ブルームーン

 

 シ−ア−ス大陸の中原にトリ−ル王国という名の大国がある。

 大陸を支配し、妖魔、怪物達を統べ、人々を恐怖させた魔王ファストレスを討った『聖者』ディオス・

 ファルトの盟友であった騎士トゥベルグラ−ドが建国し、その後、歴代の名君によって、今日、中原

 に覇を唱えるに至っていた。

 その王都サルデスより遙か西に位置する辺境の街ディテリアの中を、街道衛士隊に属する街道巡視官

 カ−ディフは王国国教会の僧院に向かって歩みを進めていた。

「この辺のはずだが?ここか‥‥‥」

 呟いてカ−ディフは、探し当てた僧院を眺めた後、領主のブレ−ド男爵に聞いた通り、本当に質素な

 所だとカ−ディフは実感しつつ、僧院の庭園へと入っていった。  

 そこには、白く小さな建物と菜園、それに色とりどりの花が並ぶ花壇があり、花壇では一人の白い法

 衣を着た青年修道士が手入れをしているようだ。

 カ−ディフは、その修道士に近づいていった。

「すまないが‥‥‥かつて聖堂騎士であった特別審問官のミハイル侍祭はこちらにおられるのかな」

 正規の武官らしい丁寧な口調で修道士の背後から、カ−ディフは声をかけた。

「はぁ?ぼくですけど‥‥‥」

 ぼけっとした表情の秀麗な容貌の銀髪の修道士は振り向いて、どこか抜けたような声でカ−ディフの

 声に応じた。

「君が‥‥‥かね」

 精悍なカ−ディフの表情が落胆したものに変わっていく。

「はい、そうですが。どなたでしょうか?」

 ぼけっとした表情のまま、尋ねるミハイル。

「申し遅れたが、名はカ−ディフ。街道巡視官を務めるものだ。頼みがあって来たのだが、今、空いて

 いないか?」

「いいですけど、僧院長様に断ってきますので、少し待ってて下さい」

 ミハイルはそう言うと、僧院の中へと入っていった。

「元聖堂騎士で、今も審問官というから期待してたが、ただのトロそうな青年じゃないか。とても、今

 回の件で役に立つとは思えんな」

 それを見届けながら、カ−ディフは大きなため息をついた。

 

