| 幹也： | そう言えば橙子さん、魔術を使う時に決まった呪文とかって必要なんですか？ |
| 橙子： | 随分と唐突だね、黒桐。お前は魔術には興味が無いんじゃなかったのか？ |
| 幹也： | いえ、その、昨日、友人の家に泊まったんですよ。で、ＲＰＧやらせてもらったんですが、それに出て来るウィザードってみんな呪文で魔法を唱えてたから、橙子さんの場合はどうなのかなーって。 |
| 橙子： | （にやにやして）なるほど、道理で今朝のあの二人の機嫌が悪かった訳だ。 |
| 幹也： | 橙子さん？聞いてますか？ |
| 橙子： | ああ、聞いてるよ。だが残念ながら答えはノーだ。私達に決められた呪文というのは存在しない。まあ、唱えなければならないのは確かだが。 |
| 幹也： | えーっと……どういう事ですか？ |
| 橙子： | 魔術にとって呪文とは、その個人による自己暗示に他ならないって事だよ。 |
| 例えば、風を起こす魔術がある。これは一つの武器と同じく、初めから性能が決められた力だ。どんな魔術師が使用しても効力は変わらない。ただ、詠唱だけが異なる。 | |
| 呪文の詠唱というのは自己の体に刻み込んだ魔術を発言させる為のもので、その内容には魔術師の性質が濃く表れるんだ。その魔術の発言に必要となる意味合いと定められたキーワードさえ含まれていれば、細部は各魔術師の好みによるからね。 | |
| 大袈裟で芝居掛かり、自己に陶酔しやすい魔術師の詠唱は長い。だが長く意味付けをする分だけ、威力が増大するのも事実なんだ。自己にかける暗示が強力であればあるだけ、自己から引き出す能力もまた向上するのだから。 | |
| まあ、大がかりな長さでなく、必要最低限の韻を踏み、また、自己の精神を高揚させる言葉を胎み、詠唱そのもの発音に二秒と時間を必要としない、なんてのが一流の魔術師の詠唱だろうけどね。 | |
| 幹也： | えーっと、良く分からないんですが、魔術師にとって呪文というのは自己暗示だから、何でも構わないってコトですか？ |
| 橙子： | まあ、簡単に言うならそういう事だ。極端な話をすれば自己暗示の役目を果たせば発音が間違っていようが、本人以外に意味がなかろうが、構わないのさ。さて、そんな事よりコーヒーを入れてくれないか？お前と話してたら喉が渇いてしまった。 |
| 幹也： | ああ、はい、分かりました。……？どうして笑ってるんですか？ |
| 橙子： | （笑いを噛み殺しながら）いや何、どんなに呪文がいい加減で良くても喉が枯れてたら仕方がないと思ってな。 |
| ちゃんちゃん☆ |
| 士郎： | あ、セイバー、ちょっと質問があるんだけど。 |
| セイバー： | どうしたのですかシロウ？ もうすぐ午後の鍛錬の時間ですが……。 |
| 士郎： | いや、ふと思ったんだけど、セイバーってイギリス人だよな？ |
| セイバー： | ええ。もっとも、この時代のイギリスとは異なりますが。 |
| 士郎： | まあ、そうだろうな。で、なんで日本語を普通に喋れるんだ？ |
| セイバー： | （冷たい目で）シロウ。貴方は魔術師として今まで何を勉強してきたのです？ |
| 士郎： | （脅えて）えーと、俺は魔術師じゃなくて魔術使いなんだけど……。 |
| セイバー： | そういう話ではありませんっ！！ 超越種の言語に関する問題など、魔術師としては基本でしょう！ |
| 士郎： | そ、そうなのか？ 俺、習わなかったけど……。 |
| セイバー： | （溜息を吐いて）仕方ありませんね。大雑把な話でよければ私がしましょう。 |
| 士郎： | う、うん、頼む。 |
| セイバー： | わかりました。さて、超越種と呼ばれる存在の中には、自然の延長としての精霊、人間の延長としての英霊、信仰に関わる神霊の三つが存在し、このうち二番目が人間側の抑止力であり、主にサーヴァントと呼ばれる存在になる、とここまではよいですね？ |
