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ニブルヘイムは今日も満天の星空が広がっていた。
給水塔に登って、ぼんやりと天を仰いでいたクラウドは、不意に名を呼ばれ驚いて顔をあげた。
「クラウド?」
見れば、毛布を両手で抱えたティファが、隣に立ってクラウドを見下ろしていた。
「あぁ……ティファか」
このシチュエーションは何だか懐かしい。
そう考えて、クラウドはほんのわずか口元をほころばせた。
それには気づかずに、ティファはクラウドの膝上に毛布をばさりとかけると、にっこりと穏やかに微笑んだ。
「はい、毛布。寒いと思って。…………ひょっとして、邪魔しちゃった?」
最後の言葉で心配そうな眼差しになったティファに、クラウドはゆるく首を振った。
「いや……」
呟くように否定し、もらった毛布をきちんと膝にかけると、そのまま視線を落とした。
しばしの間、決して居心地の悪くない沈黙が続く。
ティファはクラウドを見下ろしたまま何も言わず、その場を立ち去ろうともしなかった。
先に沈黙を破ったのはクラウドの方だった。
「さっきさ……神羅屋敷で、俺、思い出したんだ」
視線を上げると、まっすぐ自分を見つめる紅茶色の瞳にぶつかった。
その温かな真剣さに、ほんの少し安心する。
「……よかったら、少し……聞いてもらえるか?」
クラウドに手で示された通りに、ティファはすとんと彼の隣に腰をおろした。
クラウドは自分の膝上の毛布の所在について少し悩んだが、結局一緒に毛布をかけることに決め、半分をティファの方へとかけてやる。
ティファはわずかに頬を染め、とまどったようにうつむいたが、大人しく毛布をかけていた。
ひとしきり落ちついたところで、クラウドはちょっと息をついた。
どこから話せばいいものか、言葉に迷いながら口を開いた。
「……俺には、ザックスっていう親友がいたんだ」
その名を耳にして、ティファは眼を見開いてクラウドの横顔を見つめた。
何か言いたげに唇を動かしたが、結局彼女はそれを言葉にはしなかった。
クラウドは、自分に言い聞かせるようにして、一言一言ゆっくりと紡ぎ出す。
それを言葉にするのは、少なからず痛みを伴ったけれども。
「でも、ザックスはもう、どこにもいない……」
「何があったのかは……断片的にしか思い出せない」
それでも、眼を閉じれば、よみがえってくる記憶がある。
────……冗談だよ。おまえを放り出したりはしないよ。
「ただ、ぼんやりとした意識の中で、あいつが俺の傍にいてくれたことは覚えてるんだ」
あたたかな声。
力強い手。
────……トモダチ、だろ?
繰り返し注がれた、大きな優しさも。
「俺の傍にいて……俺の眼の前で、死んでしまった」
雨の中、動かなくなってしまった、ザックス。
全身を撃たれ、見るも無残な姿で倒れていたザックス。
ザックスの身体の下に見る見るうちに溜まっていった血の海の色を、クラウドは今は鮮明に思い出すことができた。
「……俺はあいつに何も返してやれなかったのに。
あいつは最後まで俺を、見捨てないでいてくれたんだ……」
「ザックスと俺はね、神羅にほぼ同時期に入社して、兵舎で同じ部屋になったんだ。
あいつは誰にでも人なつこくて、すぐに他の奴らとも打ちとけて、楽しそうだった。
もちろん、俺にもはじめから親しく接してくれたけど、俺はいつもそれを拒んでばかりいた。
あの頃、俺は、ザックスみたいな奴が一番嫌いだったから」
そこでいったん言葉を止めたクラウドは、驚いたような顔で自分を見つめくるティファに苦笑してみせた。
「きっと、うらやましかったんだ」
────君に、似ていると思った。
言葉の続きを心の中だけでそっと呟いて、クラウドはそっと眼を伏せる。
自分には決してできないことを、いともたやすくやってのける、その笑顔が妬ましかった。
「そして多分……愛してほしかったんだと思う」
誰にでも優しく、誰からも愛されて。
決して、自分の手には届かない。
自分だけのものにはならない……。
「神羅に入ってからも、俺は周囲の誰とも打ちとけられなかった。
近寄ってくる奴にはかみついたりもした。いさかいもしょっ中だった。
誰もが俺を遠ざけようとしたけど、ザックスだけは違ってた。
俺がどんなにはねつけても、かみついても、あいつだけは真正面からそれを受け止めて、根気強く俺の相手をしてくれた。
そして、ある日、怒鳴られたんだ。“甘えるな”って」
何がきっかけでそんな事態になったのかはもう思い出せない。
だが、その時ザックスに突きつけられた言葉の一言一句は、くっきりと心に焼きついてはなれないのだ。
ザックスは、普段のおちゃらけた姿からは想像もできないような大声で一喝したのだった。
『甘えてんじゃねーよ!!
おまえって人間は、他人を見下さなきゃ自分の存在価値も見出せねえほど器が小せえのかよ!?』
そんなふうに言われたのは初めてだった。
頭が一瞬空白化したが、それでも何か言い返さなくてはという思いが口を動かした。
『違う!! 俺は本当にあんな奴らとは違うんだ!