「怪物退治につきあってほしいのだが‥‥‥」

 黒ビ−ルを一口を飲むと、ためらいがちに、カ−ディフはミハイルに語りかけた。

「はぁ、怪物退治ですか?」

 街の酒場で緑茶をすすりながら、ミハイルは反問する。

「ああ、この街の北にある街道から少しはずれたところに、古い時代の砦があるのだが、そこに住みつ

 いたらしい怪物によって、街道で何度か被害が出ている。そこで退治しなくてはならないのだが、あ

 いにくと、部下は国境付近の巡視に行っており、私だけでは手に余りそうなのだ。そこで、この街の

領主殿に相談したところ、君を推挙したので、助力を願おうと思ったんだが‥‥‥」

カ−ディフは一気にそれだけの言葉を並べ立てると、再び、黒ビ−ルに口をつけた。

言葉が途切れたのは、領主から聞いた噂のイメ−ジとミハイルの実像が期待外れであったからであ

るが、かろうじて、カ−ディフはそれを口に出すのを留まった。

「別にお手伝いしても構いませんよ」

 先程、同様のぼけっとした声で、ミハイルは答えた。

「それは、ありがたい。ならば、明日の朝にでも‥‥‥」

 カ−ディフは協力を得られたことを一応、感謝しながら話を続けようとし‥‥‥。

「その仕事、あたし達も受けましょうか」

 突如、女性の声がかかった。

 ミハイルとカ−ディフは声のかかった方に視線を向けた。

 そこには、腰に新月刀をさげた、長い黒髪の女戦闘士と武具らしき物を何一つ持たずに、たくさんの

 装身具を身につけた、くすんだ金髪の女性であった。 

 共に若く、ミハイルとほぼ同じ年代だろう。

「その格好だと、傭兵か。いや、それでは軽装備すぎるな‥‥‥。怪物殺しか?」

 結論を下し、尋ねるカ−ディフ。

「ええ、そうよ。二人ともね」

 黒髪の女戦闘士はそう答えて、にこやかな微笑を浮かべた。

怪物殺し―――主として辺境の怪物達を退治することを生業とし、時には護衛や様々な探索する者達

の総称であり、その者達によってギルドも作られており、その技倆に応じて、ランクなども定められ

ている。

 怪物殺しの中には、英雄視される者すらいるという。

「それなら、構わないな。ちなみにランクは?」

 重ねて問う。

「あたしは中級、彼女は、まだ新米だから下級だけどね」

 再び、黒髪の女戦闘士が答えた。

「いいだろう。報酬は王国政府認定の金貨二枚」

「中級と下級の怪物殺しには充分な額ね。いいわ、受けたわ。で、何を退治するの?」

 明るい口調で女戦闘士は問う。

「怪物の正体は不明だ。だが、明朝にはこの街を出て、退治しにいく」

 カ−ディフは事実を淡々と述べた。

「じゃ、明日の集合場所はここなの?」

「いや、この街の領主殿の邸宅の門前に朝課にだ。ミハイル侍祭もそれでいいだろうか。無論、礼はす

 る」

「分かりました」

 ミハイルは、例のぼけっとした声で応じた。

「それでは、三人で飲んでってくれ。代金はこれで頼む」

 そう宣言すると、カ−ディフは黒ビ−ルを飲み乾し、金貨を一枚置くと、酒場を出ていった。

 二人の女性はそれを見送ると、ミハイルのいるテ−ブルの空いている椅子に座り、黒髪の女戦闘士が

 給仕に注文した後、二人の女性はミハイルへと体を向けた。

「よろしく、相棒さん。あたしの名はロザンナ」

 長い黒髪の女戦闘士は快活な口調で自分の名を告げた。

「私はニ−ナです。よろしく」くすんだ金髪の女性は控え目に名乗った。

「こちらこそ、ぼくはミハイルといいます」

「国教会の修道士?」

 尋ねるロザンナ。

「はい、まだ侍祭ですが‥‥‥」

「若いわね。貴方ぐらいの侍祭なんて見たことないわ」

 少し驚きつつ、ロザンナが語を続けた。

「おかげで、こきつかわれてますよ」

 ミハイルがぼやく。

「ミハイルという名、聞いたことがあるわ。あなたは『探偵神官』?」

 ニ−ナは不意にミハイルに尋ねた。

「恥ずかしながら、そういう呼ばれ方をすることもあります」

 照れた口調で答えるミハイル

「探偵神官?」

 珍妙な顔で呟くロザンナ。

「知らないかしら、ロザンナ。前法皇殺害の犯人を討った修道士の話を?」

「そういえば、聞いたことがあるわね。そういう名の修道士がいることを」

「他にも、様々な活躍を聞いているわ。小村を襲った野盜達五十人を全滅させた話や、聖堂騎士時代の

 話も‥‥‥」

 うっとりしたような表情でニ−ナがミハイルに語りかけた。

「でも、そんなに活躍しているのに、こんな辺境の街で修道士をしているの。王都の本神殿にいてもお 

 かしくないのに?」

 不審げな口調でロザンナは問う。

「法皇様殺害の犯人を神官なりたてのぼくが探し当てたばかりに、それを恨む審問官長や騎士警察の高

官達が人事に圧力をかけて、ぼくを辺境の僧院にばかり飛ばしているんですよ。もう、慣れましたけ 

どね」

 ミハイルはあっけらかんとした声で答えると大きな声で笑った。

「あなた、修道士にしては結構、楽天家ね」

 呆れた表情をするロザンナ。

 その時、給仕が料理と酒を運んできた。

 肉や魚を揚げたものや、様々なパン、王国北方特産のプレッツェルに奇麗な色の酒のはいったグラス

 が三つだ。

 給仕がそれを置くと、去っていく。

「さぁ、英気を養う乾杯をしましょうか」

 ロザンナはそう言うと、グラスを手にとった。

「何ていうお酒なんですか?」

 グラスを手に取りながら、ミハイルが尋ねた。

「ブル−ム−ンよ」

 ニ−ナが答えた。

