六義園と旧古河庭園


2014年4月




駒込駅南口前  JR山手線と東京メトロ南北線が乗り入れる駒込駅。駅ビルの上層がホテルになっている南口を出ると、目の前を走る通りは本郷通りです。
駒込駅南口と本郷通り


 そして、駅前の駒込橋交差点を隔てた向こう側に見えているのは六義園の染井門。染井とは嘗てのこの辺りの土地の名前で、その染井村の植木職人が作出して日本全国に広まったとされる桜がソメイヨシノです。 通りの向こうは六義園
交差点の向こうは六義園


染井門  本郷通りを渡って染井門の前までやって来たのですが、門は固く閉ざされたまま。あれれ、せっかくやって来たのに今日は休園日かなぁ・・・?  いやいや、そうじゃなくて、実はこの門は開かずの門だったのでありました。
染井門


 この染井門は、イベント等があるとき以外は開いていないんです。と言う訳で、本郷通り沿いに六義園の周りをぐるっと廻って、反対側にある正門へと向かう事に。 本郷通り沿いに進む
本郷通り沿いに進む


特別名勝六義園  およそ300mほど歩いて来ると、不忍通りと染井通りが交わる上富士前交差点の手前に、「特別名勝六義園」と記された大きな柱が建っています。ここを右折。
特別名勝六義園


 間もなく六義園の正門に到着です。入園料300円を払って中へ。 六義園正門
六義園正門


田鶴橋  都立庭園の六義園、現在の開園面積は8万7千平米余り。1702年の築造になる由緒ある庭園で、嘗てのいわゆる大名屋敷跡です。
田鶴橋


 築造した大名は、武蔵国川越藩主の柳沢吉保。徳川5代将軍綱吉のブレーンで、江戸幕府内では将軍の側近として、大老と同格の地位にまで上り詰めた人物です。 和歌の浦
和歌の浦


蓬莱島  そして六義園はその後の明治維新を経た明治11年、三菱財閥の創始者岩崎弥太郎によって周辺の広大な土地とともに買収され、岩崎家の別邸となります。
蓬莱島


 幕末の混乱期を経て、荒廃しきっていた庭園と屋敷跡を見事に復活させたのは、この岩崎家所有の時代です。 山陰橋
山陰橋


六義園のレンガ塀と大和郷  大正時代になるとこの辺り一帯の岩崎家の地所は大和郷(やまとむら)と名付けられ、高級住宅地として開発されます。そして現在でも六義園に隣接した一帯には、都内屈指の閑静な住宅街大和郷が残っています。
六義園のレンガ塀(左)と大和郷(右)


 庭園内には山あり海あり川あり橋あり・・・

 ご覧の藤代峠は園内で最も高い場所。標高35mで、頂上からは園内を一望する事ができます。
藤代峠
藤代峠


桜も何とか咲いてました  取材時は4月上旬。ライトアップイベントも終了して桜は殆どが葉桜状態なのに、何とか頑張って咲いている桜の木を発見。ソメイヨシノの故郷・本家本元の地で、ささやかに花見をする人たちも見受けられました。
桜も何とか咲いてました


 広い庭園内を歩き回ったので、いささか疲れて来ました。この辺でランチタイム。園内の売店では団子・おしるこ・くず餅などの和菓子や、うどんなどの軽食も食べることが出来ます。 売店で一休み
売店でひと休み


本郷通りを戻る  名園・六義園を満喫した後は、今度はクラシックな洋館のある庭園、旧古河庭園へと向かいましょう。二つの人気庭園を一度に楽しめるとは、なんて贅沢!

 先ずは歩いてきた道、本郷通りを駒込駅方向へ戻ります。
本郷通りを戻る


 旧古河庭園はこの本郷通り沿いにあるので分かりやすい。駒込駅前を過ぎると通りは下り坂になります。 旧本郷通りは下り坂に
本郷通りは下り坂に


今度は上り坂  坂を下りきると、すぐに今度は上り坂。なにしろ起伏の多い武蔵野台地東部の地形。

 あーしんど。

 実はこれから向かう旧古河庭園は、この地形の特徴を絶妙に利用して造られているんですよ。
今度は上り坂


 そうこうしている内に、旧古河庭園の正門前に到着。六義園をあとにして本郷通り沿いに歩く事およそ1.4km、徒歩20分の道のりでした。 旧古河庭園正門
旧古河庭園正門


庭園の洋館  旧古河庭園は六義園同様、東京都立の庭園。但し広さは六義園よりはるかに小さい3万平米余りです。しかしながら小さいと言って侮れません。見所いっぱいであります。入園料は一般150円。
庭園の洋館


