目白台とその周辺

2007年4月




護国寺と護国寺駅  今日のスタート地点である、東京メトロ有楽町線の護国寺駅出口と護国寺は隣り合わせです。
護国寺駅と護国寺仁王門


 護国寺駅出口を出るとすぐ見えるのは護国寺の仁王門、その少し先にあるのが惣門です。 護国寺惣門
護国寺惣門






豊島岡墓地入口
豊島岡墓地入口
 そして惣門を過ぎた先に、ひっそりと閉ざされた門があります。これは護国寺に隣接する豊島岡墓地の入り口。この豊島岡墓地、以前は豊島ヶ岡御陵と呼ばれた皇族専用の墓地で、明治政府が墓所として選定したのが始まりです。と言う訳で通常、一般者は立ち入り禁止となっていますが、都会のど真ん中にこういった施設がある事には改めて驚きます。






仁王門  仁王門の前まで戻ったら、護国寺の境内へと入ってゆきましょう。
仁王門


 境内には音羽富士と呼ばれる、高さ10m程の台地の起伏を利用した富士塚があります。 音羽富士
音羽富士


山頂より麓を望む!!  これは、江戸時代に発展した富士山を信仰する人々の集まり「富士講」に依るもので、富士登山が手軽?に出来るように造られたミニ富士山です。
富士山頂より麓を望む!!


 護国寺の創建は江戸時代の1681年。五代将軍徳川綱吉が、母親桂昌院のために開山させたと言われています。 月光殿
月光殿 (重要文化財)


本堂 (重要文化財)  境内には月光院本堂など、国指定の重要文化財をはじめとして、震災、戦災を免れた数々の価値ある文化財が保存されています。
本堂 (重要文化財


 ゆっくり境内を散策したら、そろそろこのあたりで護国寺を後にすることにしましょう。 薬師堂
薬師堂


不忍通りを右へ  仁王門を出たら、目の前を走る不忍通りの横断歩道を渡り、通り沿いに右方向へ進みます。
不忍通りを右へ


 途中、道は左右に分かれますが、そのまま不忍通りを目白方向へ歩いて行きます。 目白方向へ
目白方向へ


突き当りを左へ  なだらかな上り坂の後、不忍通りは目白通りに突き当たります。この辺りは目白台、左に折れて目白通りへと入って行きましょう。
突き当りを左へ


 目白通りへ入るとすぐ左側に日本女子大の正門があります。 日本女子大正門
日本女子大正門


東京カテドラル教会 尖塔  日本女子大からおよそ500m程歩いてくると左側に、白くて高い何やら印象的なデザインの建造物が見えてきました。ここは東京カテドラル教会 (カトリック関口教会)。この尖塔と傍にある聖マリア大聖堂は、東京都庁舎の設計などでもおなじみの建築家、丹下健三の設計によって昭和39年に造られたものです。
東京カテドラル教会の尖塔


 教会の敷地内にはこの他、19世紀中頃に聖母マリアが現れたと言い伝えられるフランス・ルルドの洞窟を模して、1911年にフランス人宣教師に依って造られた日本版ルルドの洞窟があります。 ルルドの洞窟
ルルドの洞窟


椿山荘  東京カテドラル教会の向かいにあるのは結婚式場、宴会場の名門椿山荘。目の前の歩道橋で椿山荘側へ渡り、目白通りを右方向へ戻りましょう。
椿山荘


 講談社が設立した美術館、野間記念館の前を通り過ぎ、椿山荘から約150mほど進んだ「蕉雨園へ」の看板がある角を左折します。 野間記念館の角を左へ
野間記念館の先を左へ


蕉雨園  目白通りを外れ静かな通りを歩いて行くと、すぐ左側にあるのは蕉雨園。明治時代の宮内大臣で伯爵の田中光顕が明治30年に建てた邸宅との事ですが、邸内は原則非公開です。
蕉雨園


 更にその先右側には永青文庫があります。江戸時代の末よりこの辺り一帯は、肥後熊本細川家のお屋敷でした。そんな訳で昭和25年に設立されたこの永青文庫では、細川家の所有していた価値ある文化財などを一般に公開しています。 永青文庫
永青文庫


胸突坂  永青文庫のすぐ先にある急坂、胸突坂を下りましょう。案内板によれば、あまりに急坂のため胸を突くようにしなければ上れない事から、江戸時代にこの名が付いたとか。
胸突坂


 坂下を流れるのは神田川。1970年代フォークソングの名曲「神田川」は確かこの辺りをモデルにしたものだったと思いますが、間取り三畳ひと間の木造下宿など、今では影も形もありません。 神田川
神田川


新江戸川公園  神田川に沿って右方向へ歩いて行くと、間もなく右側に新江戸川公園の正門が見えます。
新江戸川公園正門


 ここは肥後細川家の邸宅跡をそのまま公園として昭和34年から公開したもので、目白台の自然の起伏を巧みに利用した庭園となっています。入園無料。 新江戸川公園の日本庭園
新江戸川公園の日本庭園


胸突坂  庭園をゆっくりひと廻りしたら、再び胸突坂下まで戻りましょう。坂を下って来た時はそれほど感じませんでしたが、下から見上げるとさすがに急坂であることが良く分かります。
再び胸突坂


 その先にある関口芭蕉庵の木の門を左に眺め、先へと進みます。この場所は、江戸前期の俳人松尾芭蕉が数年間居住した住居跡と言われている所です。 関口芭蕉庵
関口芭蕉庵


椿山荘冠木門  神田川を右手に見ながら静かな小径を進んで行くと、先ほど前を素通りしてきた椿山荘の裏門にあたる冠木門(かぶきもん)が左側に見えてきました。ちょっと中へ入ってみましょう。
椿山荘冠木門


 嘗て椿山荘のあるこの地は、首相や元老などを務めた明治期の政治家であり、軍人でもある山縣有朋の所有する土地でした。 椿山荘庭園
椿山荘庭園


椿山荘内、樹齢約500年の椎の木  そして山縣はこの地に庭園を造らせました。その後庭園は戦災で焼失をしたものの、戦後に造り直されて今日に至っています。現在、椿山荘はこの庭園を一般に無料で公開しています。
庭園内、樹齢約500年の椎の木


 さっき立ち寄ってきた護国寺の音羽富士や新江戸川公園の日本庭園同様、この椿山荘の庭園も、台地の凹凸を上手く活かして造られています。 滝もあります!
滝もあります


裏見の滝!  園内にある滝は、裏側からも見られる様に通路が作られています。
裏見の滝!


 東京の台地は湧き水の宝庫でもあります。この椿山荘にも秩父山系からの地下水が湧き出ている場所があって、古香井(ここせい)と呼ばれています。案内板によるとこの湧水は、ミネラルやカルシウムが豊富な弱アルカリ性の水で、関東大震災の時には被災者の飲料用にされました。 古香井(ここせい)
古香井


三重塔  この三重塔は室町時代末に造立されたものだそうで、ここ椿山荘へは大正14年に、広島県のお寺から移築されました。
三重塔


 椿山荘の冠木門を出て左方向へ神田川沿いに進みましょう。この辺りは江戸川公園。桜の名所ですが、残念ながら今はちょっと時期が過ぎてしまいました。 江戸川公園
江戸川公園


江戸川橋  やがて右手には神田川に架かる橋、江戸川橋が見えてきました。橋を渡ると、東京メトロ有楽町線の江戸川橋駅出入口はすぐ目の前です。
江戸川橋







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★交通 東京メトロ有楽町線護国寺駅下車
★歩行距離 約 6.0 km


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