それは私が某大学へアルバイトに行っていたときのこと。長い夏休み明けにいつも通る交番の前を通ると、もともとは白犬なんだろうけど、薄汚れてうっすらグレーの毛並みをした、それこそ古い犬のぬいぐるみのような犬が居た。
 落ち着きがなくて、何と言うか「困ったような顔」をしていて、その上少々愛想ナシの気はあったけれど、まあ、ちびこいからころがして遊びやすかったので(!)犬猫好きの人間としては行きも帰りも見かける以上知らんぷりはできず、その犬・通称シロ(この頃はシロだった。白いから)を、わしわしと5分10分遊んでから帰路につくのが日課になった。
 数日が過ぎて、いつものように帰り道すがら交番の入り口で、残暑の陽気にぐでーっとだらしなくなっている犬を呼び寄せて遊んでいると、ふと視線を感じ顔を上げると、交番の中からお巡りさんが机の前に腰掛け、腕組みしながらじーっとこっちを見ているではないか。・・・・・・普段は巡回に出ていて留守なことが多いのだがその日は珍しく中に詰めていたのだ。
”いじめたら承知せんぞって睨みをきかせてんのかな”
とか思いながらも気にせずそのまま犬をなでくりまわして遊んでいたのだが、と、突然そのお巡りさんががたん!と立ち上がりずずいとこっちへ向かって歩いて来る。
特にやましいことがなくても、お巡りさんのターゲットフレームに入るのって勇気がいるではないか。おまけにこのお巡りさんかなりのマッチョで、その威圧感あるや3割強増しだった。
そのマッチョなお巡りさんがタ○ミネーターのごとく私の横にぬーっとつっ立ったもんだから、気のちっちゃい私はめちゃくちゃビビった。
”ひえええ!なんだなんだ私が一体なにをしたー!!”
思わず立ち上がって体を固くして身構え、
「ななな、なんでしょうか!?」
そうたずねるとお巡りさんはどえらく真剣な表情と生真面目な声で、
「その犬飼ってくれる人、いないでしょうーか!?」
そうのたまった。
一瞬何を言われているのかワケが分からず、
「はあ?だってここで飼ってるんじゃないんですか……?」
つい頓狂な声を上げると、
「いえ、この犬、実は迷い犬なんです。うちで預かってるんです」
そう言ってお巡りさんは、その犬がこの交番にやってきたいきさつを話し始めた。

「この犬、先月この下の川沿いの土手近くで、うろうろしてるところを保護されたんですけどね。見つけた人がご自分の飼い犬と一緒に1ヶ月位飼ってたんですけど、散歩中に巡回してた私について来ようとしたんで、その方が“お宅なら飼い主も見つかりやすいかもしれないから”っておっしゃるもので、それで、うちでしばらく預かることになったんですよ」
ふんふん、なるほど。そういうことか。
「てっきり、ここでお飼いになってるのかと思ってました」
「いやー。ここにほら、張り紙はってあるんですけどね」
私がそう言うと、お巡りさんは苦笑いをしながら掲示板を指さした。(そんなものは視界の端にも入れずに毎日転がして遊び倒していた私(汗)掲示板の張り紙には、
「迷い犬。1才〜3才雄。1ヶ月位前に保護。飼い主の方、あるいは里親になって下さる方を探しています……」
確かにそう書いてあった。そうか、そもそも交番の飼い犬ではなくて迷子の預かりっ子だったのか。

 しかし、いざお巡りさんの所で預かりっ子になってはみたものの、一向に元の飼い主が名乗り出る気配はなく、お巡りさんの方でも暇をみては電柱に迷い犬の張り紙が出ていないか、保健所に該当する犬がいないか問い合わせてみたりもしけれどまるで手掛かりなし。・・・・・・この犬、保護された時に黒い首輪はしていたけれど、手掛かりになる鑑札も迷子札もついてなかった。それに預かりっ子の期間中にお巡りさんの奥さんがお散歩させてても、
「あー、どこどこの○○ちゃんだー!」
とかいう具合に、誰一人として顔見知りにでくわさないというのも不自然な話だ。ということは、マンションでこっそり飼われていたのが、引っ越しか何かで飼えなくなって、歩いて帰って来られないこの辺に車で捨てに来たとか。いずれにしろ、迷子じゃなくて捨て犬ならば、飼い主があれわれる、ということはまず無い訳だ。

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