なんでもない話・前編
日差しが穏やかな、のんびりとした午後。エルオーネは思い立って編み物をすることにした。
いつも同じものを着ているラグナにセーターでも編んでみようかと、彼女は手芸店へと出かけ、毛糸の山を見つめる。
「ラグナおじさんには青がいいかしら…?」
そんな独り言を言いながら、手に取った毛糸はちょっと渋めのグレーだった。
「グレーもいいけど、深い緑も似合いそうね。いつもモノトーン系の服ばっかり着ているから、もう少し明るめの色で編んでみようかな…」
いつの間にか、セーターを着る相手が変わっているらしい。散々迷った結果、エルオーネは深いグリーンの毛糸玉を買って帰宅した。
途中ですれ違った花屋の売り子と雑談をしながら、エルオーネは広場を見た。
子供達が日溜まりの中で遊び、老人達が手近なベンチに腰掛け、日向ぼっこをしている。
未だに各地に諍いはあるものの、ウィンヒルはそんなものとは無縁の世界に存在している。
この長閑さこそが、自分の求めていたものなのだ。追われる毎日を過ごしていた自分が落ち着ける、安息の場所―――そう思っていて、何もかも満足のはずなのに、"何か"足りないものがあるようで、エルオーネは戸惑う。
『これ以上、私は何を望むというのかしら?』
花屋の売り子と別れ、エルオーネは釈然としない気持ちのまま、家へと入っていった。

「お〜い、エルねえちゃーん!いるかぁ〜?」
編み物に没頭して数時間、不意の来客に静けさはうち破られた。
「あら、ゼル。いらっしゃい」
「任務でこっちの方に派遣されてさぁ〜。ついでだからエル姉ちゃんに挨拶でもと思ってさ」
ゼルはお菓子らしき包みをエルオーネに手渡し、居間に飾られているエルオーネの両親とレインの写真に礼儀正しく頭を下げる。
「簡単な仕事だったんだけど、腹が減っちゃって。ガーデンに着くまでに飢え死にしそうなんだよ〜」
振り向いた顔は今にも泣き出しそうで、エルオーネはつい笑ってしまい、エプロンへと手を延ばす。
「はいはい。何か作ってあげるわ」
「やったぁ!あっ、甘いものはいいからね。お腹に溜まるもの作ってよね」
ゼルはうきうきとした顔で、手を洗いに洗面所へと向かっている。
冷蔵庫から肉や野菜を取り出しながら、エルオーネは
「今日は1人なの?」
と、何となく訊ねる。
「うん、俺1人。まぁ、報酬も安いし、わざわざSeeDが出向くような仕事じゃなかった気もするし…」
「そう…」
あまりにも気落ちした自分の声に、ゼルが何か不審を感じたのでは?と、慌てて彼の方を見たのだが、ゼルの方はそんな事に気付いた様子もなく、椅子に腰掛けて"お腹に溜まるもの"のできるのを待っている。
ちょっと安堵のため息をつき、エルオーネは話題を変えた。
「―――みんなに変わりはない?」
「うーん、そうだなぁ…。あっ、そーだ!」
ゼルの瞳に、悪戯じみたのものが輝く。
「リノアがアーヴァインと別れて、スコールとよりを戻すんだってさ」
「ええっ!?」
どうにも穏やかではない話に、思わずエルオーネは皿を落としそうになった。
「それ、本当なの?」
「さぁ〜。だってあいつらが『別れる』って言うの、何回も聞いてる事だからいちいち本気になんかしてらんないよ」
確かに。アーヴァインがリノア以外の女の子に声をかけて、その度にリノアが「アーヴァインと別れる!」と叫ぶのは取り立てて珍しいことではないので、「相変わらず仲良くしているのね」で済ませれるのだが、「スコールとよりを戻す」と言う所にどうも引っ掛かってしまう。
もう少し詳しい話を聞きたいとは思ったのだが、調度オムライスが完成したので、それをゼルの前に出すと、彼はもう自分が提供した話題のことなど忘れ、一心不乱に食事に没頭してしまったのだった。


