暗黒騎士団

 

 暗黒騎士団。
 ランスロット・タルタロスを団長とするローディス教国の騎士団である。ゼノビア人ウォーレン・ムーンは、同騎士団について次のように語る。
「ロスローリアンはローディスの君主、サルディアン教皇直属の騎士団。16の騎士団の中では最強といわれ、教皇の信任も厚いとか。しかし、彼らの実務は隣国の情報収集であったり、秘密工作といった、公にはできない任務ばかり。暗黒騎士団とはそうした闇の諜報活動からついた名なのです」
 その実力は、すでに証明されている。バクラム・ヴァレリア国である。
 ブランタが、バクラム・ヴァレリア国を建国できたのは、ローディスとの密約による。バクラム人は、ヴァレリア島全人口の2割弱を占める少数派民族である。戦闘員の数は、ウォルスタ人とさほど変わらない。そのバクラム人をして島の北半分を占める国家を建国せしめたのは、暗黒騎士団である。ローディス教国からの間接的な援助はあったであろうが、直接的な軍事力としては、わずかに一騎士団の兵力である。
 その実力は容易に想像できよう。

 ウォルスタ人の指導者、ロンウェー公爵は言っている。
「肥った豚同然のバクラム人など敵ではない。しかし暗黒騎士団は強敵だ」
 戦争は、必ずしも兵数ではない。
 いかに兵力があろうとも、軍を率いる将が無能ならば勝利はできない。
 いかに将軍が軍事的天才であろうとも、率いる兵士の質が悪ければ勝利は難しい。(もっとも、先天的才能があれば、いくらでも質の良い兵士に教育できようが)
 暗黒騎士団は、将が有能で、兵士の能力、士気が高かったのである。
 裏を返せば、全人口の7割を占める多数派民族のガルガスタン人は、将が無能だったといえる。そのガルガスタン人に僅か半年で敗れたウォルスタ人は、兵数が少なかったのはもちろんだが、将が無能だったのである。レオナールが将では、そう言わざるをえない。


 クァドリガ砦から帰還したデニム一行は、公爵にねぎらいの言葉をかけられた。
 多大な功績からすれば当然である。問題は、レオナールの処遇である。信賞必罰は、指導者が最も頭を使わねばならないことである。罰を与えることは、権力の手段であり、権威の表現である。必罰をしなければ、指導者としての権威を失う恐れすらある。
 ニバス追撃戦で、レオナールは致命的な失敗を犯した。自ら述懐している。
「公爵様からお借りした大切な兵を大勢失ってしまった」
 ウォルスタ解放軍はただでも兵力に乏しい。それなのに、ニバスの部下に奇襲を受けるなど愚の骨頂である。当然、罰されなくてはならない。だが、特に罰はなかった。それどころか、重要な任務を与えている。
 軍隊というのは、敵に勝つために存在する。そのためには、強力でなくてはならず、能力主義でなくてはならない。ロンウェー公爵にとって、いかにレオナールが信頼できる右腕であっても、一軍の将として失敗した以上、軍人として罰さねばならない。それができない公爵は、レオナールとなれ合っていると見られても仕方がない。
 政戦の頭がこの二人では、ガルガスタン相手に勝てるわけがなかった。

 レオナールは、公爵より暗黒騎士団への密使の任を受ける。デニム一行は、その警護につくことになった。ロンウェー公爵は、ガルガスタンとの全面戦争を前にして、暗黒騎士団と非干渉条約を結ぼうとした。
「ガルガスタンとの戦闘中、背後からバクラムに攻められてはたまらん」
 というのが理由である。
 ウォルスタ人に、対ガルガスタン・対バクラムの二正面作戦を展開するだけの兵力はない。当面の敵を、ウォルスタ人排斥を標榜するバルバトス枢機卿率いるガルガスタンに設定したのは正しい選択と言えるかもしれない。
 だが、ここで問題なのは、このことが漏洩すればウォルスタ人から支持を失う可能性があることだ。感情は、時に論理や合理を粉砕する。
 たとえ政治的には正しい行為であるとしても、ガルガスタンに勝利するという目的のために手段を問わぬ姿勢は、反発を生むだろう。故に、この任務では、信頼できる人物を密かに使者として送り、交渉にあたらせねばならない。レオナールを当てたその人選は的確であろう。この任務のために、あえて罰を与えなかったのかもしれない。だが、そのことによって、戦死した兵士の遺族や友人の怒りは、レオナールのみならず公爵にも向けられたことであろう。

 密使の人選は正しかった。だが、警護役にデニム、カチュアヴァイスをつけたのは失敗とは言えないまでも、最善ではなかった。彼らにとって、暗黒騎士団は復讐の仇である。素直に任務を遂行する保証は持てない。事実、この任務を与えられた彼らは不満を口にしている。
「バクラムはこの内乱の元凶ではございませんか。まして、ロスローリアンは親の仇。そもそも彼らがバクラムに加担さえしなければ、こんなことには・・・」と、カチュア。
「公爵様はローディスに屈するとおっしゃるのですか?」と、ヴァイス。
 デニムらは警護を承諾するが、公爵へ少なからず不満を抱いたはずだ。デニム隊は、解放軍にとってなくてはならない戦力である。彼らの支持を失うことは公爵にとって大きな痛手である。非干渉条約のことは彼らには隠しておいて、秘密裏に実行した方がよかったのではないか。デニムたちには「ゴリアテの英雄」としての人気を、民治のため活用した方がよかったのではないか。
 もしかしたら、いつかばれるのなら早くうち明けた方が信頼を失わないだろう、という考えから、敢えてデニムたちに警護を命じたのかもしれないが。

 この場で、公爵は余計な一言を言った。
「ゼノビアの王はローディスのようにヴァレリアを欲しておらんよな? ならば、我らの国づくりのため、ゼノビアの王もまた非干渉を約束してくれるはず。おっと、聖騎士殿には関係のない話であったな。これは失礼した」
 指導者には、望まずとも自然に多くの敵ができる。自ら作り出す必要がないくらい多くのである。
 ランスロットの支持を失いかねないこの発言は、失言というべきであろう。政治家にとって、言葉は命である。ウォルスタの行く末を決定する指導者として、ゼノビア人を疑うのは正しいとしても、それを口に出す必要はなかった。


 現実というヤツは、理想を目指そうとすればするほど、より高くより強固な壁となる。
 騎士という立場がデニムを苦しめはじめた。釈然としないながらも、デニム一行は、暗黒騎士団の駐留するフィダック城に向けて出発する。