「青き月? ロマンティックな名前のお酒ですね」 

「ええ、ドライ・ジンをベ−スにして、クレ−ム・ド・ヴァイオレットとレモンの絞り汁を入れてブレ

 ンドしたお酒よ」

「ふぅん、本当にきれいですね」

 呟いて、ミハイルはそれをしげしげと眺めた。

「あたしとニ−ナは仕事の前と終わった時にこれを飲むことにしてるのよ。さぁ、乾杯しましょう」

 三つのグラスが打ち合わされる。

「それにしても、国教会の修道士が怪物殺しの私達と仲良くしても大丈夫なのかしら?」

「国王と国教会本神殿の通達のことですか?」

「ええ‥‥‥」

 答えるニ−ナ。

 王国において怪物殺しは一つの生業であるが、国王及び国教会に否定されている。

 何故なら怪物殺しは国教会を信じぬ者や異教徒である亜人にしか存在しないのである。

 王国騎士団も国教会の聖堂騎士団も怪物を倒すことにおいて、怪物殺しには遠く及ばない。

 故に、国教会は怪物殺しと協力することはあっても、仲が良いという訳ではなかった。

「まぁ、大丈夫です。街道巡視官殿もいることですし、国教会にも理解のある方も最近は多いことです

 し、中には、怪物殺しの方と結婚された修道士もいることですしね」         

「よく見ると、ミハイルって結構、美形ね。そのぼけ〜っとした表情をやめなさいよ」

 ロザンナは酔いが回ったのか、脈絡のないことを話し始めた。

「ロザンナさん、飲み過ぎじゃあ‥‥‥」

「そうよ、ロザンナ」

「うるさい!」

 一喝である。

「はい」

 思わず、ミハイルとニ−ナの声がハモった。

 その時、ガラの悪そうな傭兵風の旅人達が酒場の中に入ってきた。

 戦斧と戦棍を持った二人の男達だ。

 彼らは席を決めようと見回し、ミハイル達の方を見ると、その近くへ座った。

「よおっ、一緒に飲もうぜ」

 戦棍を持った男が女二人に呼びかけた。

「そんな、坊さん、ほっとけよ。酒飲んで、後で一緒にベットへでも行こうぜ」

 戦斧を持った男は下卑た笑いを浮かべた。

 ミハイルは沈黙、ニ−ナは顔を赤らめた。

 だが、ロザンナは‥‥‥。

「黙りなさい、ブサイク!あたしは美形の方が好きなのよ!」

 罵声で応じた。

「何だと!」

 戦斧を持った男は叫んだ。

「もう一回言いましょうか。あんたみたいな筋肉ダルマより中肉中背でしなやかな肢体のミハイルの方

 とベッドを共にするわよ!」

 店内が爆笑の渦に包まれる。

「俺達が‥‥‥!」

 戦斧を持った男はいきり立ち、ゆらりと立ち上がった。

「筋肉ダルマだと!」

 戦棍を持った男もだ。

「喧嘩するつもり!やるなら外で、このシミタ−で相手してあげるわよ」

 喧嘩を売った方のセリフとは思えないなとミハイルは感じた。

「おう、叩きのめして、体にじっくりと教え込んでやる!」

「表に出ろ!」

 ふたりの戦闘士は外へ出ていく。

「ロザンナ」

「ロザンナさん」

「手伝わなくてもいいわよ、あんな奴ら、あたし一人でたたんでやるわ!」

 シミタ−を抜きつつ、ロザンナも外へと出ていく。

「そういう訳にはいかないわよ」

 苦笑し、ニ−ナはロザンナの後に続いた。

「つきあいますよ」

 これは下手したら後で懲罰ものだなと心の中でぼやきつつ、ミハイルも外へ出た。

 二組は対峙した。もちろん、観客―――つまり、やじ馬達は賭けを始めている。

「ミハイルさんは下がっていて」

 ニ−ナはミハイルの前に出た。

 相変わらず武器は持っていないようだとミハイルは見てとった。

 と思った刹那、ニ−ナの手には髪飾りのような短剣を手にしていた。

「いくぜ!」

 戦斧を持った男が動いた。

 それに従って、戦棍を持った男も戦棍を構えた。

 同時に、二人の女怪物殺し達も動いていた。 

 戦斧の持った男には、ロザンナが立ち向かい、戦棍を持った男にはニ−ナが相手することになった。 

 戦斧を振るう男の攻撃が繰り出された。

 ロザンナは、それを手にしたシミタ−で上手く受け流すと、軽い牽制の一撃を男に放つ。

 男はそれに対して思わず、大きく飛び退ってかわそうとしてしまった。

 男に隙ができた。

 戦闘にあって、ロザンナは手練れだった。 

 ロザンナは猛烈な速さで男に迫ると、下段からすくいあげるような強烈な斬撃を放つ。

 次の瞬間、鋭い金属音と共に、戦斧は宙を舞い、やじ馬達の近くに落ちた。

「くっ‥‥‥」

 男が絶句する。

 ロザンナのシミタ−が男の首もとへと突きつけられていた。

「勝負ありね」

 ロザンナは宣言して、ニ−ナの方を見た。

 ニ−ナも同様に、髪飾りのような短剣を戦棍を持つ男の首に突きつけていた。

 しかも、頸動脈ぎりぎりにだ。

「戦棍を落とした方がいいですわ。私の手が滑ったらコトですから」

 ニ−ナは、微笑を浮かべながら呟く。 

 男は、手にした戦棍を手から離した。

 やじ馬達の小数の者が狂喜し、大多数が肩を落とした。 

 すかさず、賭け金の配当が行なわれ、少数派が嬉々として銀貨を受け取っている。

「とんだ茶番ね」

 酔いが覚めたのか、ロザンナはその光景を眺めると、シミタ−を鞘に納めた。

 ニ−ナも同様に、髪飾りのような短剣をどこかにしまった。

「覚えてろ!」

 男二人は月並みなセリフを吐くと、その場から去っていく。

「さて、もう一度、飲みましょうか?」

 ロザインはそう言うと、酒場の中に入っていく。

 ミハイルとニ−ナも、げっそりとした顔でそれに続いた。

 

 

