白山・小石川植物園

2007年6月




駒込駅南口  JR山手線内で1、2を争そう地味?な駅。今日は駒込駅の南口から歩いて行きましょう。それにしてもこのロケーション、本当に地味と言うか素朴と言うか。
駒込駅南口


 駅前を走る本郷通りを先ずは左方向へ進みます。右手に六義園の染井門を眺めながら、銀杏並木の歩道をのんびり歩きましょう。 本郷通り
本郷通り


吉祥寺  約20分程で吉祥寺の山門が見えてきます。1458年創建のこの寺、1657年の明暦の大火で被害を被り、水道橋からこの地へ移ってきました。因みにその時、門前町の住民たちは武蔵野へ移り住み、その事から移住した土地にこの寺の名前が付いて、今の武蔵野市吉祥寺の起源となりました。
吉祥寺山門


 この吉祥寺は八百屋お七の舞台にもなっているため、お七・吉三(きちざ)の比翼塚があります。比翼塚とは、主に心中をするほど想い合った男女を一緒に葬ったもの。 比翼塚
比翼塚


本郷通りを渡る  吉祥寺を後にして、目の前の本郷通りを向こう側に渡り、左方向へ通り沿いに進みましょう。
本郷通りを渡る


 少し先の右側にあるのは五色不動の一つ、目赤不動の南谷寺(なんこくじ)です。 目赤不動
目赤不動


駒本小学校前  目赤不動の更に少し先、本郷通りの左側に、歩道橋と接する様に建っている鉄筋の建物は文京区立駒本小学校。何の変哲もない都会の小学校ですが、日本史の教科書にも出てくる様な歴史的大事件の現場でもあります。
駒本小学校前


 昭和7年、血盟団と呼ばれるグループによる連続政治テロ事件が発生し、ここ駒本小学校でも、選挙演説で来訪中だった民政党前大蔵大臣の井上準之助が射殺されました。いわゆる血盟団事件です。 駒本小学校
駒本小学校


向丘二丁目交差点  ただ当時の駒本小学校はこの場所ではなく、今よりもほんの少しだけ南に下った、現在の向丘二丁目交差点を越えた先にありました。

 今日はその向丘二丁目交差点を越えずに、右の通りへ入って行きましょう。
向丘二丁目交差点を右へ


 100mほど先で道は右に1本と左に2本の3方向へ分かれますが、いちばん奥の左方向へ延びる並木道に入り、なだらかな坂道を下って行きます。 左から2番目の道へ折れる
左の並木道へ


白山神社参道  坂を100mほど下ったところで右側に道が分かれますが、これは白山神社の参道です。
白山神社参道


 参道を進み鳥居をくぐった瞬間から、辺りは美しい香りでいっぱいになります。 白山神社鳥居
白山神社鳥居


境内の紫陽花  と言う訳で、ここ白山神社はあじさい神社として有名。毎年6月中旬の最盛期には「あじさいまつり」が催されます。
境内の紫陽花


 今(6月3日)はまだ最盛期には少し早く、イベントは行われていませんが、それでも境内の至る所にあじさいの花、花、花・・・ 境内の紫陽花
境内の紫陽花は未だ見頃前


白山神社本殿  白山神社は10世紀中ごろの創建と伝えられる、歴史ある神社です。
白山神社本殿


 白山神社のご利益は虫歯の痛みをなくすことだそうで、使用済み歯ブラシを集めて供養するための箱も設置されています。 歯ブラシ供養
歯ブラシ供養


紫陽花の咲く境内を歩く  あじさいをたっぷり堪能したら、そろそろ次へと進みましょう。歯ブラシ供養のある本殿を背にして、あじさいが咲く境内の通路を歩いて行きます。
紫陽花の咲く境内を歩く