翌日、エルオーネはバラムガーデンに来ていた。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思ったのだが、事の真相を知りたいという好奇心には勝てず、朝一番の列車でここまで来てしまっていた。
『こう言うのが"親バカ"って言うのかしら…?』
顔なじみとなったカードリーダーのおじさんに挨拶をし、エルオーネは学園内へと入っていく。
まずはシド学園長へ挨拶をしようと、エレベーターを待っていると、女の子達のひそひそ話が耳に入ってきた。
「―――アーヴァイン、やっぱりリノアと別れるみたいね」
「え〜っ?それ、ほんとなの!」
「だってぇ、結局なんの話し合いもなく、アーヴァイン、出張に出ちゃったでしょ〜」
「あー、そう言えば昨日、リノアがヒステリー起こしてた!」
「それで、リノアはスコールとよりを戻すワケ!?」
「それはどうかしらね〜?何だかんだ言っても、スコールはセルフィと付き合っているわけだし」
「もしもスコールとセルフィが別れたら、"魔女の力"ってやつじゃなーい?」
「言えてるかも〜」
好き放題喋り、女の子達は今日行われる野外実習に話題を移し、正門の方へと歩いていった。
『ゼルは「大丈夫」って笑っていたけど…』
どうも楽観できる様子ではなさそうだ。
どうしたものかと、手近なベンチに腰掛け、エルオーネはざわつき始めた園内を見回した。
『―――私は、一体何をしにここまで来たのかしら?』
今さらながら考えずにはいられなかった。
少なくとも、「リノアがスコールとよりを戻す」が気になって仕方がなかったのは事実だが、スコールにはセルフィという彼女がいるし、2人の仲はどことなくぎこちない部分はあるが、あっさりと壊れてしまうような脆いものではないと思われる。
『そりゃあ、リノアは元々スコールと付き合っていたけど、「別れたい」って言い出したのリノアの方じゃないの。仕事第一に考えるスコールより、自分のことを何かと気にかけてくれるアーヴァインの方がいいって…。あの時のスコールの落ち込み方と言ったら、半端じゃなかったんだから。それなのに、今さら…』
胃がむかむかし、こめかみが微かに震えた。何に対してこんなに憤慨しているのか、自分でもよく分からない。
「エルオーネ?」
不意に声をかけられ、思わずエルオーネは身を竦ます。
「どうしたんだよ?こんな所で…」
その声の主を見た途端、エルオーネは艶やかな笑顔になった。

「―――その話がエルオーネの耳に入っていたなんてな…」
校庭のベンチでスコールは少し照れたような口調で、頭を掻いている。
「たまたま、アーヴァインと喧嘩したリノアが俺とぶつかって、彼女の愚痴を聞いているうちに、感情が高ぶってきたか知らないけど、急にリノアが抱きついてきて…」
スコールの腕の中で号泣しているリノアの姿が大勢の生徒に目撃され、今回の噂が立ったという事らしい。
「まぁ、その後はセルフィには詰め寄られるし、俺にしては散々な話なんだけど…」
セルフィとの間の誤解は解けたが、リノアとアーヴァインとの間の話が拗れっぱなしで、
「アーヴァインは何も話さないし、リノアも意地になっているから…。キスティスもセルフィも"お手上げ"らしい」
「事の発端は何なの?」
裾の解れていたスコールの上着を縫いながら、エルオーネは訊ねる。
そんな彼女の仕草を眩しそうに見ていたスコールは慌てて彼女から視線を逸らし、晴れ渡った空を見上げながら言う。
「アーヴァインが浮気をしたらしい」
それを聞いたエルオーネが思わず微笑んだのは、それこそ珍しいことではなく、
「ごめんよ〜、リノア。でも、僕には君が一番!」
と、アーヴァインが謝れば、リノアも「も〜、今度が最後だからね!」と許してきたことではないか。