「昨日は、随分すごかったようだが、仕事に影響はないだろうな」

 詰問に近い口調でカ−ディフはロザンナとニ−ナに話しかけた。

「大丈夫です」

 二日酔いなのか、こめかみを右手で押えながら、ロザンナは答えた。

「ちっとも、説得力ないわね」

 横で呟くニ−ナ。

「そうですね」

 ミハイルはニ−ナの声に応じながら、痛む左頬をさすった。

 朝方、酒場でミハイルに抱きついて寝ていたロザンナに、起きた後に反射的に殴られたものだ。 

「まあ、よかろう。それでは出発するぞ」

 事務的な口調でそう言うと、カ−ディフは歩き始めた。 

 メリア鉄製の甲冑と偃月刀の鞘がぶつかり、その度にガチャガチャと音を立てた。

 その後に、昨日同様の格好で二人の女怪物殺しが続き、その後に法衣の下に革の胸当てをつけ、長剣

 を携えたミハイルが続いた。

 やがて、一課程歩いた後に、一行は目的地である古き時代の砦の前へと来ていた。

 石造りの建物であるが、あちこちに亀裂がはいっており、攻城兵器や強力な魔法を用いれば簡単に崩

 れそうな雰囲気である。

「本当に時代がかった砦ね」

 ロザンナは独語して、腰からシミタ−を引き抜いた。

 カ−ディフもミハイルも腰に下げた武器をロザンナ同様に引き抜く。

「素手なのか?」

 カ−ディフがニ−ナに問う。

 ニ−ナはそれに対して、微笑を浮かべながら、手にした髪飾りのような短剣をカ−ディフに見せた。

「砦の中に入れそうな所が四つ程あるけど、何処から入るの?」

 とロザンナ。

「分かれて入るぞ。正門からは俺が入って、侍祭殿は東にある壊れた亀裂の部分から、砦の西にある亀

 裂の部分からはニ−ナ、地下へと延びる階段からロザンナが、だ。危険だと思ったら、大声をあげて

 知らせること。いいな」

「分散するなんて危険じゃあないの?」

「そんなに離れてないから大丈夫だろう」

 答えて、カ−ディフは壊れ果てた正門へと近づいていく。

 その答えに三人とも微妙な表情を見せたが、やがて、残りの三人もそれぞれの場所に入っていった。

 

 

 正門から入ったカ−ディフの目の前には、長剣と盾を携えた骸骨騎士が待ち受けていた。

「呼ぶまでもないか‥‥‥」

 カ−ディフはファルシオンを頭上へとふりかぶる。

 次の瞬間、骸骨騎士がカ−ディフへと突っ込んできた。

 鋭い突きが繰り出された。

 カ−ディフは軽快な足捌きで、それをかわそうとしたが、長剣はカ−ディフの甲冑をかすり、甲高い

 金属音が響く。

 ほぼ同時に、カ−ディフの持つファルシオンが骸骨騎士に対して振り下ろされたが、骸骨

 騎士はこれを軽がると盾で受け止めた。

 骸骨騎士の長剣が、再び振るわれる。

 カ−ディフはそれをとっさに後ろに跳んで、その攻撃を避け、間合いをとった。

「強いな‥‥‥」

 カ−ディフはぽつりと呟くと、骸骨騎士に突っ込んでいった。

 

 

 ミハイルは砦の東にある亀裂から、砦へと足を踏み入れ、そこを見回した 

 どうやら、そこは兵達の寝室であったようだ。

 ベッドや櫃などの残骸が転がっている。

 ミハイルはそれらに見もくれず、部屋から廊下へと出た。

 あちこちに穴があいている廊下は北と南につながっている。 

 ミハイルは穴を避けながら、北へと向かった。

 

 

 ニ−ナが踏み入れた場所は、テ−ブルと椅子が並び、割れた陶器の食器があちこちに転がっていた。

「食堂だったらしいわね」

 呟いて、ニ−ナはその食堂の奥にある扉に近づいていった。

 扉を開けると、そこには南に向かう廊下が続いており、西へと折れる所には上へと向かう螺旋階段が

 あった。

 ニ−ナはそれを確認すると、慎重に廊下を進んで、螺旋階段を上っていった。

 

 

 地下への階段を降りていったロザンナは、小さな地下室で怪物と相対していた。

 無気味な黄色の光に包まれたワイトである。

「まいったわね。こいつには銀の武器や魔法、修道士達の祈りしか効かないのよね」

 独語して、ロザンナは腰帯にあるパウチへと手を伸ばした。

 次の瞬間、ワイトが鋭く、伸びた爪を振るった。 

 だが、ロザンナはそれを最少の動きでかわすと、パウチから取り出した呪符を素早い動作でワイトへ

 と貼りつける。 

 その刹那、呪符は炎に転じ、凄まじい勢いで、ワイトを包み隠し、焼こうとした。

 ワイトは狂ったようにフラフラと歩いた後に、床へと倒れ落ち、ワイトの体から水晶球のようなモノ

 が床へと転がった。

「知り合いから譲ってもらっておいた道具が役だったようね」

 ロザンナはそう呟くと、屍体の側にある水晶球らしきモノを拾いあげようとした。

 だが、それはロザンナの手が触れた途端、黄色い光雲となって消えてしまった。

「消えた‥‥‥?ま、いいか」

 ロザンナは不思議そうな顔をしながら、地下室の奥にある扉を開き、そこにあった階段を上っていっ

 た。

 

 

