上野公園探索

(2)

2013年1月




不忍池と弁天堂  実はこの弁天堂、ご覧の様に不忍池(しのばずのいけ)を埋め立てて築かれた中の島に建てられているんです。
不忍池と弁天堂


 不忍池は周囲およそ2kmの天然池で、三つの部分に分けられます。一つはカワウの生息する鵜の池、一つは弁天堂のある蓮池、そしてもう一つはボートの浮かぶボート池です。 不忍池 (蓮池)
不忍池 (蓮池)


ボート池  1625年、天海僧正が比叡山延暦寺に倣って上野の山に創建した東叡山寛永寺。この不忍池、当初は比叡山の麓に位置する琵琶湖に見立てられていたのでした。
ボート池


 不忍池の畔には小さな博物館があります。台東区立の下町風俗博物館がそれ。観覧料一般300円。 下町風俗資料館
下町風俗資料館


大正時代の長屋  館内には大正から昭和にかけての下町の文化を永く伝えるために、たくさんの展示物や貴重な資料が公開されています。
大正時代の長屋


 これは大正時代の長屋に住んでいる職人の家を再現したもの。左手前に茶の間があって、右奥に小さな仕事場が見えています。 大正時代の職人の家
大正時代の職人の家


昭和のアパート  時代は下って、こちらは昭和のとあるアパートの一室。たぶん私が生まれた昭和30年代くらいなんでしょうか。こういうテレビ家にありました。見ない時は上から布掛けたり、調子が悪くて見難くなると本体をポンポン叩いたりしてました。案外直ったりして。懐かしい。
昭和のアパート


 おおきな大きな上野公園。食事をするにも事欠きません。ここは明治9年開業の老舗洋食レストラン上野精養軒。ハヤシライスは定番メニューで大人気。 精養軒
上野精養軒


伊豆栄梅川亭  こちらは鰻割烹料理の店、伊豆栄梅川亭。これを書いている最中に横でつけているテレビのニューズが、ニホンウナギを環境省が絶滅危惧種にリストアップした事を報道しています。貴重な日本の食文化を守るためにも仕方がない事だけど、心配ですね。
伊豆栄梅川亭


 新鶯亭は団子、しるこ、甘酒、そしておでんなども食べられる甘味処。緑に囲まれた静かで落ち着いた場所に、その店舗はありました。 新鶯亭
新鶯亭


上野グリーンサロン  パンダカレーやパンダサンドウィッチ、パンダスィーツなどのパンダモチーフで人気のカフェレストランは上野グリーンサロン
上野グリーンサロン


 お菓子、お弁当やパンダグッズを販売する売店、パークス上野店は修学旅行の学生に人気です。 パークス上野店
パークス上野店


昔ながらの売店  もちろんこういう定番の売店もあります。こういう昔ながらの店を公園で見つけるとついつい引き込まれて、お菓子なんかいろいろ買っちゃうんだよね。
昔ながらの売店


 中華、洋食、焼き肉店、ビアホール、ファーストフード、コンビニまで入っているレストランビルの西郷会館。そして建物の壁に記されたナゾの数字3153。その意味はサイゴーサンでした。 西郷会館
西郷会館


上野のお山の西郷さん  と言う訳で、西郷会館入口のすぐ近くで睨みを利かせて立っていたのは、明治31年建立のお馴染み「上野のお山の西郷さん」です。高村光雲作。

 明治新政府軍と旧江戸幕府軍が、1868年からおよそ1年半の間壮絶な戦いを繰り広げた戊辰の役。この上野の山でも上野戦争と呼ばれる激しい戦闘が起こり、西郷隆盛は新政府軍の指揮官として従軍します。

 そして皮肉にも・・・
西郷隆盛像


 西郷さんの銅像のすぐ裏手には、新政府軍の猛攻撃に敗れほぼ壊滅した、旧幕府軍の彰義隊隊士の墓が建っています。案内板によると、生き残りの隊士らが明治7年に新政府の許可を得て建立したものだとか。 彰義隊の墓
彰義隊の墓


