以前のつぶやき




今日は39年前に49歳で亡くなった父親の誕生日です。
甘いものが好きだったので、仏前にケーキと大福とバナナと菓子パンを供えました。

右の写真は昔当地区にあった青年会での写真です。お祭りの時に会の皆で写したもののようで、一部を切り取りました。
20歳くらいなのでしょうか・・・、はっきりしませんがなかなかの好青年だと思いませんか?。

(2018年1月31日)

祖父が亡くなって39年経ちます。
頑固者で、酒が好きで、涙もろいお爺さんだったという印象です。若い頃がどうだったかはよくわかりませんが・・・。
そんなわけで酒を供えて、一緒に一杯飲みました。

(2018年1月22日)

フレンチトーストは好きな食べ物の範疇ですが、その割に口にする機会があまりありません。
スーパーなどで買い物かごに商品を入れれば、簡単に食べられるのに・・・。

何となく、先日自分で作ってみましたが、 ふわふわ・しっとりで思いがけず美味しくできました!。(少し焦げてしまいましたが・・・)
牛乳の入れ具合で自分好みのものが作れそうで、良いかもしれません。

(2017年12月6日)

父親の祥月命日、いままで母親に任せっきりでした。
今年は母親が供養できないので、代わりにその真似事をしましたが、納得してくれたかな・・・。
いや、今まで何もしなかったので怒っているカモ・・・。

詳しくは父親の祥月命日でどうぞ。

(2017年6月8日)

--- 抒情歌 埴生の宿 ---
埴生の宿も 我が宿 玉の装い 羨まじ
のどかなりや 春の空 花はあるじ 鳥は友
おお 我が宿よ たのしとも たのもしや

「埴生の宿」は、「土の上にむしろを敷いて寝るような粗末な小屋。また、赤土を塗ってつくった小屋ともいう。みすぼらしい家。」のことですね。

我が埴生の宿も、春や秋は言うまでもなく歌の文句のようなのですが、冬は隙間風が吹き荒れてけっこう厳しいのです。

それでも、親が残してくれた「楽しく 頼もしい」、かけがえのない我が家なのです。

(画像は昭和47年2月20日のもの、家と父母・祖父母が頼もしい!。)

(2017年1月22日)

今年は祖母の33回忌の年で、先日その日を迎えました。

法要はお寺さんに相談したうえで、数年前に父と祖父と一緒にやらせてもらっていました。身内だけのささやかなものです。
ですから、今回の祥月命日には祖母が好きだったインスタントラーメンとシチューを作って供え、これまた好きだったアンパンとぼた餅といなり寿司も用意しました。
貧しい時代の人だったから、インスタントラーメンさえご馳走だったわけで、それを食べながら「うんめぇのぉ(美味しいね)」と言っていたのを思い出します。それらのものは父も祖父も好きだったな・・・。
仏壇の前で、皆で食べました。
(2016年11月26日)
とても久しぶりに、3歳くらいの時の写真を見ました。
60年近く経っているのですから当然かもしれませんが、「いつの時代の人なの?。」という感じ・・・。
以前、NHKのTV番組(敗戦後のことを取り上げた番組)の予告で「当時の人達は今では考えられないような生活をしていました。」というナレーションを聞きましたが、正にそんな思いです。
(2016年11月7日)
さつま芋、落花生、大豆、里芋・・・、今年もいろんなものを植えましたが、それらも収穫にこぎつけました。
雪国の当地では豊作かどうかもさることながら、時雨れる前に農作業を終えてしまいたいというのがあります。
特に落花生や大豆などは乾燥・脱穀などの後工程があるので余計に気になるところですが、ホッとしています ^^;)。
畑に残っているのは大根とネギくらいかな・・・。(2016年11月3日)
昨年まで母親がやっていた里芋栽培、今年初めてやってみました。
で、今日試し掘りをして、里芋の煮っころがしを作りましたが、とても美味しい!。
(2016年10月15日)
美味しいイチジクを食べたかったら自家栽培すべし!。
数年前からイチジクの木を植えていて、毎年この時期に美味しいイチジクを食べています。
生食になりにくい品種はジャムにしていますが、たくさん採れたので沢山のジャムを作りました。
これまでに煮込んだイチジクの総量は、およそ8.5Kgです。
ジャムを買いたいという方、要相談です・・・。(2016年10月13日)
最近よく病院に行きます。
当然と言えばその通りなのですが、看護の仕方や患者・家族への対応って、病院によって違うものなんだとは思います。
しかし、それにしても、同じ系列の病院なのに・・・。(2016年9月28日)

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