俺は強くなるんだ。強くなって……誰より強くならなきゃいけないんだ!!』
『強いってのがどういうことか、おまえわかってて言ってんのかよ!?』
自分がはりあげた声より数段迫力のある声で、ザックスは壁を拳で叩きつけながらぴしゃりと怒鳴り返した。
ただ無闇に「強くなる」ことだけを追い求めていたクラウドは、それで完全に言葉を失ってしまった。
『おまえ、どうして強くなりたいんだ。
他人の存在を力で踏みにじって優越感に浸るためか?
そんな上辺の強さに惹かれて集まるような奴らに囲まれておだてあげられて満足するためか?
答えろよ!』
ザックスは、今まで見たことがないくらい真剣だった。
その時になって、ようやくクラウドは、ザックスが本気で自分の殻に閉じこもる自分を心配してくれているのだということに気づいたのだった。
『違うだろ……? 本当はおまえにだって、もうわかってんだろ?
他人と関わることを恐れて、自分の中の弱さから眼をそらして、どんな強さが手に入るって言うんだよ。
弱い自分を認めるところから、本当の強さってのは手に入るもんだろーが。
なあ、ちがうか?』
…………クラウドには何も反論できなかった。ザックスの言う通りだったからだ。
それでもそれを認めたくなくて、何かを言おうとして────
『……クラウド?』
気がつくと、子供のようにクラウドは泣いていた。
くやしかったのか、嬉しかったのか、自分でも判然としない涙だった。
ザックスは、それ以上何も言わなかった。
ただ、黙って、ずっとクラウドの傍にいた。
「ザックスは俺に、本当の強さってのがどんなことかを教えてくれた。
俺は頭ではそれを理解したつもりでいたけど、あいつが俺より先にソルジャーになって、2ND、1STと昇進していくのを見れば、やっぱり悔しいし嫉妬もした。
ソルジャーになってもあいつの態度は少しも変わらなかったけど、俺は正直言って複雑だった。
あいつに、俺のことをすごい人間だって思ってほしかったんだ。
……ザックスに認められたいって思った。昔、ティファに認めてほしかったのと同じように」
それくらい、特別な存在だった。
自分が特別に想うのと同じくらい、2人にも特別に想ってほしかった。
「……でも、結局最後まで、その願いは叶わなかった。
あいつは俺を救って……守ってくれたのに、俺はあいつの足手まといにしかなれなくて……」
ゆっくりと両手で顔を覆い、クラウドは強く眉根を寄せ、瞼を閉じる。
「その上、あいつを忘れ去って、都合のいい夢を作って浸りきった。
俺には……もう、あいつの親友だなんて言える資格は、ないのかもしれないな……」
「そんなことないよ」
突然、それまで沈黙を保っていたティファがきっぱりと否定の声を上げ、クラウドは驚いて顔を上げる。
ティファはそんなクラウドの顔をのぞきこむようにして、まっすぐに言い放った。
「ザックスは、クラウドが好きだったから、クラウドを見捨てなかったんだよ。
クラウドだって、こんなにザックスが好きなんじゃない。
ザックスが好きで、とても好きで、失ってしまったことが悲しくて、耐えられないほど辛かったから、だから自分がザックスになろうとしたんじゃないの?
『ザックス』なんて人ははじめからいなかった。そう思えば、喪失の痛みから逃れられるから……だから、思い出をすべて消してしまおうとしたんでしょ?
それを弱いって言う人はいるかもしれないけど……そこに友情がなかったなんて、私は思わないよ。
クラウドとザックスは、最高の親友同士だったって、私は思うもの」
断言したティファを、クラウドは一瞬、すがるような眼差しで見つめた。
まるで森に迷いこんでしまった小さな子供のように、頼りなげな悲しい眼差しに、ティファの胸が鋭く痛んだ。
「……ザックスは、こんな俺を、許してくれると思うか?」
「許すも許さないもないわよ」
言ってティファは腕を伸ばすと、クラウドを抱きしめ、肩に頬を埋めるようにして言葉を続けた。
自分の言葉が、クラウドの心に直接響けばいいと願いながら。
「ザックスはきっと、あなたの中にいるよ。
こうしてようやく、自分の弱さを認められるようになったクラウドを、さすがは俺の親友だって、誇りに思ってくれてるわよ」
そしてクラウドを抱きしめる手にきゅっと力をこめ、万感の想いをこめてそっと囁いた。
「…………私も、クラウドはいつだって誇りなんだよ…………」
いつだって、あなたは私の誇り。
その言葉がどれほど自分の心を救ったか、多分彼女は生涯知ることはないだろう。
彼女はいつだって、意識することなく他人の心の声を聞き、癒す力を持っている。
いつも、いつまでも、情けない自分を救ってくれる。
天に輝く月の光のように。
彼女が今傍にいることが、自分にとってどれだけ幸福なことであるか、クラウドはもう知っていた。
(だから……俺は大丈夫だよ、ザックス……)
彼女を腕の中に抱きしめて、心の中でそっと親友に呼びかける。
どれほど償いきれない罪を背負っても、彼女がいるから、生きてゆける。
だから自分は、大丈夫なのだ──……。
いつの間にか月は高くのぼっていた。
あの日と同じ星空に見守られて、2人はいつまでもそうして抱きしめ合っていた。
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