女神覚醒

〜第2章〜

 

 エーナメーナ、マイナモー…………酷く重々しい響きだった、まるで、何かに呪縛されるような。

誰かの意識がその光景を眺めていた。

 自分かもしれないが……はっきりとはしない。

 一つの巨大な天秤。

 天秤の下には亡者としか形容しえない存在が呻きとも、渇望ともいうべき叫びをあげていた。

 そして、その声の応えるかのように天秤が大きく揺れる。

 やがて、均衡がくずれ、一方が傾き、何かが投げ出された。

 放物線を描き落ちていく、一瞬、それがほんの一瞬だけ拡大される。

 少年の顔だった。

 落ちた少年に亡者たちは群がっていった。

 

 

 ピピピピピピピピピッ……

 アラームの音に美月 葵はゆっくりと目を覚ました。

「う……ううん」

 エアコンが止まっていたためか、奇妙な夢の残滓のためか、肢体が汗でびしょ濡れだった。

「……ふああ」

 ベッドから起きあがった葵はシャワーを浴びるべく、浴室と向かうことにした。

 

 

 整った髭を持つイラン系の外国人が高校生らしき二人連れに変造テレカを売りつけていた。

 黒服のスカウトが街行く女性に肩に手をかけ、声をかける。

 バンダナにパッチワークジーンズといった70年代を思わせるヒッピースタイルの少女達が街角で

 談笑している。

 ここは渋谷―――無秩序な活力に満ちた退廃の場所。

 あの出来事の次の日、無目的のまま出だした葵は駅前の喫茶店にいた。

 無為な時間が過ぎるが、目の前にあるノートパソコンにも飲み物にも手をつけていない。

 それほどに葵は意識を思考に向けていた。

 

 

 パレスを離れた後、河瀬は麻薬の影響下にあるラプリアの療養の為に国立系医療施設に向かった。

施設にラプリアを託した後、ようやく葵と河瀬は話し合う機会を持てた、場所は機密性を重視し

て、移動に使った車内にした。

病院で買い求めた缶コーヒーで口内を潤し、車付設のドリンクホルダーに戻してから、河瀬はよう

やく口を開く。

「さて、何から話せばいいか、悩むんだが…」

そう前置きして今度は今日、何十本目だか分からないタバコに火をつける。

「あそこで君が指摘したとおり河瀬という名前は偽名だし、肩書きも真実のすべてじゃない。私は内閣

調査室の人間で特に悪魔担当の事柄を担当することからデビルバスターと呼ばれてる」

「デビルバスター? 悪魔でも倒す役目なのですか、それは…」

「まあ、場合によってはね。でも、どちらかというと私は調査担当だよ、より高位で強力な悪魔を倒す

ための専任チームもあるらしいが、顔を合わしたこともない」

タバコを揉み消し、河瀬は苦笑を浮かべる、葵も喉の渇きを覚え、ドリンクホルダーにあるオレンジジュースを

口にした。

「さて話を戻そう。私は悪魔からの浸透を調べるために、悪魔使い―――悪魔召喚プログラムを用いて、

悪魔を支配し使役する人間を調べていた。悪魔の侵攻が本格的になった時に鍵を握る存在だろうから

ね…………そして、私は特に小澤という青年に特に注目していた、彼自身が悪魔使いであり、自衛隊とも

独自のパイプを持つらしい」

「そんなことはアタシにはどうでもいいことです………それで、貴方はラプリアが拉致されているのを知

った………いえ、知っていたの?」

 問い詰める葵の声に思わず、感情がこもった、

「………それは穿ちすぎだな、」

河瀬――本名は未だに不明の男――は小さく手を振って、否定のジェスチャーをする

「結果として君を利用する形となったが、君が悪魔使いだということ、比較的高位の悪魔と遭遇したの

も予測の範囲外だった」

「………まあ、いいです、利用したのはお互い様でしたし…………それより、貴方はアタシをこれから

どうするつもりですか?」

葵は長い髪を揺らして、振り向き、河瀬の横顔をじっと眺めつつ、尋ねかけた。

「別段、どうする気もないよ」

それに大して河瀬は煙草を手に紫煙をくねらせた後、あっさりとした返答をする。

「私は悪魔について調査するのが任務だ………警察の真似事をする気はないから、君を拘束したりする

つもりは現在はない、上層部の指示があれば、別だがね、だが………」

煙草を揉み消し、微かな苦笑を浮かべ、言葉を続けた。

「君のような存在は悪魔に関わらずにいられないと思う………だから、もし、興味があるなら、一つ調べ事をして

みないかな?」

「…………貴方はずるい人ですね、ひょっとして、いつも、そうやって人をそそのかして、動かすのですか?、

それとも、これも捜査技術の一つですか?」

 葵の口調に思わず険がこもる、どうみても、詭弁にしか聞こえなかった。

「滅相も無いが、信じてくれないのは仕方ないことかもな…………」

軽く肩をすくめるような動作をした後、河瀬はサイドブレーキを引き、ブレーキを踏みながら、軽くアクセル

を踏み込み、エンジン音を轟かせた。

「そろそろ、送ろう…………子供はもう寝る時間だ………依頼、いや、私の頼みは後でメールを送ることにでも

するよ………昂ぶった感情では凄腕のハッカーも只の可愛い高校生のようだしな」

「………!!」

 河瀬の言葉に葵の抗議の表情を向けたが、無視するように、車はその場を離れていった。

 

 

 そして、喫茶店で河瀬からのメールを目にした葵はその内容について考え込んでいた。

 エミネンス社、それが河瀬よりもたらされた調査の対象だった。

 公開されている範囲の情報で分かったことは、イギリスに本社が置かれた外資系ハイテク企業であるということ

ぐらいだった、本格的に調べるには多少の準備がいるだろう。

<続き、ただ今、執筆中>

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