その浮気の内容も、一緒にお茶を飲んだとか、ちょっと肩に触ったとか実に他愛のないもので、笑って見ているしか仕方のないものばかりである。
「それが…今回はそんな笑って見ていられるレベルのものじゃなくて…」
たまたまガーデンの生徒が、見知らぬ女と一緒にいるアーヴァインを見、親切心か単なるお節介からかは判断しかねるが、その旨をリノアに報告した。
リノアはいつものように「その人誰なの!?」と、アーヴァインに詰問をしたのだが、いつもは正直に「あれは○○クラスの女の子で、ただ一緒にお茶を飲んだだけだよ〜」と、報告をするアーヴァインが何も言わず、押し黙っていただけだったのだ。
さらにリノアが、「何とか言ったらどうなのよ!」と畳みかけたところ、ただ「ごめん」と頭を下げただけで、それ以上は何も語ろうとはしなかったのだ。
そして、激昂したリノアは「アーヴァインなんか大っ嫌い!」と捨てぜりふを残し、その場を走り去り、現在の状況にあるらしい。
「―――アーヴァイン、誰と一緒にいたのかしら…?」
ようやく縫い終わった上着をスコールに手渡しながら、エルオーネは首を捻る。
「本人がどうしても喋りたくないみたいだから、俺も深く追求をしないけど…」
「それが原因でアーヴァインとリノアが拗れている訳でしょ…?それで、あなたとリノアがまた―――」
不安げに俯いたエルオーネに、スコールの焦った声が被さる。
「やめてくれよ!俺には―――!」
『「俺にはセルフィがいる」でしょ?』
―――いくら待ってもその続きは聞けなかった。スコールは言うべき言葉を失ったように、呆然と立ちつくしている。
「―――スコール?」
「あ、俺、何を言おうとしたんだろ…?ごめん、忘れちゃったみたいだ…」
「???」
スコールは何事もなかったように、エルオーネの繕った上着をまとう。
「思い出したら、また知らせるよ…」
どうもすっきりしない口調だが、エルオーネは素直に了承する。
「ええ、分かったわ」
授業終了の鐘が響き渡る。それを期に、この話は「ここまで」とされた。
「俺、次の実技の指導にあたらなきゃならないから…。エルオーネはいつまでガーデンにいられるんだ?」
「分からないわ…。私、別に仕事を持っている訳じゃないから」
我ながら自嘲めいた言葉だと思った。そんな歳を取っているつもりではないが、自分のしていることはお迎えを待つ老婆の如く、地味で代わり映えのしないものだったからだ。
「それならしばらくガーデンにいればいい。なんて言うのか、あんたがここにいてくれると―――」
「―――なあに?」
「なんて言うのか、側にいてくれるだけ安心できると言うか…」
「私はスコールにとって"身内"ですものね」
どういう訳か、またしても自嘲めいた口調だった。スコールは、困った顔をしてエルオーネを見つめている。
「いや、そう言う事じゃなくて…」
「?」
スコールが何か大切なことを言おうとしている。エルオーネは緊張して、思わず姿勢を正してしまう。
「俺にとってあんたは―――」
「おーい、スコールー!!!」
背後からゼルが走ってくるのが見えた。
「な〜にのんびりしているんだよ!後輩より早く実技の現場にいるのが常識だろ!?あっ、エル姉ちゃん!遊びに来てたんだ!昨日はどうも!!」
ゼルは忙しなくエルオーネに挨拶をし、スコールを急かしながら元気いっぱいに走り去っていった。
そんなゼルを見送り、スコールは大きなため息をつく。
「スコール?」
「まぁ、ゆっくりしていってくれよ。晩飯は是非一緒に」
少し諦めたような顔をし、スコールはエルオーネに片手をあげ、ゼルの後を追っていった。


この所、リノアの機嫌は最悪だった。
理由を知っているだけに、"森のフクロウ"のメンバーは神経を尖らせてリノアに接していた。