 鋭い金属音が響く。

 カ−ディフはかろうじて、骸骨騎士の斬撃を受け流す。

 しかし、カ−ディフはバランスを崩し、転倒してしまった。

 骸骨騎士が止めとばかりに長剣を振りかぶる。 

 カ−ディフは覚悟を決めた。

 凄まじい勢いで長剣が振り下ろされる。

 しかし、その斬撃は見えない障壁に弾かれ、カ−ディフにはあたらなかった。

「しばらく、休んでいてください。動かないかぎりプロテクション・サークルは、まだ、もちますから」

 部屋の奥にある扉からぼけっとした声が響いた。 

 ミハイルであった。

 骸骨騎士がミハイルの方へと向き直って、長剣と盾を構えた。 

 ミハイルはそれに対して、相変わらず、ぼけっとした表情のままで、長剣を青眼に構える。

 骸骨騎士が動いた。

 同時に、ミハイルも骸骨騎士に突っ込んでいく。

 その時、カ−ディフの目には、ミハイルの黒瞳が青く爛欄と輝いたように見えた。

 初手は骸骨騎士だった。

 上から振り下ろす一刀だ。

 だが、その刹那、鋭い金属音が響き、何かを断つ音が鳴った。

 首が飛び、骸骨騎士が床に倒れる。

 カ−ディフが目を見張った。

 骸骨騎士の持つ長剣が、刀身の半ばで断たれていたのだ。

 凄まじいまでの剣の冴えがなくては、このような神技はできまい。

 カ−ディフはミハイルの実力の一端を垣間見た気がした。

「大丈夫ですか?」

 長剣を鞘に納めながら、ぼけっとした声で尋ねるミハイル。

「あ、ああ、別に怪我はない」

 応えて、カ−ディフは立ち上がった。

「ところで、ロザンナやニ−ナには会わなかったのか?」

「ええ、廊下を歩いていて、剣撃の音が響いてきたてからこっちの方角に来たので、ロザンナさんやニ

 −ナさんには会っていません」

「こういう奴らがうじゃ、うじゃいるとは思わなかった。バラバラでは危険だな。集まって動きたいと

 ころだが‥‥‥」

 その時、ニ−ナの叫びが響いた。

 反射的に、ミハイルは声のした方向へと走っていく。 

 少しだけ遅れて、カ−ディフもそれに続いた。

 ニ−ナは、半人半牛の怪物、ミノタウロスの力強い右手に両手首を掴まれ、床に組み敷かれていた。 

「異界の魔獣、契約に従いて、かりそめの姿を‥‥‥、いやあぁぁぁ!」

 ニ−ナの呪文が中断される。

 荒い息をつきながら、ミノタウロスがニ−ナの服を引きちぎると、その裸体に触れた。 

 ミノタウロスには雄しか存在せず、子孫を作るには人間の女性が必要なのだ

 螺旋階段を上ってきたニ−ナは、ミノタウロスの欲望にとって格好の獲物であった。

 ニ−ナは肩口でそろえた金髪を揺らしながら抵抗したが、華奢な人間の女性の力ではミノタウロスの

 手は振りほどけるはずもなかった。

「ひっ、い、いやぁぁぁぁ!」

 再び、ニ−ナの悲鳴が響き渡った。

 ニ−ナの体の中心から、赤い液体が床へと滴り落ちる。

呆然とした目でミノタウロスの体から黄色い光雲がほとばしり、自分に入っていくのを見ながら、気

を失った。

「ニ−ナ!」

 螺旋階段を駆け上がってきた、ロザンナが名を呼んだ。

 それと同時に、ロザンナの目にミノタウロスに凌辱されるニ−ナの姿が写った。

「よくも、ニ−ナを!」

 気合いを込めてシミタ−で斬りかかるロザンナ。 

 ミノタウロスもそれに気づいて、ニ−ナから離れると、近くにある巨大な戦斧を手に取ると構えた。 

 戦斧とシミタ−が何度も打ち合わされた。

 少し、遅れてミハイルとカ−ディフがその場に到着する。

 さしもの、ミノタウロスも三対一では勝負にならず、切り刻まれて絶命した。

「大丈夫なのか?」

 カ−ディフは甲冑の上に纏った

 マントを気を失っているニ−ナに羽織りながら、ミハイルに聞いた。

「多分、大丈夫でしょう。今日の怪物の退治はもう無理でしょうけど‥‥‥」

 ニ−ナの様子を見たミハイルはためらいがちに答える。

「ニ−ナ」

 痛々しげに呟くロザンナ。

「すまんな、俺が状況を甘く見ていた」

「いえ、止めなかったこちらにも非があるわ。ニーナの腕を考慮すべきだったのに……」

「とりあえず街に戻ろう。怪物はもういないだろう」

 決定を下したカ−ディフは、ニ−ナを抱き抱えると、近くの亀裂へと向かった。

 ミハイルとロザンナもそれに続いて、砦の外へと向かっていった。

 

 

