浅草、徘徊。

2004年5月




雷門
雷門


 浅草は、私がとても好きな場所のひとつ。親に連れられて出掛けた子供の頃から今に至るまで、何かにつけて通い続けています。浅草寺を中心に置いて、北を言問通り、西を国際通り、南を雷門通り、そして東を隅田川に囲まれた、面積約38万平方メートル、東京ドーム8個分の四角いスペースの中には魅力がいっぱい詰まっていて、ここをあてなく歩き廻るたびに、いつも何か新しい発見があります。

 では早速、浅草を徘徊することにしましょう。





仲見世  浅草のシンボル雷門をくぐると、浅草寺境内へと続く参道が仲見世通り。この写真は平日の午前中の様子ですが、にも拘わらずこの賑わい様です。
仲見世通り


 浅草では、沢山の外国人観光客の姿を見かけます。その昔、私が子供だった頃には無かった事です。ここはかつらを売る店。店頭には外人客を当て込んでか、それともプロ用なのか、チョンマゲのかつらも並んでいます。なかには意味不明の人面マスクも・・・・。 仲見世商店街にて
仲見世商店街にて


仲見世商店街にて  この人達は結構有名。色々なところで取り上げられているみたいです。なぜ神風特攻隊の金髪美人が振り袖姿で立っているのか理解に苦しみますが、ともかくこの人達は、いつもここにこうして立っています。
仲見世商店街にて


 仲見世通りと交差するアーケードは新仲見世商店街仲見世が、比較的観光客向きの店舗が多いのに対して、新仲見世は、地元や近隣からの買い物客向きの店舗が並ぶ、大きなショッピングストリートです。 新仲見世
新仲見世通り


新仲見世商店街にて  又またありました、かつら屋さん。仲見世にあった店と同系列のかつら屋さんです。店先には男性用の付け髭があったりして、ウインドウショッピングを飽きさせません。
新仲見世商店街にて


 仲見世通りはこの宝蔵門まで続き、これより先が浅草寺の境内です。遠く推古天皇時代の628年が起源と言われる浅草寺には、奇跡的に震災や空襲を免れた貴重な文化財が、数多く残っています。 宝蔵門
宝蔵門


花やしき通り  浅草寺の境内を通り抜け、寺の裏手にやって来ました。ここから遊園地花やしきへと続く道が花やしき通り浅草寺をあとにして、さあ、浅草の街へ。
花やしき通り


 背広、礼服の大安売り。浅草には、この洋品店の様な古き良き時代の下町の商店が、変わらずそのまま残っています。 花やしき通りにて
花やしき通りにて


花やしき通りにて  陶芸の店の店先で。

 松田優作や美空ひばりの、モノクロームのポートレートが目に入り、つい立ち止まってしまいました。
花やしき通りにて


 1853年開園の花やしきは、元は菊細工などを見せる花園でした。この遊園地のジェットコースターは、昭和28年から動いている我が国最古のものです。 花やしきと大衆食堂
花やしき正門と大衆食堂


初音小路飲食店街  藤棚の下を通る入り組んだ狭い路地には、なにか郷愁を覚える飲み屋街があります。
初音小路飲食店街


 ひさご通りは、浅草のいちばん端にある商店街。この通りは昔、吉原遊郭へと続いていた事から、沿道の商いも吉原と共に栄えました。 ひさご通り
ひさご通り


六区ブロードウェイ  浅草はその昔、浅草寺を中心とした大きな公園で、一区から六区までに分かれていました。 そしてここ六区には、明治時代の中頃から興行小屋が立ち並ぶ様になり、東京の大衆娯楽の中心地となって行きます。
六区ブロードウェイ


 その後映画館なども出来て、昭和40年頃まで賑わうのですが、テレビの普及などで映画や大衆演劇の人気は衰え、次第に浅草の賑わいは、六区から仲見世の方に移って行きました。写真の大勝館の前身は、洋画専門に上映する、人気の映画館でした。 大衆演劇の劇場 浅草大勝館
大衆演劇の劇場 浅草大勝館


六区の映画館  六区にある昔ながらの映画館。ここではいつも、大昔のやくざ映画やコメディー映画などを上映しています。キャッチコピーは、「彼氏と彼女の憧れの大スターに銀幕で再開しよう ! !」
六区の映画館


 六区には以前、フランス座というストリップ劇場があって、ショーの合間にはコント、寸劇などのアトラクションをやっていました。そしてこのフランス座の専属役者には、渥美清、萩本欽一やビートたけし、そのほか沢山の有名コメディアンがいて、下積み生活を送っていました。そのフランス座も今はなくなり、現在六区のストリップ劇場は、このロック座のみです。 ロック座
ロック座