手前の小さな墓石  この墓には「戦死の墓」としか記されておらず、「彰義隊」の文字はどこにも見当たりません。当時は賊軍とされた彰義隊。明治新政府に対する遠慮や警戒感があったのでしょう。しかしこの墓の建立以前に作られ、密かに地中に埋められていた小さな墓石には、「彰義隊戦死の墓」とはっきり記されています。この墓石は後に掘り出され、現在は大きな墓の手前に配されています。

  ところで、上野公園内では西郷さんの銅像の他にも、色々な人物の像を見つける事が出来ます。
手前の小さな墓石


 先ずはこの胸像。日本に長く滞在し、明治政府に対してこの地に公園を造ることを提唱し明治6年に実現した、言わば上野公園の生みの父、オランダ人医学博士のアントニウス・ボードウィン像です。 ボードワン博士像
ボードウィン博士像


グラント将軍植樹碑  ユリシーズ・グラントは第18代のアメリカ合衆国大統領。南北戦争では北軍総司令官として、北軍を勝利へと導いた軍人です。
グラント将軍植樹碑


 グラントは大統領職を2期8年務めた後、家族を連れおよそ2年間をかけて、世界中を巡る旅に出ます。明治12年夏には日本にも立ち寄り、ここ上野公園で催された歓迎会に於いて檜を植樹したのでした。 ユリシーズ・グラント
ユリシーズ・グラント


野口英世像  日本が世界に誇る医学・理学・細菌学者、千円札でもお馴染みの野口英世の銅像もありました。そう言えばわたくしめの子供時代には、野口英世と言ったら学芸会の劇の定番でありまして、大体において主役の野口英世役は成績優秀で学校でも人気者の優等生がやり、私なんぞはヤケドで手をケガした野口少年を集団でイジめる悪ガキの役でありました・・・
  (涙)
野口英世像


 小松宮彰仁親王は、幕末の戊辰戦争では官軍の指揮官として従軍し、維新後の西南戦争にあっては政府軍の旅団長として西郷隆盛率いる薩摩軍と戦いました。上野の山は今でも危険で複雑な、三つ巴の戦闘地域であります! 小松宮彰仁親王像
小松宮彰仁親王像


上野動物園  危険地帯から、子供でも安心な平和な場所へ脱出して来ました。上野動物園は明治15年開園の、日本で最初の動物園です。
上野動物園


 公園内には動物園の他に遊園地もあります。乗り物はどれでも100円均一の、上野こども遊園地です。遊園地とは言うけれど、施設のスペースは都内にある小学校の狭い校庭の、半分にも満たない様な広さです。 上野こども遊園地
上野こども遊園地


空飛ぶゾウもいます  驚きは、その狭いスペースにありとあらゆるアトラクションが所狭しと配置されている事。メリーゴーランド、空飛ぶ飛行機、ドラえもん、アンパンマン、機関車トーマス・・・ゴメン書き切れない。このゴチャゴチャ感。大人が見ていても飽きません。
空飛ぶゾウもいます


 明治の俳人正岡子規は無類の野球好きで、野球殿堂入りする程の功労者でもありました。打者、走者、直球などと、野球用語を翻訳したのも子規。公園内には、その名を冠した草野球の球場があります。 正岡子規記念球場
正岡子規記念球場


球場前の碑  捕手として自らプレイもしていた正岡子規。球場前に建つ碑には、上野公園内でもしばしば試合をしていた事が記されています。結核の病床で写されたあの横顔の肖像を見慣れている私には、ちょっと意外でした。
球場前の碑


 野球場のすぐ隣にこんもりとした丘があります。これは摺鉢を伏せた形の摺鉢山古墳。5世紀前後の前方後円墳と言われています。 摺鉢山古墳
摺鉢山古墳


ヘブンアーチスト  東京都は、その審査会に合格したアーチストに活動場所を開放しています。これがヘブンアーチスト事業。上野公園もまたヘブンアーチストの活動場所として指定されていて、沢山のパフォーマーが私逹の目を楽しませてくれています。
ヘブンアーチスト公演中








★交通 JR山手線、京浜東北線、その他 上野駅下車。


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