輪 -2-

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「リュアンヌはまたクラヴィス様のところですか?」
「ええ、そうみたいです。ふふっ、心配なんですね」
「当たり前でしょう? 年頃の娘が男の所に入り浸るなど・・・」
「リュミエール様ぁ、そういう言い方ってあなたらしくないですよ。ほらほら、そんなコワイ顔はダメですってば。リュアンヌだってもうじき十七歳ですよ。 自分のことは自分で考えられる年です」
「ですが・・・」
「覚えてます? 私がリュミエール様のところに来たのも十七歳の時でしたよね?」
「ええ、あの頃のあなたはとても可愛らしかった」
「どうせ今は可愛くないですよー」
リュミエールは口をとんがらせて怒った振りをする愛しい妻を抱き寄せ、サラサラと流れる栗色の髪に優しく口づけた。
「あなたはどこにも行きませんよね? 私を置いてどこにも」
「行きませんよ。ずっとリュミエール様と一緒です」

「ただいまー。お腹空いちゃったぁ」
キッチンに入ってきたリュアンヌは抱き合っている両親を見つけて溜息をつき、簡単なサンドウィッチを作って部屋に引き揚げた。
『もう、参っちゃうなぁ。父様も母様も仲が良いのはいいんだけど、娘としてはちょっと恥ずかしいよ』
リュアンヌはサンドウィッチを一口かじり、首を傾げて声に出して言った。
「でも、やっぱり羨ましいかな」
光の具合によって青みがかって見える銀髪と、淡い青緑色の瞳を持つ娘は手にしたサンドウィッチをじっと見つめていた。心はここにあらずといった風だ。
最近のリュアンヌはこうして物思いにふけっていることが多い。

ガタンッ

急に呼ばれたような、いたたまれないような気分に襲われて立ち上がった拍子、ナイトテーブルに置いてあったタロットカードが落ちた。
以前、リュアンヌがクラヴィスの水晶球を物珍しげに覗いていたときだった。
「・・・興味があるのか?」
「えっ? えっと、あの、綺麗だなぁって思って」
「さすがにこれはやれないが、タロットカードならやっても良い。但し、カードの意味をある程度理解したならな」
「本当? わぁ、嬉しいなぁ」
タロットカードが欲しかったというより、クラヴィスの持ち物を自分の物にできるということの方が嬉しかった。
クラヴィスの執務室に通う口実がひとつ増えたことも嬉しかった。
そうして手にしたタロットカードが足元に落ちている。ばらばらになったカードはただ一枚を除いて裏向きだった。
「・・・審判? 逆位置の?」
リュアンヌは表を見せているカードを取り上げ、カードのもつ意味を考えた。
『確か、正位置で病気の回復とか、物事の好転とか、決断とかよね。・・・逆位置は・・・不本意な決定とか、閉ざされた心情、心残り・・・?』
「クラヴィス様!」
気がつくとリュアンヌはカードを持って駆けだしていた。厩から馬を出し、鞍も付けず裸馬に跨り、鬣を掴んで馬の耳元で囁いた。
「さぁ、行って、クラヴィス様のところよ」
馬は心得たと言う風に駆け出した。

コンコンコン

闇の守護聖は、珍しく執務室の窓を開け、逢魔が時の聖地を眺めていた。
ノックの音に振り向いたクラヴィスは、頬を紅潮させ、肩で息をしているリュアンヌを見た。
「・・・おまえか」
「クラヴィス様、審判のカードが逆位置で、それって、ひょっとしたら・・・」
「ああ、私も役目を終えるときが来たようだ」
「いや! 行かないで!」
リュアンヌはクラヴィスに抱きつき、子供がするようにイヤイヤをした。
「好きなの。ずっと、ずっと前から。行かないで。手の届かないところへ行かないで。ずっと側にいて欲しいの」
「・・・おまえでは、無理だ」
リュアンヌの目から一筋の涙がこぼれた。
「おまえの涙は初めて見る・・・」
指で涙を受けながらクラヴィスは言った。涙はリュアンヌの頬を伝わらず、クラヴィスの手の中に流れていった。
「クラヴィス様が行っちゃったら、毎日泣いて過ごすの。安らぎを与えてくれる守護聖が側にいないのに眠れるわけがないもの、きっと泣きすぎと睡眠不足で死んじゃうんだわ」
「代わりの守護聖が来るだろう」
「クラヴィス様の代わり? いるわけ無い。闇の守護聖様の代わりはいても、あなたの代わりはいない」
「・・・あまり、私を困らせるでない」
クラヴィスの胸で泣きじゃくるリュアンヌの銀色の髪を優しくなで、未練を残しながらもその手を肩に置いて引き剥がすように距離を取った。
「おまえの両親が心配する。送ろう」


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