 ニ−ナはカ−ディフの口添えで、街の領主ブレ−ド男爵の館に逗留させることになった。

 翌日に、カ−ディフとミハイルとロザンナの三人でもう一度、砦に行き、残った怪物を全滅させるこ

 とにあたっていた。

「ここか‥‥‥」

 先日、ニ−ナとロザンナに叩きのめされた傭兵達はニ−ナの眠る部屋の前に来ていた。 

 護衛として、領主に雇われた後に、叩きのめされた為に、二人はニ−ナとロザンナに恨みを持ち、

 復讐を敢行しようとしていた。

 二人は密かに部屋に入ると、ニ−ナの眠るベッドに近づいていった。

 その瞬間、ニ−ナは目を覚ました。

「何か、御用?」

 淡々と問うニ−ナ。

「へっ、決まってるだろう。一昨日のお返しよ」

 戦斧を持つ男が答える。

「ふふふ、今度は相手してもいいわよ」

「本当か?」

「でも、ここでは駄目よ。怪我人が街の領主の館でヤっちゃあまずいでしょ」

 妖しい笑みを浮かべながら、ニ−ナはベッドから起き上がった。

 薄い夜着が体のラインをくっきりと浮き上がらせている。

 その曲線に傭兵達はゴクリと唾をのみこんだ。

「街外れの森を知ってる?」

「あ、ああ‥‥‥」

 呆然として答える傭兵達。

「終時課の鐘の後、そこでなら‥‥‥いいわよ」

 艶めかしい誘いだった。

「分かった」

 そう答えて、傭兵達は部屋を出ていった。 

 小悪魔のような笑みが、ニ−ナの口元に浮かんでいた。

 

「結局、大していなかったですね」

 ぼけっとした声でミハイルがいう。

「そうだな。ゾンビが一体だけだったしな。仕事終了ということで報酬も払おう」

 応えるカ−ディフ。

「ニ−ナ。落ち着いたかしら‥‥‥」

 カ−ディフの言葉を無視して、呟くロザンナ。

「そうだな。早く行って、様子をみてやるといい」

「そうですね」

「じゃ、悪いけど、先に行かしてもらうわ」

 言うとロザンナは領主の館へと走っていった。

「それでは、カ−ディフさん。ぼくも一旦、僧院の方へ報告に戻りますので」

「そうか、では、また後でな」

「それでは」

 ミハイルはそう言うと、僧院の方向へと歩いていった。

 それを見送ると、カ−ディフは疲れをとるために酒場へと歩いていった。

「ニ−ナ」

 名を呼びながら、ロザンナはニ−ナのいる部屋に入っていった。

 ベッドの上で上体を起こしたニ−ナは、微笑を浮かべながらそれに応じた。

「体はどう?」

「ショックだったけど、もう、大丈夫よ」

 気丈な声で応えるニ−ナ。

「仕事は終わったわ。いつも通り仕事の成功を祝って今夜飲まない?」

 ニ−ナを慰めようとロザンナは明るい声でいった。

「ごめん、ちょっと、今日は、もう少し寝ていたいの」

「そう、じゃあ、明日の夜にでもパアッとやりましょう」

「ええ」

「じゃ、後でね」

 そう言うと、ロザンナは部屋を出て、宿へと戻っていった。

「パアッとねか。いいセリフね」

 ロザンナが見えなくなった後、ニ−ナは呟き、低い笑い声をたてた。

 

 

カ−ディフは黒ビ−ルに口をつけながら、隣の席で談笑している二人組の傭兵の話しを聞いていた。 

「久しぶりにいい女をだけそうだな」

「ああ、黒髪のほうも良さそうだったが、金髪も悪くないな」

「くく、終時課の鐘が楽しみだな」

「同感だ。おとなしそうな女を泣かせられるんだからな。先日の分もしっかり味あわせてもらうさ」

 確か、男爵の館の護衛に雇われた傭兵達だったなと、カ−ディフは思い起こしていた。

 そして、傭兵達が言っている金髪の娘がニ−ナのことかと考え、もし、襲う計画でも立てているなら

 ほおっておく訳にもいかないなと一人で思いこみながら、カ−ディフは黒ビ−ルを飲み乾した。

 やがて、傭兵達が酒場を出てくと、それに続いてカ−ディフも出ようとして酒場の扉に近づいた。

「あら、カ−ディフさん。一緒に飲まない?」

 そこにはロザンナがいた。

「おう、ロザンナか。ニ−ナはどうだった?」

 カ−ディフは、即座に頭の中で考えていた内容について問う。

「今日は寝てるって」

ロザンナはそっけなく答えた。

「そうか‥‥‥。あ、悪いな、酒は明日にでも付き合わしてもらうよ。ついでに、これも払っておく」

 カ−ディフはロザンナに金貨を二枚手渡すと、急いで傭兵達を追いかけていった。

「何、急いでるのかしら」

 怪訝そうな顔で、それを見届けると、ロザンナは中へと入っていった。

 

 