取り敢えず、「アーヴァイン」と言う単語は禁句だし、彼に関わるものは全てリノアの目に触れないよう、耳に入れないよう細心の注意を払っているつもりなのだが…
「そうそう。武器屋のフェイちゃんがガルバディア・ガーデンに入園するって―――」
「ばかっ!」
なんて事はない世間話だったが、ゾーンとワッツは真っ青になって両サイドからその発言をした男の口を押さえたのだが、
「へぇ〜、フェイちゃん、ガーデンに入るんだぁ〜〜〜」
時既に遅し、眉間に深く皺を刻み、こめかみを震わせているリノアが、何とも言えない笑顔で振り向いた。
『―――怖いっ!!!!』
"森のフクロウ"の男共は、抱き合って部屋の隅で震えている。そんな彼らの様子を、リノアは少々呆れた顔で見ていたが、
「―――ねぇ、ゾーン…」
「なっ、何だよ!」
思わず身構えるゾーン。「腹が痛い」はもうリノアに通じないことを、彼は悟っている。
「わたし、寝る。起こさないでね」
「あっ、ああ。お休み…」
アンジェロを引き連れて、リノアは自分の部屋へと向かう。ようやく、男達に安息の時間がやってきた。
「ふぅ〜、参った参った。今回の喧嘩は本当に最悪だな…」
冷や汗を拭いながら、ゾーンは一同に振り返る。
「本当ッスよね。今までだったら、すぐにアーヴァインが謝りに来て、万事OKだったッスよ…」
「まぁ、見かけ通りいい加減な奴だったんじゃないのか?ああ言う男は、簡単に信用しない方がよかったんだよ…」
「そんなもんッスかねぇ…」
「リノアも、男を見る目がないというか―――」
ゾーンは最後まで言葉を言い切ることなく、床とご対面する羽目になった。
「男を見る目がなくて悪かったわねぇ!」
怒りの形相のリノアはそのまま気絶したゾーンを跨ぎ、運転を務めている男に近付き、
「ティンバーに戻ってくれる?セルフィが遊びに来てくれたみたいだから」
「はっ、はいっ!」
「それからねぇ、ワッツ」
「はっ、はいっ!」
リノアは大きな荷物をなぜか用意している。
「―――旅行ッスか?…イテテテ…」
"旅行"の前に"傷心"を入れそうになり、ワッツは慌てて舌を噛んでいた。
「しばらくお父さんの所に行って来るわ。前々から『来い』ってうるさく言われていたから。だから後のことよろしく…」
それから先、リノアは何も語らず、ティンバーで列車を降り、そこに立っていたセルフィと何か笑いながら言い合い、その場を去って行った。
「さっきまであんなに怒っていたのに、今は愉しそうに笑ってる―――女の子は分からないッス…」
リノアの後ろ姿を見送り、ワッツは思わず哲学の領域に入ったような気すら感じていた。

せっかく訪ねたのに、カーウェイ大佐は不在だった。
それでも、カーウェイ邸の使用人達はリノアの訪問を喜び、セルフィも思い掛けない歓迎を受け愉しかったのだが、無理をして笑っているリノアの姿を見ると、やはり心苦しいものがある。
「アーヴァインなんて大っ嫌い!」と言っても、彼女が本心からそう思っているようには見えないし、スコールとよりを戻そうとしているなんて、思いつきもしない。
それに、何も悩みがなさそうなセルフィにも、人には言えない悩み事があった。キスティスやカドワキ先生に相談できない、とても小さな、それでいて日に日に大きく膨れ上がっていく不安…。
「ねぇ、リノア…」
「ん〜〜〜?」
リノアはもう寝る時間だと言うのに、大きく切り分けたアップルパイを口に頬張ったまま、セルフィに振り返った。
「セルフィも食べなよ。これ、じいやが焼いてくれたやつなんだけど、わたし、これ以上においしいアップルパイを食べたことないんだ♪」
セルフィは小さく「うん」と頷き、
「ねぇ、アービンのことは…」
「どーでもいいわよ!あんな奴!!!」
