バルマムッサは、ガルガスタン人によって造られた、ウォルスタ人の強制収容所がある町である。ここには、およそ5000人が収容されている。ウォルスタ人の指導者ロンウェー公爵は、彼らを武装蜂起させる命令をデニムに下す。
 収容所の警備兵を駆逐した後、デニムはバルマムッサ収容所にいるウォルスタ人の長老たちに武装蜂起をもちちかけるが、断固として拒否される。争いに疲弊した老人たちは、命を賭してまで自由を求めようとはしなかったのである。
 やがて、ロンウェー公爵の片腕レオナールがバルマムッサに到着した。

騎士レオナール
「話は聞かせてもらった。やはり説得は難しいようだな。いや、気にしなくていい。こうなることはわかっていたんだ・・・。
 よく聞いてくれ・・・。これから町の住人を一人残らず殺すんだ

デニム
「!!」

騎士レオナール
「こうなることを予想されていた公爵様のご命令なんだ」

デニム
「どうして? いったい、どうしてッ? 何故なんだッ、理由を教えてくれッ!!」

騎士レオナール
「公爵様はこう申されていた・・・」

 ロンウェー公爵の考えは以下の通り。

1 ウォルスタ人が、ガルガスタン陣営との戦いに勝つには、これまで以上に団結が必要。バ ルマムッサがガルガスタンによって滅ぼされたとあれば、他の自治区にいるウォルスタ人 も戦わざるえなくなる。(敵陣営による残虐行為を演出することで民衆の支持を得る)

2 バルマムッサでの虐殺という暴挙を、ガルガスタン陣営の反体制派が黙ってはいない。い ずれにせよ、バルバトス枢機卿は戦力をウォルスタとガルガスタン内部の反体制派に分散 しなければならなくなる。(敵陣営の内部分裂・戦力分散を狙う)

3 結果、ウォルスタ解放軍は、ガルガスタン陣営に対する勝機とバルバトス枢機卿を討ち取 る大義名分を得ることができる。

騎士レオナール
「・・・従ってくれるな? こうしなければウォルスタに明日はないッ!」

デニム
「(・・・わかっています。)OR(馬鹿なことはやめるんだッ!)」

 

僕にその手を汚せというのか

 この時、デニムは、ウォルスタ解放軍の正式な騎士となっている。
 デニムが、普通のウォルスタ人なら「イヤだ」の一言ですむ。だが、彼は公の地位を持った騎士であり、人々の期待を集めるウォルスタの英雄なのだ。デニムは思い知ったことだろう。人々から注目されればされるほど、地位が上がれば上がるほど、自分の決定が他人をも巻き込んでいくことに。だからデニムは迷う。感情のままに「イヤだ」とは言えず、
「僕にその手を汚せというのか」と。
 デニムは「戦いがイヤだ」とは言っていない。暗黒騎士団の団長を暗殺しようとした事実もある。性格はともかく、行動は過激だ。彼が生きているヴァレリア島の状況で、戦うことを避けるような人間ではない。
 デニムは、戦争での殺人を「手が汚れる」とは考えていない。人として許されない罪を犯すことを「手が汚れる」と考えている。
 人として許されない罪──同胞を自らの手で虐殺する。そんなこと誰もやりたくない。自ら行おうとするのは、狂人か、この時のロンウェー公爵のように残酷かつ冷静な理性を働かせる者だけだ。

 ウォルスタの未来を考えるなら、ロンウェー公爵の謀略は悪くない。圧倒的に数的不利のウォルスタ解放軍は、いわばゲリラであり、ゲリラにとって最も大切なのは民衆の支持を得ることである。「ガルガスタンによるバルマムッサ虐殺」を演出することで、解放軍はウォルスタ人から支持を得られる。また、ガルガスタン陣営を分裂させることもできる。
 だからといって、民衆を、それも同胞を虐殺していいのか。
 虐殺は、人道的な犯罪である。「馬鹿なこと」以外の何ものでもない。非難されても弁解の余地はない。もし虐殺に加担するならば、永遠の犯罪者となる覚悟を持たねばならない。歴史は、この犯罪を決して許さないのだから。

(この先、少々ネタバレあり。注意を要する。)

 虐殺に加担する、虐殺を拒否する・・・。デニムがどちらの選択肢を選んでも、彼はバルマムッサのことで苦悩することになる。デニムの意見に関係なく、ウォルスタ人によるウォルスタ人の大虐殺は行われてしまうからだ。加担すれば同胞の血で汚れた手は、一生元には戻らない。拒否しても、虐殺を止められなかった自分を一生責め続けることになる。
 この時のデニムは、歴史に関与することのできない、ただの騎士でしかない。バルマムッサの大虐殺で、デニムは己の無力を痛感することになった。それによって、デニムの人生は大きく動き始め、歴史に関わっていくのである。

リメンバー・バルマムッサ

「バルマムッサを思い起こせ!」
 ロンウェー公爵はこう叫んで、ウォルスタ人を鼓舞したのだろうか。
 私は、バルマムッサの大虐殺を見て、一つの言葉を思い起こした。
「リメンバー・パールハーバー」である。
 第二次大戦において、アメリカが対日本戦争において開戦の動機とした言葉だ。
「真珠湾の奇襲を思い起こせ! 卑劣な日本を許すな!」
 時のアメリカ大統領ルーズベルトは日本の真珠湾攻撃を事前に知っていた。なのに、ハワイのアメリカ軍司令官にそれを伝えなかった。ハワイを犠牲にして、日本人の「卑劣な行為」を自国民に宣伝。対日本に向けてアメリカ国民の士気は高揚した。

 ルーズベルト大統領は、ハワイの自国民を犠牲にして日本への敵意を煽った。ロンウェー公爵は、バルマムッサの同胞を虐殺してガルガスタンへの敵意を煽った。自ら手を下したか否か、という大きな違いはあるが、手段は同じだ。
 すなわち、同胞(自国民)を犠牲にした。
(日本が真珠湾を奇襲したのだから自業自得だ、と言う人もあろう。だが、ルーズベルトは攻撃を回避しようと思えばできた、そのことが重要なのである。この項で、日本の軍事行動の是非を問うつもりはない)