後ろの太極拳

弓歩(ゴンブ)の練習をしているとき,体重を前に移動する前に誰かに前の膝を押さえてもらいます。膝に相手の手が当たり,そこを「当たっているな」と意識すると,無意識のうちに自然に対抗しようとする力がそこに働きます。そうすると,その手の力に対抗することが難しくなります。つまり,「前脚で押す」という感じになり,肩や胸までもが相手のその手に向かって傾き,力で押そうとする体勢になるのです。

これは,太極拳でもっとも嫌う「力対力」の構図です。

では,どうすれば良いのか。相手がいないものと思って,いつも通り後ろ脚の力で弓歩をつくっていけば良いのです。目は遠くを見ます。上半身の力もすっかり抜いて,脚もゆるめて,ゆっくりと後ろ脚のかかとから踏みしめて体重を前に送ります。面白いことに,力で押そうとする時よりも,ずっと簡単に相手を押し返す力が働きます。相手は「柔らかいけれど,逆らえない力で押された」と言って崩れていきます。(これを「気の力」と呼ぶ人もいるようです。)
私が,このようなことをできるようになったのは,ここ2,3年のことです。それまでは,どうしても力が入ってしまっていました。

これは,弓歩だけのことではありません。起勢や野馬分ゾンなど,すべての太極拳の技術は,このようにゆるめた身体の後ろの方から力を送るという仕組みになっているようです。これを何とか指導している生徒さんにも伝えたいと思い,そうした身体の使い方を総称して「後ろの太極拳」と呼ぶようにしました。まだ,前の方にしか意識がいかない生徒さんに「あ〜,それはまだ『前の太極拳』だね〜。それじゃ,相手がスッと引くと,ホラ,倒れてしまうでしょう。」などと言うと,わかりやすいようです。

ただ,わかるのとできるのは違います。微細な身体の使い方が開発されないとできるようにはなりません。
たとえば,タントウでも太ももの後ろ側を使えるようにならないといけません。この頃,タントウをしていて,前の方の大腿四頭筋よりも,後ろ側の大腿二頭筋の方がより働くようになってきました。それによって,上半身の力が抜けて,頭頂がスッと上に伸びるような気持ちの良い状態で套路ができるようにもなってきました。

こんな新たな気づきがまだまだたくさん私の身体には眠っているのでしょう。これだから太極拳はやめられません。

(2003年3月22日)

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