サムライの記録4-シャフタマ収容所

 写真をクリックすると拡大できます。



チタ州第25捕虜収容所
通訳班の時ラーゲル(収容所)の拡張があり、現場実測をさせられ、一歩75cmとして私の歩幅で 測って資料提出をした。以前は四角に囲まれていた。

(解説)
アメリカの援助物資の車や機械が多かったようだが、日産のトラックが一台あったようだ。
(独立行政法人)平和祈念事業特別基金が毎年一冊「平和の礎」と題したシベリア強制抑留者の苦労 話が発行されて居る。平成4年3月30日に発行された、その2号に「生き埋めの刑」と題して、逃 亡者を見せしめの為に営門入り口(スケッチ左下の衛兵所)に生き埋めにしたと書かれていた。
生首を・・・と生々しく書いてあった。書いた方を探し、長い手紙を書き、この収容所に付いて些細 な情報でもご提供下さいと御願いした。電話があり「何にも覚えていない」だけだった。
そこで私はこれまで探し当てたシャフタマからの帰還者に問い合わせた。「逃亡者が出たのは事実だ、 連れ戻され此処の独房で厳しく監視されて居た、此処で起きた事は全て知っている立場にあったがそ の様な事実は無かった」と、4人の方から間違いであると証言頂いた。

政府の息の掛かった、我々の税金でこんな出鱈目を後世に語り継ぐ抑留記が発行されているのである。 今年3月末に17号が発行された、この団体は解散が決まったので最後の発行かも知れないが、非売品 で図書館では借りられる。
この鳥瞰図を見るとそれを思い出し悔しさが込上げてくる、シベリア抑留死亡者の遺児、遺族にとって 本当に酷な仕打ちであり情けないことである。