あれから一週間 ──


 シュー、ドドドドドドドドド......
 真っ白な煙幕をお供に従えて、おなじみ紅蘭の蒸気バイクが朝の銀座通りを突っ走る。
 ドッドッドッドッ.....キキィィィ!


 「よおし、着いたでぇ! あーあ、今日は安全運転でふかし方が足らんかったさかい、まだエンジンがぶつくさ言うとるで」
 「な、なんてスピード...寿命が3年は縮んだわ、ぶるぶる。でもすごい、相変わらず発明熱心なのね、紅蘭」
 「あたりまえや! こんなんまだ序の口や、もっともっとあるでぇ! えんかいくんに、まことくん...そうや、紅豚号もこんところええ感じやで!」

 尽きない紅蘭の話題ににっこりと微笑みながら、栗色の髪をなびかせて少女がひらりと後席を降りる。
 彼女はちょっとまぶしそうに、朝日に照らされた懐かしい大帝国劇場の姿を見上げた。

 「エリナぁ〜!」
 アイリスが両手をふって、玄関前の階段をとことこと駆け下りてくる。

 「アイリスー! 元気にしてたー?」
 「エリナ〜ぁ!」
 アイリスは最後の段からぴょーんと飛びはねてエリナの胸元に飛び込んだ。
 「エリナぁ! きゃははははっ!」
 「こ、こら、くすぐったいよぉ...うわ、見ないうちにずいぶん大きくなったなぁ、重いぞぉー」
 エリナが悪戯っぽい笑みを浮かべて、アイリスのほっぺをつんつんと突っつく。

 「アイリス。まだエリナは病院を出たばかりなのよ、飛びついたりしちゃだめ」
 ロビーで彼女の到着を待ちわびていた花組の面々が、玄関先にせいぞろいして出てきた。

 「大丈夫よ、マリア。怪我はなかったし、ただ大事をとるとかでずーっと寝てただけだから。みんなも元気そうね」
 「ようエリナ、久しぶりだな。なんだか今度は、とんでもないことになっちまったけどよ...」
 「でも、ほんと無事でなによりですわ。ご心配なく、あなたの留守中は花組のトップスタア・この神崎すみれが、しっかりとファンの方々を魅了して差し上げてましてよ」
 「ふふふっ! 相変わらずね、すみれさん。はいはい、ありがとー!」
 「まあ! なんですの、そのつっけんどんなご挨拶は」
 そう言うすみれのとんがった口も、思わずすぐにほころんでしまった。
 「そうそう、紹介しとかなきゃね。あなたが帰国してすぐに、花組にさくらが入団したのよ。ほらさくら、さくらったら」
 一人後ろのほうでかちんこちんになっているさくらを、マリアが前に押し出した。

 「あ、あの...えっと、し、真宮寺さくらです。よ、よろしくお願いしますっ!」
 妙にもじもじしながら、下を向いたまま何度も頭を下げるさくら。
 「こんにちは、さくらさん。エリナ・フジサキ・クライトンです、よろしくね」
 「は、はいっ...」
 (き、きれいなひと...)
 さくらの脳裏に、なぜか大神のでれーっとした顔が浮かんだ。

 「さあ、立ち話が長くなってもよくないわ。はやく中へ入りましょう」
 「そうだわ、米田支配人にご挨拶してこなきゃ...先に支配人室に行ってくる」
 皆のわいわいとはしゃぐ声が、がらんとしたロビーをにぎやかに彩る。毎週月曜は休演日、帝劇三人娘たちも今日はお休みなのだ。
 エリナは懐かしげに目を細めて、食堂に続く廊下を右に曲がって歩く。花組の面々がぞろぞろとそれに続く。

 支配人室の前に着いたところで、ドアの中から米田のダミ声が轟いてきた。
 「ばっか野郎っ! なんてザマだぁこいつはぁっ!!」
 「す、すみません...おかしいなあ、重負荷で演算誤りが出たのかも...」
 「おめえ、打ち込みの間違いか何かやらかしたんじゃねえだろうなぁ!」

 コンコン。

 「エリナ・クライトン、ただ今到着いたしました、入ってもよろしいでしょうかっ」
 「お、おお、エリナか。入れ入れぇ!」

 エリナがドアを開けると、机の上にのっかかった米田と、その脇で大神が困ったように頭をかいていた。
 「な、なんやねんな、今の騒ぎはあ」
 エリナの後ろから顔を覗かせた紅蘭があきれた調子で訊ねる。
 「何だもかんだもねえ。見てくれぇ、全部はずれだとよぉ! 各馬の血統から毎日食ってるエサの種類まで、あらゆる情報をかき集めたきの札に基づく勝ち馬予想が、よりによって全部はずれるたあよぉっ!」
 米田は手にした紙っきれ(確かに今やただの紙っきれなのだ)を、さぞ口惜しげにぱしぱしと机に叩きつけた。
 「ちくしょう、つ、次こそはこの雪辱を果たしてくれるわぁっ!」
 「...支配人、いずれにしても今度の帝都賞は駄目ですからね。来月は蒸気演算機が定期オーバーホールですから」
 「ぬぅあにいぃ!? こ、今度の帝都賞ったあ、どかーんと一発大穴出そうな勝負どころなのによぉ.....し、しまったぁあああ...」

 「ぷっ、ぷっくく、ほんと相変わらずですね、米田支配人」
 二人のやりとりに目をぱちくりしていたエリナがたまらず吹き出した。
 「笑い事じゃねえよぉ...まあ、まずはよく帰ってきてくれた、エリナ」
 「今回はずいぶんご心配をおかけしました。でも、もうこの通りすっかり元気ですから」
 「よかったよかった。もう船が沈んだなんて聞いた時にゃあどうなることかと思ったぜ。よく生き延びた」
 米田は少し目を細めて、エリナの肩をぽんぽんと叩いた。

 「そうだ紹介しとかねえとな。こいつが帝劇の受付モギリ、各種雑用使いっ走り、ついでに花組隊長の大神一郎だ」
 「どうも、お、大神です、よろしく」
 花組隊長はついでにされてしまった大神だが、そんなことには全然気が回らなかった。
 「こんにちは、エリナ・フジサキ・クライトンです。一度お見舞いに来てくださったんですね、あたし眠ってて気づかなくて...ごめんなさい」
 「い、いや、そんな...」
 差し出された右手を受け取って握手しながら、大神はまたかちんこちんになっていた。

 「はは〜ん」
 ニヤリと口元をゆがめた紅蘭が、背後に燃えさかる炎にびくっと振り向いた。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ.........

 大神を睨むさくらの眼が逆三角になっていた。
 こ、これは一波乱ありそうやわ...


 これからの毎日のどたばたの予感が、花組面々の心中に去来するのであった.....










 花組の面々の笑い声が廊下を去っていくのを、米田は静かに耳にしていた。

 ジリリン。
 机上の電話が鳴る。

 「.....私だ。
  .....ああ、今、着いた。元気そうだったよ、ぴんぴんしていた」

 《そうか...まずは無事でよかった。...やはり、奴らの仕業か》
 「ああ...おそらく」

 《駆逐艦二隻では護衛にもならんか...だが海軍にわしの無理を聞いてもらうのもあの程度が限度でな...》
 「第一水雷隊の帰投を遅らせてもらっただけでも救助が早かった。それより、今大所帯を繰り出すのはやめた方がいい。奴らに読まれる」



 「花小路さん」
 《何だね》

 「いつまであの子たちを──修羅の道へ追いたて続けねばならんのだろう.....」







第二集ヘ續ク

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続きのサクラ大戦−第1集第4部

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