第5回

「はいはい、わかった、わかった。本当に子供はじっくり構えるってことができないんだから。物事の順序ってものをわかるようになるにはあと何年かかるんでしょうねぇ。」
「おい、キンギョ、クッキーをそこに置いて、早く教えてやってくれよ。そしたら、明日はママに頼んでマドレーヌを焼いてもらうんだけどなあ。本当に、お腹にカエルがいる、なんてことがあるの?」
「そうなのよ。たまにそういう体質の人がいるのよね。ほら、大食らいなのに痩せてる人っているでしょ。そういう人なんか、お腹にカエルがいる割合多いらしいわよ。」
「他の人なんかどうだっていいから。問題は僕のお腹なんだ。どうして急にうるさくなったの?」
「う〜ん、そうなのよねえ。あんなに大きな音をたてるなんて、聞いたことがないのよ。も少しおとなしくしているもんなのよ。そこが不思議なの。」
「んじゃ、わかんないの!?」
「おい、キンギョ、なんとかしてやれないのか?」
「そうね。マドレーヌもいいけど、シュークリームの方が好きなの。生クリームのがね。」
「はいはい、わかった。ママに言っておくから。」
「じゃあ、なんとかしてあげる。そうそう、持ってきて欲しいものがあるんだけど・・・。」
「わかってるって。ちょっと待ってろよ。」
 そう言うと、鈴木君は部屋を出て行った。一体何を持ってくるんだろう。
「ねえ、キンギョ、君は家を離れることができるの?うちのモミジはだめなんだ。どうして?」
「それはね、モミジは家に宿っている小人さんなの。だから、その家がすっかり壊されて、二度と新しい家がそこに建つことがない、というときでなければ、その場から離れることができない。でも、私は違うわけ。」
「ふ〜ん、そうなの。」
「あ、それから、皆が寝静まってから、あなたのところに行くけど、あなたも眠っていてね。でないと、カエル君と話ができないから。」
 僕のお腹のカエルと話をするなんて、想像すると気持ち悪い。見たいとも思わないから、眠っていたほうがいい。でも、眠れるだろうか。
「ほ〜い。持ってきたぜ。これでいい?」
 鈴木君が紙の手提げ袋を持ってきた。中に入っていたのは
「あれ、植木鉢だ。これ何なの。」
「キンギョの木。去年挿し木して増やしたやつさ。家の庭の椿なんだ。あの木がキンギョの分身ってわけ。あれ、キンギョが椿の木の分身なのかな。」
「へえ、キンギョっていうから、魚の分身かと思ったけど、木なのか。でも、これ、本当に椿?僕ん家のと違うみたい。」
「あら、キンギョツバキっていうのよ。私の木だもの。当たり前でしょ。これを部屋に置いといてちょうだいね。この木があるところなら、行くのも簡単、力も充分発揮できるのよね。」
「うん、わかった。じゃあ、今夜、きっと来てね。」
 植木鉢の入った紙袋を下げて、僕は家に帰った。

* * * * * * * * * *

 その夜、僕はなかなか眠れない。本当に、キンギョは来てくれるのだろうか。モミジと話がしたかったけど、あいつはちっとも出てきてくれない。椿の植木鉢は、机の上に置いてある。ああ、早く寝なきゃ。とにかく布団をきちんと掛けて、目をつむって、え〜と、馬を数えるんだったかな、ま、いいや。とにかく数を数えよう・・・・・。