| 士郎： | えーと、その……人間側の抑止力って何だっけ？ |
| セイバー： | 人間という種全体の統一意志の具現化、と言われています。 |
| 例えば、私達人間の多くは死にたくない、長生きしたいという想いを常に無意識的に持っている。それを叶えるためにはどうしたらいいか？ 簡単なコトです。人間という種を滅ぼそうという要因を無くしてしまえばいい。 | |
| その想いが集まり、要因を滅ぼすため英霊という存在を生み出し、守護者という概念を創り出した。つまり私達英霊は人間の集合無意識の持つ力によって世界に存在し、聖杯とマスターの召還によってこうして肉を持ち、この場に現界している。もっとも私自身は本来は星（ガイア）寄りの存在ですが。 | |
| 士郎： | えーと、良く分からないけど、英霊ってのは人間の無意識が集まって出来てるんだ。でも、それがどうして言葉の問題になるんだ？ |
| セイバー： | だから、英霊が属しているのは全ての人間の集合無意識なのですよ？ どうしてそこに現代の情報や日本語の情報が無いと言えるのです？ |
| 士郎： | あ……。 |
| セイバー： | そういう事です。私達は既に聖杯によって取捨選択されたその集合無意識からの知識を予め持たされている。故に、最低限の現代に対する知識も持っているし、日本語も話せる。もっとも、細かい知識となると、直に聞いたり学んだりしなければ知りえない。 |
| 私が"デート"という言葉を知らなかったのもこれが理由です。まあ、多すぎる情報の吸収は個人の人格を磨耗させる。この程度で済んでいるのは寧ろ幸いと言うべきでしょう。実際、私達と違い環境から無尽蔵に情報を汲み上げる事が可能な精霊も、彼らなりに制限をしているそうですから。 | |
| 士郎： | （うーん、なんか難しい事延々語って煙に巻かれたような……）。 |
| セイバー： | 余談になりますが、バベル以前の英雄には日本語の知識すら必要ないそうです。何故なら彼らは分かれる前の言語――統一言語と呼ばれるモノをマスターしているそうだからですが――シロウ？ 聞いているのですか？ |
| 士郎： | あ、うん。聞いてる聞いてる。よく分かったよ、ありがとう、セイバー。 |
| セイバー： | （溜息を吐いて）では、そろそろ午後の鍛錬を始めましょうか。 |
| 士郎： | ああ、そうだな。早く終わらせてカレー作らなきゃ。 |
| セイバー： | カレー……ですか？ |
| 士郎： | うん。今日、教会から調査のために派遣されてくる人が来るらしいんだけどさ。その人がカレー好きらしいから作っておこうって。 |
| セイバー： | （真剣な顔で）シロウ。カレーとはどんな食べ物ですか？ |
| 士郎： | えっ！？ 知らないの？……ってああそうか、必要以上の知識は。 |
| セイバー： | （満足げに）分かっているではないですか。その通り、私は料理に関する知識は持ち合わせていません。 |
| 士郎： | うーんと、肉とか人参とか玉ねぎとかじゃがいもを入れて、香辛料を効かせてじっくり煮込んだスープ料理……かな？ ご飯にかけるとコレが凄くウマイんだ。 |
| セイバー： | （考え込むように）……ではシロウ、午後の鍛錬はお休みにしておきます。 |
| 士郎： | え？ なんでさ？ |
| セイバー： | カレーにはじっくり煮込む事が必要なのでしょう？ 士郎が美味しいカレーを作ろうとするなら、より多くの時間が必要の筈です。 |
| 士郎： | は、はあ、まあそうなんだけどさ……。 |
| セイバー： | （にこやかに）ではカレー、楽しみにしています。 |
| 立ち上がり、去っていくセイバー。 | |
| 士郎： | （呆れた顔で）セイバーって……言葉が通じなくても何処でも生きていけるんじゃないか？ |
| ちゃんちゃん☆ |