 終時課の鐘の音が街に鳴り響いた。

 二人の傭兵が街外れの森の中へと入っていく。

 カ−ディフは甲冑を脱ぎ、音を立てないようにファルシオンだけを腰に下げて、それに続いていった。

「何処だ、姉ちゃん?」

 傭兵達が呼ばわる。

「ここよ」

 近くの木の陰から答えがあった。

 傭兵達は声のした方を振り向き、感嘆のため息をもらした。

 そこには、全裸のニ−ナが立っていた。

 月光がニ−ナを照らし、その肢体を幻想的なものにとしていた

「いいのよ、来て」

 ハスキ−な声がニ−ナの口から発せられた。

「止めろ!凌辱されて気をおかしくしたのか」

 カ−ディフはニ−ナと傭兵達の前に、姿を現わすと、ニ−ナに向かって叫んだ。

「あら、カ−ディフさん」

 艶っぽい声で名を呼ぶニ−ナ。

「カ−ディフ?前に男爵の館に来たな」

「酒場にいたな。俺達の後をつけてきたのか?」

「そうだ」

 力強く、カ−ディフは答えた。

「邪魔しに来たのか?いや、それなら、すぐに止めていたな」

「あんたもやりたいのかい」

 そう言って、戦斧を持った傭兵は下卑た笑いを浮かべた。

「そんなつもりはさらさらない。だが、無理矢理になら止めるつもりだっただけだ。お前が誘ったのか、

 ニ−ナ?」

「そう、私の意志よ」

「そうか、なら、邪魔はしない」

 カ−ディフはそれだけをハッキリと述べると、その場を去ろうとする。

「行かなくてもいいわ。あなたも、その内に誘うつもりだったのから」

「何だと?」

 立ち止まり、問うカ−ディフ。

「別にいいじゃねえかよ。抱かしてくれるというのを拒むこともなだろ」

「黙れ!下郎」

 侮蔑の言葉を吐き、カ−ディフは再び歩き始めた。

「さすが、騎士さんは違うね」

 おどける、傭兵達。

「みんな、来て‥‥‥」

 突如、ニ−ナが甘い呟きを囁いた。

 その声に聞き惚れたごとく、傭兵達はニ−ナに近づいた。

「何ぃ!」

 不思議なことに、カ−ディフもその囁きを聞いた瞬間、ニ−ナの方へ歩みを始めた。

「去られちゃ困るの」

 媚びるような声だ。

「そうか、憑かれたな」

 カ−ディフの意志に反して、カ−ディフの足は一歩づつニ−ナに近づいていく。

「さぁ、食べなさい。下僕達」

 呟いたニ−ナの周りには、いつの間にか巨大な猫に似た獣達が十匹近くいた。

「くそっ!」

 腰のファルシオンに手を伸ばそうとしたが、カ−ディフの手は金縛りにあったように動かなかった。 

 傭兵達は、すでに意識はないようである。

 次の瞬間、巨大な猫のような獣達は、三人に牙を立て、その肉を喰らった。

 絶叫が森へと木霊する。

「あと、二人」

 妖しい笑みがニ−ナの唇に浮かんだ。            

 

 

 翌日、森の中に三体の死体が見つかり、それに対する調査をするようにとミハイルはブレ−ド男爵と

 僧院長に命じられていた。

「カ−ディフさんが殺されるなんて」

 ミハイルにしては深刻な顔で、森を調べていた。

 しかし、特に犯人を特定するようなものが残されていなかった。

「殺されたのはカ−ディフさんと男爵様に雇われた二人の傭兵。共通点は男爵家の館にいたことぐらい

 か‥‥‥ん」

 呟きつつ、森の中を歩いていたミハイルは木の根元にある髪の毛を拾い上げた。

「金髪?この長さだと‥‥‥。まさか、そんなことはありませんよね。でも、確かめたほうがいいでし

 ょうね」

 ミハイルはぼけっとした声で呟いて、髪の毛を法衣のポケットにしまうと、僧院へと向かった。

 

 