 元々この地には、明治時代の政治家で外相も務めた陸奥宗光の別邸がありました。その後彼の次男が、足尾銅山の経営で知られる古河財閥の創始者、古河市兵衛の養子に入った関係で、明治の中頃に古河家が譲り受けて同家の所有になったのでした。 洋館(別角度より)
洋館(別角度より)


土地の起伏を利用した庭園  そして現在のような庭園が造られたのは、古河家所有時代の大正8年。因みにこの洋館と洋風庭園は、旧岩崎邸ニコライ堂など数多くの素晴らしい建物を手掛けた英国人建築家、ジョサイア・コンドル(1852−1920)の手によるものです。
土地の起伏を利用した庭園


 既記の様にこの古河庭園は、武蔵野台地の斜面を巧みに利用して造られた庭園です。 バラ園
バラ園


日本庭園と雪見灯篭  丘の上には洋館を中心とした洋風庭園があり、斜面を下りる途中には見事なバラ園が、そして低地には日本庭園が造られています。
日本庭園と雪見灯篭


 案内板によるとこの日本庭園の作者は、京都の平安神宮をはじめ数々の名園を手掛けた京都の作庭家、小川治兵衛(1860−1933)。 枯滝
枯滝


崩石積(くずれいしづみ)  石が崩れかかったように見えても、しっかり噛み合って組み合わされている崩石積。これも小川治兵衛の作です。
崩石積(くずれいしづみ)


 こちらの石積は富士山の溶岩を使って造られた黒ボク石積。山岳の雰囲気が演出されています。 黒ボク石積
黒ボク石積


シーズンにはちょっと早いけど・・・  洋館を取り巻いて一面を埋め尽くすバラは、シーズンになるとそれはもう大迫力。けれど今は4月の上旬。開花しているのはまだほんの少しです。

 六義園の桜と言い、オレはなんと間の悪い男だろう・・・・
シーズンにはちょっと早いけど・・・


 六義園の桜同様、シーズン中はこの古河庭園でもバラのライトアップイベントが催されて、この芝生広場では音楽会も行われます。 芝生広場
芝生広場


旧古河庭園をあとにして  迫力の春バラは十分堪能できませんでしたが、それでも和と洋の織り成す極上の庭園美に目一杯癒されました。名残惜しいですが、この辺で古河庭園をあとにする事に。正門を出たら目の前の横断歩道で本郷通りを渡り、左方向へ。
旧古河庭園をあとにして


 通り沿いにある滝野川消防署を過ぎると、その向こうに白いドーム型の建物が見えてきました。 消防署の前を過ぎて
消防署の前を過ぎて


地震の科学館  これは東京都北区防災センターの地震の科学館。折角なのでちょっと寄って行きましょう。入館料は無料。
地震の科学館


 この施設は本来、大地震発生時などに災害対策の拠点となる場所です。その防災センターの一角に設けられているのが、地震の科学館のスペース。 デジタルステーション
デジタルステーション


大地震発生直後を再現  災害時の様々な状況を模擬体験する事で、私たち市民の防災意識や有事の際の行動力を向上させる事が目的です。
大地震発生直後を再現


 大地震発生直後の状況が再現されているブースではショックで身体が凍り付いて、揺れてもいないのに身動きが取れないくらい。 こちらは屋外の状況
こちらは屋外の状況


地震体験  過去の大地震の揺れを体験出来るのが、この地震体験のブース。未体験ですが、この部屋のモデルがグラグラと激しく揺れて恐ろしくリアルらしい。
地震体験


 炎よりも遥かに恐ろしいと言われる火災時の煙。その上昇するスピードは毎秒3mから5m。そして人間が階段を上る時の速さはおよそ0.5m。これじゃ到底敵いません。そんな恐ろしい煙から避難する体験が出来るのが、この煙体験室。 煙体験
煙体験


本郷通りをそのまま進む  災害からの被害を最小限にするには、国や地域の行政の力もさる事ながら、先ずはそれぞれの家庭や自分たち一人ひとりのレベルで、日頃から意識をもって対策をしておかなければならないなどと、珍しく真面目な事を考えながら科学館を出て来たのでした・・・・
本郷通りをそのまま進む



 地震の科学館をあとにしてそのまま本郷通りを直進すると、間もなく東京メトロ南北線の西ケ原駅前に到着です。 南北線西ケ原駅前
南北線西ケ原駅前








★交通 JR山手線 ・ 東京メトロ南北線 駒込駅下車
★歩行距離 約 3.5 km


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