第6回

「・・・だから、どうして急にうるさくなったのよ。おとなしくしていれば平和に暮らせたでしょうに。」
「だって、オイラ聞いちゃったんだ。」
 あれ、部屋の中で話し声が聞こえる。
「何を?」
「『いのなかのかわずたいかいをしらず』って。あれは、胃袋の中に住んでいるカエルは、カエルの大会、つまり、何か楽しい集まりがあるのを知らないから、かわいそうだね、っていう意味なんだろ。オイラ、言葉の勉強しているから、そのくらいはわかるんだ。」
 夢、なのかな。キンギョとカエルが話しているみたい。でも、どこで話をしているんだろう。僕のお腹の中、じゃあないみたいだけど。なんていうか、言葉で聞こえてくるんじゃなくて、二人(一人と一匹)が僕にわからない言葉で話をしていて、その会話の意味が頭の中に響いてくる、そんな感じなんだ。
「・・・『井の中の蛙大海を知らず』ねえ。あれにそんな意味もあったのかしら。」
「だからさ、オイラもその集まりに行ってみたいのに、ここから出て行く力はオイラにはない。だから、宿主さんにお願いしているんだけど、わかってもらえないみたいで・・・・・。」
「そりゃあ、カエルの言葉がわかるのは、小人の世界にもそういないのよ。人間に通じるわけないもんね。」
「そうなんだ。オイラ、人間語、聞くことはできても、まだ話せないから。ねえ、どうなんだい、外の世界って、楽しい?」
「ま、人それぞれってことよ。本人次第ね。」
「そうか。オイラ、もし、外の世界に行けたら、そのまま、外のカエルになりたいと思っていたんだけど。」
「私の力で、お腹の中から出してあげることはできなくもないけど。でも、一旦そこから離れてしまえば、もう、戻れないのよ。いいの?」
「ああ、オイラはそれで構わない。だって、宿主さんに迷惑かけちゃってるんだろ、オイラが考えなしに大声だしたもんだから。いやがられてここにいるよりも、ちょっとくらい大変でも外で暮らしてみようかって思うんだ。でも、オイラがいなくなっても、宿主さん、大丈夫かい?」
「ん〜〜、最初のうちは、体調崩すかもしれないけど、あとは、平気になるわよ。保証する。だって、世の中の大部分の人は、カエル君なしで生きているんだもの。」
「よかった。じゃ、お願いするよ、キンギョさん。どこか、住みやすそうなところへ連れて行ってくれないか。ああ、それから、宿主さんに、今までお世話になりましたって、オイラが言っていたって伝えておくれよ。」
 そうか、カエルはいなくなるんだ。ずっと会話を聞いていた僕は、ほっ、とした。もしかしたら、キンギョは、僕のお腹の中でカエルと戦うんじゃないかと心配していたんだ。あんまり暴れられたら、腹痛になっちゃうかもしれないもんね。どこかへ行ってしまうとわかったら、カエルが嫌いじゃなくなってきた。おとなしいし、僕のことを心配してくれるなんて、結構いいやつなんじゃないか。聞こえないだろうけど、僕は一所懸命「カエル君、さよなら、元気でね」と思った。
「あら、あんたの宿主さんが、あんたに挨拶してるわよ、元気でね、ってさ。」
「え、そうかい。うれしいな。安心して出て行けるな、これで。」
「それでは行きましょうか。お〜い、宿主君、これで終わりよ。帰るからね。キンギョツバキの鉢は、記念にあげる。部屋に置いといてね。ときどき遊びに来てあげるからさ。さようなら。」
 僕は、「さよなら、おやすみ」と思った。キンギョとカエル君の「さよなら、おやすみ」を感じた。
 部屋に誰の気配もなくなり、僕は眠りのなかの本当の眠りについた。

* * * * * * * * * *

 翌朝、目が覚めると、ちょっと、お腹の調子が良くなかった。夕べのことは覚えている。きっと、カエル君がいなくなったからだろうな。
 キンギョは、また来るって言ってたなぁ。モミジと話があるんだろうか。僕のお母さんは、お菓子なんて作らないんだけどな。あ〜あ、モミジのことも、カエル君のことも、僕の家の人には話せないなんて。つまんないなぁ。話したって、馬鹿なこと考えるのやめなさい、なんて言われておわり、だろうな。
 そうだ、家族の皆にも、小人さんのこと知ってもらおう。鈴木君のとこみたいに、モミジが平気で出て来れる、そんな家だと楽しいよな。キンギョが遊びに来ても皆が歓迎してくれる、そんな家だといいな。今度、モミジと会えたら、相談してみよう!
 そんなことを考えながら、僕は、朝御飯を食べるために、階段をおりていった。
(おわり)




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