 その日の夜、ミハイルとロザンナとニ−ナは酒場で飲んでいた。

 カ−ディフに哀悼の意を示しつつ、皆で杯を重ねていた。

「一体、誰があんなことを?」

 ニ−ナが呟く。

「確かにそうね。全く、知り合いが死ぬのは気分のいいもんじゃないわ」

「早く、犯人をみつけたいものです」

 そこに、黒ビ−ルのジョッキとブル−ム−ンの入ったグラスが二つ運ばれてきた。

「黒ビ−ルなんて、ミハイルが飲むの?」

「ええ、カ−ディフさんの冥福を祈って」

「そう」

 答えて、ロザンナはグラスに口をつけた。 ニ−ナも同様に口をつける。

 やがて、ロザンナはテ−ブルの上に突っ伏し、規則正しい寝息を立てていた。

 給仕に大金を払って、ロザンナのグラスに睡眠薬を入れるようにミハイルが頼んだ為だが本人は知る

 はずもなかった。

「ブル−ム−ン、ぼくも頼もうかな」

 空になったジョッキを弄りながら、ミハイルは呟いた。

「気に入ったの?」

 ニ−ナが問う。

「ええ、ベ−スのドライ・ジンといい、クレ−ム・ド・カシスといい、いい味ですから」

「そうね」

 ニーナは応えて、ブル−ム−ンを飲み乾した。

「ニ−ナさん、酔い覚ましに街外れの森にでも行きませんか?」

 低いト−ンの声でミハイルが提案する。

「いいわよ」

 ニ−ナは微笑を浮かべながら、それに応えた。

 二人は連れだって、森の中に入っていき、街人によって作られたベンチに座った。

「ねぇ、キスして。誘ったんだから?」

 甘えた声で呟きながら、ニ−ナは髪飾りへと手を伸ばした。 

「ニ−ナさん。いや、憑きしモノよ、何故、殺したんです?」

「えっ?」

 思わず、髪飾りの短剣を地面へと落とすニ−ナ。

「とぼけても無駄です。髪の毛だけでは確信を持てませんでしたが、ブル−ム−ンの作り方は前にニ−

 ナさんに聞いたのだから、ニ−ナさんが間違えるわけありません。細かいところまでの記憶は完璧じ

 ゃなかったようですね」

 そう言うと、ミハイルは立ち上がった。

「サスガダナ。オ前ガ一番抜ケ目ガナイヨウダ」

 突如、ニ−ナの口から低い男の声が流れ出た。

「邪鬼ですね?」 

 邪鬼とは悪事を好み、人に憑き、憑いた者の能力を使う妖魔だ。

「ソウダ。コノ女ノイゴコチハイイ、手放シタクナイノデ、邪魔モノニハ消エテモラッタ」

「だからですか」

「気ニスルナ、オ前モダ。サア、ソノ腰ニアル長剣デ自分ノ喉ヲツケ。蛇鬼ノ言魂ニハ逆ラエマイ」

 邪鬼の言魂−それは、強力な暗示だ。

 ミハイルの手が腰の長剣の柄へと伸びた。

 だが、余裕の感情でそれを見ていた邪鬼の背に冷気がはしった。

 思わず、邪鬼は椅子から跳びはね、ミハイルから距離をとる。

「言魂ガ効カヌトハ。キサマ、人デハナイナ?」          .

「悔いるがいい、私を敵にしたことを」

 低く氷のように冷たい声が響き渡った。

 腰の長剣を引き抜いたミハイルの目は青く爛欄と輝き、いつものぼけっとした表情はなく、精悍さす

 ら感じられる。

「クッ、異界ノ獣達ヨ。契約ニ基ヅキ、カリソメノ姿ヲステ、敵ヲ討テ!」

 呪文を唱える邪鬼。

 唱え終わるや、ニ−ナの装身具は、巨大な猫のような獣達へと転じた。 

 呼び出しておいた下僕を解き放つ、召喚士独特の呪文だ。

「カカレ!」

 邪鬼が叫んだ。

 獣達は、一直線にミハイルへと殺到する。

 その刹那、ミハイルの手が稲妻ごとく閃き、剣光が疾った。

 肉を断つ音が響き渡る。

 次の瞬間、獣達はバラバラに切り刻まれて地面へと落ちた。

「一瞬デ、バカナ!」

 うろたえる、邪鬼。

「ニ−ナから離れろ。それとも、黄泉に送られたいか?」

 ミハイルであってミハイルでない修道士は、抜き身の長剣を手に、徐々に邪鬼に近づいていく

「ヤ、ヤッテミロ、コノ女ヲ殺スツモリナラナ?」

 邪鬼は、逆上して叫びをあげると、地面に落ちていた髪飾りのような短剣を拾い、構えた。

 それを冷めたような目で見つめながら、ミハイルは呪文を詠唱した。

 終わると同時に、ミハイルの剣を持つ手と反対の手に白い炎としか形容できぬモノが宿る。

「ナ、何ダ」 

「妖しを焼く白龍炎の魔法。じっくり味わうがいい」

 呟いた瞬間、白い炎がミハイルの手から消えた。

「‥‥‥?」

 その刹那、邪鬼の足元から白い炎が吹き上がり、ニ−ナの体を包んだ。

「グッ、グオォォォォ!」

 断末魔の呻きだった。

 ミハイルは冷徹な目でそれを見ていた。

 微かな笑いすら口元に浮かんでいる。

 やがて、呻き声が途絶え、炎が消えると、火傷の跡など一つもないニ−ナが地面に横たわっていた。 

 もはや、ミハイルの目もいつものような黒瞳に戻っていた。

「終わりましたね」

 いつものようなぼけっとした声で呟いたミハイルは、ニ−ナの体を抱き上げると森を去った。

 

 

「それでは」

 ミハイルは街の北にある街道で二人の怪物殺しに別れを告げていた。

「じゃ、機会があれば、また会えるでしょう」

 ロザンナが応じた。

「ミハイル、ありがとう」

 手を振るニ−ナ。

 ニ−ナは邪鬼に憑かれていた時の記憶を有しており、街の領主に真実を話そうとしたが、ミハイルは

 これを止めさせ、犯人を例の砦から、ミノタウロスの首を取ってきて、領主に差し出し、犯人にした

 てあげ、ミハイルとニ−ナの間だけの秘密としたのであった。 

 ミハイルは街道を去っていく二人を見えなくなるまで見送った。

「さて、今日はカ−ディフさんのお墓を掃除してから、中断していた花壇の世話でもしますか」

 独語して、ミハイルは街へと戻っていった。

 

 

 時に、トリ−ル王国暦四九◯年、ミハイルが司祭としてベクトリア僧院に赴く前の話であった。

              

END

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