【I Like You】<2004.6.1>



 ――して、も……いい……?
 切り出したのは三橋で、
 ――ここまできてやらない方がおかしいだろ。
 そう誘ったのは自分だ。
「……っ……」
「うぁっ」
「だいじょ……ぶだか、ら、気にすんな……」
「う、うん……ッ」
 少し激しく身じろいだり、息を吐くたびにビクビクしてしまう三橋を慰めながら、ああもうこんな時までやっかいなんて、と、阿部は心の中で舌を打った。



 手を重ねるたびに、何かが伝わってきてドキドキした。
 それから唇が重なるまで、大して時間は掛からなかった。
 ぎゅっと目を閉じて、唇を結んで、全身を固めてキスをしてくる三橋とは、まるで物に口づけしているみたいだった。
 そんなに緊張すんなよ、もう。学校でのあの積極さは何だったんだ。
 内心呆れながら、けれど、確かに自分の心臓も跳ねていて。
 固さの中の触れている箇所のやわらかさは、確実に二人を興奮に誘った。
 息が続く限りの押し付け合いが続くと、徐々に緊張も解けてくる。
 いや、解けたのではなく高まったのかもしれない。だが、一定値以上の興奮は、理性の糸を切ってしまうにはとても簡単で、息継ぎの後はさっきより深く、やわらかく、お互いを求め合った。
「あ、阿部、君……っ」
 覆い被さっている三橋の足の間が膨らんできて、阿部の太腿に当たった。
 すんのかな。
 どうする。
 まあいいか。
 ぎこちなくて動きが必死な三橋のキスに合わせて唇を開けながら、阿部は少しだけ冷静に考える。
 人として道を踏み外しているのはわかる。だが結局のところ、三橋だったらいい、とか、こいつじゃなきゃ嫌かも、とか、思ってしまったら、心の準備はオッケーというやつではないだろうか――そりゃあ最初は野球のプレイスタイルだったけれども。
 阿部は三橋の首に手を回した。
 さあ、好きにしろ。
 そんな思いを込めて。
 瞬間硬直して、だけど、おどおどしながらも背中に返ってきた三橋の腕の力は意外に強くて、阿部の心すら持っていきそうだった。
 ――ヤバイ。熱くなってきた。
 顔も体もなにもかも。
 みっともないかも、と思いながら横目で三橋を見ると、可哀相なくらい顔中が真っ赤になっていて、阿部は思わず吹き出した。
「え、お、オレ、なんか……っ」
「してないしてない。思い出し笑いしただけ」
「そ、そう……っ」
 何が普通かはわからないけれど、多分、普通だったらそこで『集中されてなかったこと』にがっかりしたり怒ったりするのではなかろうか。やたらと安堵して続きを始めた三橋がおかしくて、だけど今度は表情だけで阿部は笑った。
 本当に簡単すぎる。オレのエースは。
 そんなことを考えていたら、本当に真剣に、三橋は可愛かったのだ。
 ズボンを脱いで、下着も取り去って。
 そこを触られた時はさすがに気持ち悪さとか嫌悪感はあったけれど、持ち前の忍耐強さで我慢する。
 ぬるぬるする三橋の先端が数度、表面を往復して、さあ来い、と阿部は心を決めた――が、いくら待っても噂に聞く衝撃とやらは来なかった。
「三橋……?」
 薄目を開けて相手を見ると、両目に涙が浮かんでいる。
「三橋、どうし、」
 た、まで言い切らないうちに事情がわかった。
 上半身を起こした阿部に見えたものは、萎んでしまった三橋自身。
「あー……」
「ごめ、ごめ……阿部君……っ」
 また込み上げてきたらしい水滴を三橋は阿部の体の上に二滴ほど落とす。
「緊張してたんだ、しょうがないって」
「でも、でも、せっかく、あべくんが、いいって、言ってくれた、のに」
「……ばっかだな。次があるだろ」
 泣きべそをかく三橋の頭を引き寄せて、胸に抱えて、阿部はぼそりと告げた。
「これからいくらでもできるんだから」     」
 阿部の言葉に、三橋の涙がピタリと止まる。
「ほ、ほん、と……!?」
「嘘言ってどうするんだよ」
「そそそ、そーなんだけ、ど……っ」
「だからシャキっとする!」
「する……っ」
「よし」
 顔を上げた三橋の唇に自分の唇を重ねてやる。
 今までで一番赤くなった三橋は、阿部が離れてしばらくしてから「ウヒ」と笑った。
「メシ、食ってくだろ?」
「え、っと……いいの……?」
「遠慮したところで、多分、母さんはお前の分も用意してるよ」
 そう言うと、イヒだかウエッへだか、また奇妙な笑い方をしたので、阿部はさっきからの笑いを堪えきれずに、ベッドに突っ伏した。
 腹を抱えて笑う。
 時には確かにウザイけど。
 だけどこんなに見てて飽きない奴も珍しい。
 笑って笑って、ようやくそれが治まった頃、階下から母親の声がした。
「隆也ー、三橋くん、ご飯よー」
 


 あったかいご飯を食べて、お風呂に入って、少し話をしながら眠れば、明日は日曜日。
 朝から練習三昧だ。




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