投げ遣りにリノアは言い放った。
「あんな浮気者、その女に熨斗をつけてくれてやるわよ!―――安心してよ、セルフィ。アーヴァインと別れたって、スコールに『付き合って』って言うつもりないから。あっ、ちょっかいぐらいかけるかも知れないけど」
案の定、強気な発言にセルフィは思わずため息をついた。
「本当にどういうつもりなのかな?今までは正直に自分の浮気を認めてきたのに、今になって…。やっぱり、魔女とは付き合えないって事なのかな?」
「そんな事…」
「―――魔女より、普通の女の子の方がいいって…」
涙声になってきたリノアの手を思わず握り締めてしまう。彼女もその手を握り返し、静かに嗚咽し始めた。
「それだったら、最初からリノアにかまわなかったと思うよ?」
「きっとわたしに同情して…。アーヴァイン、優しい人だもの…」
それから先はのろけ話だった。覚悟はしていたものの、これだけのろけられると聞いている方が疲れてきて、意味もなくアーヴァインに殺意を抱いてしまった程だった。
いつものように、リノアはアーヴァインがどれだけ優しい男性かを語りまくり、同年代の男共に彼ほど優しい人はいない、スコールはあらゆる面でアーヴァインより優れていたが、優しさだけは敵わなかった…等々。挙げ句の果てには、「今思えば、何で最初からアーヴァインを選ばなかったのか?」とまで言いだし、セルフィは眉間に皺を寄せてしまった。
「―――それじゃ、リノアはやっぱりアービンのこと好きだし、信じてるって事なんだ」
「当然よ!彼はわたしに嘘をついたことなんてないもの!」
と、威勢良く言ったものの、すぐにその顔は曇り、
「―――でも、今回でわたし達も終わりかも知れないけど…」
どんよりと落ち込み始めたリノアに、セルフィはできるだけさり気なく提案する。
「それだったらねぇ、エルオーネにあの日のアービンに送ってもらうのはどうかな?」
「えっ?」
合点のいかない顔をしているリノアに、さらに
「もしかしたら、アービン、変な女に騙されているのかも知れないよ?だから、リノアに本当のことが言えないんじゃないかな?あたしは、そうじゃないかって思うけど…」
「そっかぁ!エルオーネにあの日のアーヴァインに送ってもらえば、本当のことが分かるのね!?彼を救ってあげられるかも知れないのね!?」
リノアの顔がたちまち希望に輝く。この勢いだと、今から「ウィンヒルに行く!」と言い出しかねない。
「それじゃあ、早速明日…」
しかし、リノアはすぐに暗い顔になり、首を横に振る。
「―――やっぱり、行かない…」
「どーしてぇ!?」
舌を出して笑うその顔は、青ざめ、今にも泣き出しそうだった。
「―――怖いの…。もし、エルオーネにあの日に送ってもらって、アーヴァインの目の前にいる人が…普通の女の子で、アーヴァインのことが好きで、彼もその女の子に惹かれているとしたら…?」
「…」
「もしもそうなら、わたしは黙って身を退いた方がいいんじゃないかって確認するのが嫌だし、怖いの。だって、スコールの時も―――!ごめん、何でもない…」
嫌な沈黙が部屋の中を満たした。リノアは、自分でそれを拭い去るように明るい声でベッドに潜り込んだ。
「ねぇ、もう寝ようよ!明日、早起きして遊びに行こう!あっ、レンタカー借りてドライブしない?う〜ん、ショッピングって言うのもいいなぁ…」
「そうだね〜、もう寝ようか」
セルフィもにこやかに、ベッドに潜り込む。
「お休み!」
「おやすみぃ」
電気が消され、辺りは暗闇に彩られる。
それでも、窓の外には華やかに輝くネオンが見え、セルフィはそれを眺めながら、どうしても考え込んでしまう。
―――スコールの時…その言葉に、セルフィも胸が痛んだ。
