冒涜の屍術師

 

 ガルガスタン人
 ヴァレリア島の全人口の七割を占める民族である。穏健派、急進派の二つに分裂している。ガルガスタン王国は、急進派のレーウンダ・バルバトスを指導者とする右派によって建国された国家である。
 バルバトス枢機卿は、ヴァレリア島南部をガルガスタン領にするため、民族浄化を掲げて、ウォルスタ人の排斥を画策した。だが、あまりに強引な政策のため、同民族内に反体制の穏健派を生じさせてしまう。それすら軍事力によって粛清したバルバトスは、独裁者である。独裁者が、最後に頼るのは恐怖政治なのだから。
 しかし、彼は、ウォルスタ人のために自治区を用意する。これは明らかに民族浄化政策に反する。考えられる理由は二つ。一つは、自治区はあくまで一時的な処置で、ウォルスタ人が集まったところでまとめて虐殺しようと企んでいた。二つ目は、穏健派を無視できなくなった。 どちらも正しいかもしれない。うるさい穏健派を押さえるためとりあえず自治区を作り、後でウォルスタ人、穏健派ともに排除しようと考えていた・・・。
 一つ目の理由だとしたら、ウォルスタ人の指導者、ロンウェー公爵を捕らえたことは戦略的に勝利したといっていいだろう。指導者を失ったウォルスタ人の多くは、猫の額ほどの自治区に足を運んだのだから。

 バルバトス枢機卿にとって、由々しき事態が発生する。ロンウェー公爵が、ウォルスタ人によって連れ去られたのである。致命的な失敗である。
 バルバトスは、数日中にロンウェー公爵を処刑するつもりだった。処刑の効果を高めるために、かつてのウォルスタ人領にしてロンウェー公爵が城主だったアルモリカ城で行うのは正しい。ウォルスタ人の戦意を完全に削ぐことができたであろう。だが、あまりにウォルスタ人を甘く見ていたようだ。
 アルモリカ城の部将バパールは、ロンウェー公爵処刑は偽情報と言っていたが、それは疑問である。公爵を処刑しないのなら、本拠地コリタニ城に置いておいた方が安全なのは言うまでもない。
 偽情報を流したまではよかったのである。確かにウォルスタ人(ゼノビア人まで来たのがバルバトスにとって不幸だった)がその情報に騙されやってきた。だが、アルモリカ城に公爵を置いておく必要はなかった。偽情報の効果を高めたかったのなら、公爵の偽物でもアルモリカに運んでくればよかったのだ。穏健派から引っ捕らえた政治犯に、公爵と同年齢の者が一人や二人はいただろう。その男なら、そのまま処刑しても何ら問題はない。
 そもそも、公爵をガルガスタンの手中にしておくだけで、ウォルスタ人はほぼ無力化できていた。処刑すれば、かえって反ガルガスタンの気運を高めることになるやもしれない。公爵を処刑する目的が見えてこないのである。
 所詮、バルバトスの政治能力はこの程度に過ぎなかった、ということか。


 デニムたちが公爵を奪回したアルモリカ城を含む、アルモリカ地方の監督官が、屍術屍ニバス・オブデロードである。ゼノビア人一行と別れた(させられた、と言ってもいいだろう)デニムたちは、彼を捕らえるためクリザローの町へ向かう。
 タインマウスの丘では、ゼノビア人の一人、カノープスの助けを受け、オルバ率いる一隊を撃破した。カノープスをデニム隊に向かわせたのは、ランスロット・ハミルトンであろう。また、カノープス本人も、息苦しい城勤めより、遊軍であるデニム隊に加わることを望んだのであろう。
 クリザローの町には、ニバスの部下モルドバがいた。彼女はニバスの弟子らしく、アンデッドを自隊に組み込んでいた。デニム隊が町に到着したとき、ニバスを追っていたレオナール隊の一人、ドナルト・プレザンス神父がただ一人、モルドバ隊と交戦していた。デニム一行は、神父を救出し、モルドバを倒した。レオナールたちは、モルドバの罠によってアンデッドにされかけていた。助け出された後のレオナール言葉は次のようなものだった。
「不意をつかれ、このざまだ」
 レオナールは、アルモリカ騎士団団長である。ウォルスタ解放軍の軍事的な主将といってよい。彼は、ロンウェー公爵の右腕という、解放軍の要といっていい存在である。政治的手腕や個人の武力はいざ知らず、一軍の将としてはすこぶる無能と言わざるをえない。プロイセン王フリードリヒは言った。
「激戦による敗北は将の不名誉ではないが、奇襲を受けるのは万事に値する」
 奇襲を受けるようなマヌケな将は死んで当然、というのである。死を免れたレオナールは、幸運だった。マヌケな将に従わなければならない兵士こそ、真に不幸である。

 デニムは、ニバスを追ってクァドリガ砦へ軍を進める。
 軍をアルモリカへ返そうという意見がプレザンス神父からあった。理由は二つ。一つは、レオナール軍の兵力減少による、数的不利。もう一つは、いたずらに時間を費やせば、アルモリカが狙われる。
 だが、神父は知らない。今、アルモリカ城にはランスロットらゼノビア人が守りについていることを。デニムからすれば、敵の罠にはまるようなレオナールよりはよほど信頼できる人物だ。
 何より、公爵がデニムに下した命令は、ニバスの捕縛または殺害である。騎士として、主から申しつけられた目的を果たさないわけにはいかない。もちろん、それが可能な目的ならば、であるが。
 デニムは、多少の無理をしてもレオナールの失敗を自らの手で取り返そうとした、と言うこともできよう。
 ニバスを追うか否かについて、レオナールは、一度は失われた命だからデニムの意志に従う、と一見恰好の良いことを言っている。とても騎士団の長の言葉とは思えない。ただの責任放棄である。彼の軍事的才能は大したことないと言わざるを得ない。

 ニバスはデニムたちに言う。
「私はガルガスタン人ですが、この島の覇権などはどうでもいい。どちらが勝とうと知ったことではない。見逃してはくれませんか?」
 ニバスは、不老不死を求めて屍術研究に没頭している。その研究内容を問題としなければ、純粋の学者と言うことができる。その研究内容のため、死者が多数出る戦場を求めたに過ぎない。アナーキストな学者である。だが、革命に命をかけるデニムには理解できない。
「ふざけるなッ! 神をないがしろにし、死者を冒涜する邪悪な魔法使いめ」
 ニバスを追いつめるものの、結局は逃走されてしまった。だが、ニバスを追い払っただけで、アルモリカ地方の地盤を確固たるものにすることはできた。騎士団長の大失敗を挽回しての目的達成である。
 デニムの騎士としての初陣・初作戦は、大勝利・大成功であった。