 そしてその先の急な階段を下りて行きましょう。ここにもあじさいが・・・。 あじさいを横目に階段を降りる
紫陽花を横目に階段を降りる


白山神社を後にして  階段を降り切って突き当りの一般道を右へ。
白山神社を後にして


 すぐに大きな広い白山通りへ合流します。合流したすぐ左側に横断歩道があるので、車道を渡りましょう。 白山通りへ
白山通りへ


白山通りを渡る  白山通りを渡った先の正面には、上りの細い坂道が見えます。逸見坂(へんみざか)と呼ばれるこの坂を上って行きましょう。
白山通りを渡り前方の坂道へ


 静かな住宅地を進んで行くとやがてブロック塀に突き当ります。塀の向こうは約4万9千坪の広大な小石川植物園。突き当りを左へ。 突き当りを左へ
突き当りを左へ


次の突き当りを右へ  ここからは塀伝いに、小石川植物園をグルっと廻り込みます。この辺りは、元々五代将軍徳川綱吉が将軍職に就く以前、別邸として使用していた土地でした。

 次の角は右へ。
次の角を右へ


 植物園の塀を右に見て、下り坂を下りて行きましょう。

 綱吉の屋敷は当時白山御殿と呼ばれたことから、この坂は昔から御殿坂と呼ばれています。
御殿坂
御殿坂


小石川植物園正門  御殿坂を下りきった先の突き当りを右に折れると、小石川植物園の正門前に出てきます。元は麻布にあった江戸幕府直轄の御薬園(薬草を育てる施設)を、1684年この地へ移した事がこの植物園の始まりです。
小石川植物園正門


 入園料330円を支払い中へ入りましょう。現在ここは東京大学の付属施設となっていて、正式名称は東京大学大学院理学系研究科付属植物園です。 小石川植物園
小石川植物園


小石川養生所の井戸  1722年八代将軍吉宗は、御薬園内に江戸庶民のための診療施設小石川養成所を作らせました。案内板に依るとこの井戸は水質が良く、関東大震災の被災者の飲料水としても利用されました。
小石川養生所の井戸


 ニュートンが万有引力を発見した時のリンゴの木の枝が、昭和39年イギリスから日本に贈られ、その枝を接ぎ木したものがこのリンゴの木だとか。 ニュートンのリンゴの木
ニュートンのリンゴの木


関東大震災記念碑  大正11年の関東大震災時には3万人以上の被災者がこの植物園内に一時避難し、一部は避難所での長期の生活を余儀なくされました。そして大正14年1月に最後の避難者が退去したのを機に、有志によってこの記念碑が建てられました。
関東大震災記念碑


 園内に造られた日本庭園の向こうで隠れる様に建っているのは、東京大学の前身である旧東京医学校の本館 旧東京医学校本館
旧東京医学校本館


旧東京医学校本館  明治9年建築のこの建物は、昭和44年に東京大学がある本郷から現在の場所へ移築されました。国の重要文化財指定。
旧東京医学校本館


 旧東京医学校本館の建物は現在、東京大学総合研究博物館の分館として内部が無料公開されていますが、植物園との間は、1度通ったら2度と植物園側には戻れない回転ドアで仕切られています。 2度と入れない回転ドア
2度と戻れない回転ドア


東京大学総合研究博物館分館  博物館内は生物標本や教育研究機器のコレクションなど、数々の標本やコレクションが展示公開されています。
東京大学総合研究博物館分館


 博物館出口のスチール門を出たら、目の前の通りを左へ進みましょう。 出口を出たら左へ
出口を出たら左へ


窪町東公園へ  すぐに車道と交差するのでこれを渡り、そのまま写真の右端に見える窪町東公園へ入って行きます。
窪町東公園へ


 みどりあふれる窪町東公園内には全長300m程の散策路があるので、ここを歩いて行きましょう。 窪町東公園
窪町東公園


窪町東公園散策路  東京23区内と言えどもまだまだ捨てたものではありません。小石川植物園にしてもこの散策路にしても、そして探してみれば他にもまだ沢山みどりは見つかります。
窪町東公園散策路


 みどりの散策路を抜けると国道254号線に突き当たるので、これを左へ。 国道254号へ
国道254号へ


地下鉄茗荷谷駅入り口  程なく国道沿いにある、東京メトロ丸ノ内線の茗荷谷駅入り口に到着。
地下鉄茗荷谷駅入り口




★交通 JR山手線駒込駅下車
★歩行距離 約 5.5 km


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