リノアはいつも悩んでいた。彼女のことは二の次で、任務第一に考えているスコールの事を、自分が魔女である故に、一時の気紛れで自分を好きになったものの、冷静になってみて、とんでもない女を彼女にしたものだと後悔し、自分を避けているのでは?と。
顔を付き合わせれば、喧嘩ばかり。宥めようとするスコールと、それを振り払い、感情のままに喚くリノア。「喧嘩するほど仲がいい」なんて楽観できるような光景ではなかった。
「どうしたらいいんだろう?」
任務の最中、ぽつりぽつりとスコールから漏らされる愚痴に、セルフィは「そんなの〜、リノアだって本心から『大っ嫌い!』って言ってる訳じゃないって!」と、言い続けてきた。その度にスコールは静かに笑い、「ありがとう」と呟く。
そんな彼の姿を見続けてきたのだ。自分の前だけ、弱みをさらけ出した男を愛おしいと思う感情に、何の間違いがあったのだろう。
そして、リノアも。
疑心暗鬼に捕らわれた時に、優しく慰めてくれた男に心惹かれたのが、いけなかったのだろうか。
―――あの時、確かに自分は一瞬ではあるがリノアを憎んでいた。これほどまでにスコールに想われながらも彼のことを理解せず、我が儘を言っている無邪気な魔女を。
『あたしがリノアだったら、あんな無茶言わないのに!スコールの事、笑顔で送り出してあげれるのに!あたしが、もしリノアだったら―――』
眠れない夜に考えていたのは、いつもスコールの事だった。それが単なる"友達"や"幼なじみ"レベルの感情ではないと分かってからは、自分の気持ちを抑えるのが大変だった。
リノアがスコールと別れ、スコールが落ち込んで部屋に籠もっている時、セルフィは調度ガーデンに遊びに来ていたエルオーネとキスティスに自分の気持ちを打ち明けた。
「あたし、スコールの事が好きだよ〜〜〜!!!」
キスティスはとても驚いていたし、エルオーネはにこやかに「そうなの…」と言っていた。
2人に散々愚痴を聞いてもらって、晴れやかな気分になっていた次の日、セルフィはスコールに呼び止められ、今まで愚痴を聞き続けた事に対する感謝と、「俺と付き合ってくれないか?」と交際を申し込まれ、上擦った声で「はいっ!」と答えていた。


ぽつんとまたセルフィの胸の中に不安が広がる。
あの時は舞い上がっていて考えつきもしなかったが、冷静になってよく辺りを見回してみると色々なことが見えてくる。
「―――セルフィ?」
「ん…なあに?」
「眠れないの?」
「うん…。色々考えちゃって…」
ため息が大きかったのだろうか?リノアが心配げな顔で、こちらを窺っている。
ぱちんと電気がつき、リノアが何かを作り始めている。
「実はわたしも眠れなくて…。一杯、付き合ってね」
やがてセルフィの前に、ブランデーの香る紅茶のカップが運ばれてきた。
そのまま2人は何も喋ることなく紅茶を飲み始め、セルフィはおもむろに先程リノアが勧めてくれたアップルパイを食べだした。
『あっ、こんな時間に間食したら太る…』
最近、ウエストが太ったような気がする。そんなちょっとした変化を、スコールが分かるとは思えないのだが、気になってしまう。
『やっぱり、目に見えて「太った!」って感じにならなきゃ、分からないだろうな…』
スコールは戦闘に関しては、スペシャリストとも言える知識を持ち、ちょっとした戦況の変化には異常に敏感なのに、「やはり」と言うべきか、その他に関しては相変わらずの鈍感ぶりを発揮している。
新しい服を着ていても、お洒落な小物を身につけた時でも、「何か言ってよ!」と言う光線を惜しげもなく送っているというのに、彼がそれに気がついて、何かコメントをしてくれたことは全くない。
『それがまぁ、可愛いと言えば可愛いんだけど…』
そう思い直した時、セルフィはある事実を思い出し、愕然としていた。