浅草演芸ホール  寄席の浅草演芸ホールの歴史は比較的浅く、昭和39年から。それ以前は東洋劇場という芝居小屋でした。そして現在お隣にある同系列の演芸場の東洋館は、前述したストリップ劇場のフランス座があったところです。
浅草演芸ホール


 六区のメインストリート、六区ブロードウエイから路地を少し入ったところにある、うますぎて申し訳がないレストラン、ヨシカミ 「うますぎて申し訳ないス!」 のヨシカミ
「うますぎて申し訳ないス!」 のヨシカミ


すしや通り  六区ブロードウエイはそのまま、すしや通りへとつながって行きます。明治の頃から戦前まで、たくさんの寿司屋さんが軒を連ねていたのでこの名前が付きましたが、現在では物販店が多く、名前のみが残っています。
すしや通り


 六区ブロードウエイと仲見世通りを繋いでいるのが伝法院通り。木造の簡易店舗が連なるこの通りでは、洋品、和服や、扇子、時計、眼鏡、骨董品など、色々な店が色々な物を売っています。 伝法院通り
伝法院通り


伝法院通り  むかし、私がまだ子供だった頃、この浅草へ親に連れられて来た時に見た覚えがある店も、今でもまだたくさん営業しています。
伝法院通り


 又また出ました、かつら屋さん。ちょんまげ各種取り揃えてお待ちしております。 伝法院通りにて
伝法院通りにて


大黒家  伝法院通りと言えば天麩羅の大黒家。ここは特に天丼がお奨め。天丼と言うと、からっと揚がったものを想像しますが、ここのは、胡麻油の香りがする黒っぽいころもに、コクのあるタレが絡んでとてもジューシーです。特大の車エビ4尾が乗った、迫力の1,800円も良いのですが、エビ天の他に、かき揚げや鱚の天ぷらが乗っている1,400円のものも、バラエティーに富んだ味で私は好きです。
大黒家


 伝法院通り沿いの浅草公会堂前には、浅草と関わりが深いスターの手形が並んでいます。写真一番手前のものは、ビートたけしの手形。 浅草公会堂前の手形
浅草公会堂前の手形


演歌専門レコード店  演歌専門のレコード店。今や死語となってしまったレコードという言葉を、頑なに屋号に使っています。浅草にデジタルは似合わない
演歌専門レコード店


 昔ながらの一杯飲み屋が建ち並ぶ、公園本通り商店街 公園本通り商店街
公園本通り


公園本通り商店街にて  店の構えも骨董そのものの骨董品店。青山とか、または原宿あたりのお洒落なアンティークショップと比べると明らかに別物、雰囲気が違います。いかにも何か掘り出し物がありそうな、ワクワク感がありません?
公園本通りにて


 六区と浅草寺を結ぶのが五重塔通り商店街。みかげ石が敷き詰められた通りや、各商店の装飾など、全て江戸風に統一されています。 五重塔通り商店街
五重塔通り


木馬館  五重塔通りにある、大衆演劇の木馬館。芝居の合間に俳優さんが表に出て、馴染みのお客さんと記念撮影。下町浅草ならではの光景です。
木馬館


 浅草唯一の百貨店、松屋。このレトロな建物の2階部分は、なんと東武線の駅のホームになっています。 浅草松屋
浅草松屋


アサヒビール  今や浅草の新しいシンボルともなった、吾妻橋脇にあるアサヒビールのビルディング。左のアサヒビールタワー(本社)は、ジョッキに注がれた生ビール、右のスーパードライホール(イベントホール)は燃える魂の炎を意味したデザインです。
アサヒビール本社


 最後に老舗の食べ物屋さんを二店。どぜうと書いてどじょうと読ませる、私の大好物どぜう料理の店です。公園六区交差点で国際通りを渡り、合羽橋方向に少し歩いた先の右にあるのが飯田屋。私見ですが、ここのどぜう鍋は上品な薄口。 飯田屋
飯田屋


駒形どぜう  江戸通りを蔵前方向に歩いて、駒形橋西詰を過ぎた右側にあるのは、1801年創業の駒形どぜう。ここのどぜう鍋とどぜう汁はコクのある濃い口。長ねぎをたっぷりとのせて、頬ばります。
駒形どぜう










★交通 ・鉄道 東京メトロ銀座線浅草駅下車
都営地下鉄浅草線浅草駅下車
東部伊勢佐木線浅草駅下車



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