。
ふたりが聖地で結ばれてから六年の歳月が流れていた。ふたりの間のひとり娘、リュアンヌは今年五歳になったばかりだ。
いつものように呼び鈴が鳴らされ、いつもの来客を告げた。
「遅くなってしまった。すまぬ。リュアンヌが起きるのを待っていたのでな」
「クラヴィス様、いつもありがとうございます。夕飯食べていってくださいね」
「いや、私は・・・」
「だめぇ、クラヴィスさまもリュアンヌといっしょにたべるのぉ」
「ええ、そうしましょうね。リュアンヌ、クラヴィス様のお皿を用意してね」
「はぁ〜い、かあさま」
いつの間にか一緒に夕飯を食べていくことになったクラヴィスは、包み込むような暖かい笑顔でくるくると動き回る妻子を見ているリュミエールをぼんやり眺めていた。
「家族とはいいものだな・・・」
「クラヴィス様、何かおっしゃいましたか?」
「いや、何も。・・・子供は成長が早い。ついこの間まで小さな赤子であったものが、今は母の手伝いをするほどになったのだな」
「ええ、やがては大人になり、私達の元を出て行くのでしょうね」
「淋しいか?」
「いえ、私にはアンジェリークがいますから」
「そうだった。余計なことを聞いた・・・」
リュアンヌが料理を盛りつけたお皿をそろそろと運んできた。
「クラヴィスさま、はい、おさらとってくださいね」
「ああ、すまぬな」
リュミエールの家族と客人が和やかに夕食を終え、お茶を飲んでいるとき、リュアンヌが突然言い出した。
「あのね、わたし、クラヴィスさまとけっこんするね」
「な、何を?」
目を見開いて娘を見つめるアンジェリークと、慌ててお茶をこぼしそうになるリュミエールと、何を言われたかわからず怪訝そうな顔を発言者に向けるクラヴィスに向かって、リュアンヌはもう一度言った。
「わたし、クラヴィスさまとけっこんするの。だって、とうさまにはかあさまがいるんだもん。だから、クラヴィスさまにしたの」
「したの、って、リュアンヌ、あなたクラヴィス様のお返事は聞いたの? あなただけが言っててもダメなのよ」
「アンジェリーク、それではクラヴィス様がうんとおっしゃったら許すと言うのですか? どれほど年が離れているのか忘れてしまったのですか?」
「とうさま、こわ〜い」
そう言ってリュアンヌはクラヴィスの影に隠れてしまった。
「案ずるな、リュミエール。私がうんというはずはなかろう? 今も、これから先も」
それを聞いたリュアンヌの目に涙が浮かぶ。
「クラヴィスさま、リュアンヌのこときらい?」
「嫌いな訳がなかろう? お前はこの上もなく愛おしい存在だ。だが、結婚というのは違うぞ」
「どうして?」
「お前も大きくなればわかる」
「わかんないもん。かあさまはとうさまがすきだからけっこんしたんでしょ? わたし、クラヴィスさまがすきだもん」
ふくれっ面のリュアンヌをなだめ、よくある子供の幻想と片付けて、大人達はこの話題を葬り去ってしまった。
幼いとはいえ、真剣で純粋なリュアンヌの想いは心の奥に仕舞い込まれ、他の者が目にすることはなくなった。
仕舞い込まれた想いは年月を経ても色褪せることなく、むしろ色を重ね、厚みを増し、解き放たれる時を待っていた。リュアンヌの成長とともに。
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