『違う、スコールが鈍感だなんて違う。スコールは"あの人"だけには―――』
「ねえ、セルフィ」
同じようにアップルパイを頬張っていたリノアが、紅茶のおかわりを注ぎながら不意に訊ねる。
「スコールは任務なの?」
何て事はない質問だった。それなのに、セルフィの双眸からどういう訳か涙がこぼれてきた。
「セ、セルフィ!?」
急に泣き出したセルフィにぎょっとして、リノアは慌ててティッシュの箱を持ってきた。
「どうしたの?スコールと何かあったの!」
「違う…」
「じゃあ、どうして…」
以前、スコールと付き合っていたリノア。彼女は一度も感じたことがないのだろうか?自分が今、抱えている大きな大きな不安を。
「今日、スコール、ティンバーまで一緒だったの…」
「へぇ…?」
穏やかでないものを感じ、自然とリノアの顔も険しくなる。
「なによ、列車の中で喧嘩でもしたの?」
「ううん…。『愉しい休暇を過ごせよ』って…」
「なによぉ、のろけてるの?その涙は、『幸せすぎて怖い!』ってヤツ?」
自分の笑い声が、寒々しく部屋の中に響く。リノアは軽く咳払いをし、
「それで、スコールはどこに行ったの?」
「―――ウィンヒル…」
声はか細く聞き取りにくかったが、リノアにとって知らない土地ではなかった。
「なぁんだ、エルオーネの所に行ったの?」
それでセルフィは強く彼女の元に行くことを勧めたのかと、納得をしたのだが、セルフィが泣いている理由がどうにも掴めない。
首を傾げて考えていると、セルフィがどこか諦めた口調で、
「やっぱり、リノアもそう思う?」
「えっ?何を?」
それに対して彼女は何も答えず、「お休み」と小さく呟き、ベッドに潜り込んだ。
『???―――何かわたし変なこと言ったかなぁ…?』
リノアもベッドに潜り込んで、思案してみた。
エルオーネと言えば、かつてはその能力のために追われる身であり、スコール達が魔女アルティミシアを倒したことによって、その宿命から解放された女性である。
さらには、孤児院時代におけるスコールにとって唯一の"肉親"的存在であり、それは現在まで継続していると言っても過言ではあるまい。
『―――ぬくもりを与えてくれた人だって、スコールも言っていたし…』
その記憶があったからこそ、スコールは完全に人との関わりを絶てなかったのではないのだろうか?
冷めた素振りを見せながらも、どこかで人との交流を求めていた―――この解釈は当たっていると思う。
『セルフィ、スコールがエルオーネの所に行くのが嫌なのかな?』
口ではそう言わないが、暗にそう示唆している気がする。
『まぁ、いいか。取り敢えず、明日はウィンヒル行きに決定!』
アーヴァインとのことも、はっきりと自分の目で見極めれば、納得のいく答えを引き出すことができるだろう。
そう決めると、ホッとしたのか、お腹が一杯になっていたからかは分からないが、瞼が重くなってきて、リノアは眠りにつくことができた。
一方、セルフィは相変わらず眠れていなかった。
どうしても、考えずにはいられないことだった。キスティスが指摘しなければ、セルフィも何も感じずに見逃していたかも知れない。
「―――スコールはエルオーネの事に関しては敏感なのね…」
お喋りの中で何気なく飛び出たこの言葉。それを聞いてしまってからは、いちいちスコールの行動を過敏になっている自分が情けなくてしょうがない。
『冷静になって考えてみれば、なんでもない事なのに…』
それでも、考えてしまう。
スコールが自分と付き合おうと思ったのは、本当に彼の意志なのか?それとも、エルオーネから「セルフィはあなたが好きなのよ。彼女をこのままにしておくの?」とでも言われたからなのか?
いつまでも、答えの分からない思いを抱えながら、セルフィは今日何十回目かのため息をついた。