「これ・・・何?」

「いいから、いいから。」

笑ってそう言う彼女の考えている事が、マジクには解らない。

彼女のやる事はいつだって突飛だ。

出会ったばかりの頃だって。

トトカンタで過ごした日々だって。

旅に出てからの今日までだって、それはいつもと変わらない。

彼女のやる事は、いつだって突飛だ。

押し当てられる彼女の柔らかな感触を感じながら、マジクはぼんやりとそう思う。

「たまには、こういうのもいいでしょう?」

耳元で囁かれるその不思議と甘やかな呟きを聴きながら・・・



そう言えば、彼女の声をこんなにも近くで聞いたのはもうずいぶん久しぶりなのだと、少年はそんな事を思っていた。






〜魔術士の憂鬱(仮)〜






「あの二人は姉弟かい?」

尋ねるウィノナの言葉は、この上なく的確な質問だとオーフェンは思った。

きょとんとこちらを見返す彼女の黒い瞳を見返し、それからその隣のもう一つの黒い双眸を一瞥し、そして南部のそれよりは幾分金のかかった宿屋の食堂を見回す。

客の入りは決して悪くなかった。

時間が時間だけに、かなり酔客の割合が増えてはいるが。

食堂内に置いてあるテーブルは数が少ないとはいえ全て埋まっている。

中々に繁盛している宿屋なのだろう・・・・恐らく。

会社帰りのサラリーマン風の男たちを横目にしながら、オーフェンは机の上の水の入ったグラスを指先で弾いた。

からんと妙に切ないような音を立てて氷が揺れる。

(例えば・・・他人から見た俺達って・・・どんなんだろな?)

運動系サークル所属のやけにでかい女と、目つきの悪いゴロツキもどき(自分で言うのもなんだが)。いまここにはいない貴族もどきの小娘と、子犬もどきのディープドラゴン、さらには最近ホームシックなんだかスランプなんだか微妙に覇気の足りてない紅顔の美少年まがいのヒョロい弟子。

(おまけに、下手に賢い復讐女のオプションも強制追加ってわけだ。)

アイスティーの入ったグラスを両手で包むようにしているロッテ−シャを盗み見て、オーフェンはため息を漏らした。

あの一件以来、彼女が問題行動を起こすような事は特にない。

ナッシュウォータを出た当初の思いつめたような表情はわずかに薄れ、クリ−オウあたりが相手だと時折笑顔を見せる事もある。

最も、こちらが期待したほどには吹っ切れた様子もなかったが。

(・・・ま、そんな簡単なもんじゃないんだろうよ。)

胸中で呟いて、オーフェンは小さく鼻を鳴らした。

彼女の怒りだかなんだかについては、あれこれ言うつもりは全くない。

所詮は他人事だ。

相手がよりにもよってあのコルゴンである事については、多少の興味を持ってはいるが。

どの道そんな事をいちいち心配してやる程の義理が彼女にある訳でもない。

思考を中断し、グラスに手をかけ、それを口につけながらオーフェンは上目遣いにウィノナを振り返った。

先ほどと全く変わらない姿勢と表情でこちらを見やっている彼女に肩をすくめて見せる。

「質問の答えだが・・・」

「うん?」

律義にうなずく彼女に掠れた笑みを誘われながら、オーフェンは続けた。

「そう言う話は、とりあえず聞かないな。だが・・・」

「おっと、回りくどい物言いは嫌いだよ。あたしはダミアンじゃないからね。」

「俺だって別に、あいつ等専門の評論家って訳じゃねぇけどよ。」

ぼりぼりと後ろ頭を掻きながら答えて、オーフェンは再度嘆息を漏らした。

「俺が知る限り、あいつ等の血縁関係はないはずだ。例えば数十代前の御先祖様が兄弟だったとか、マジクのやつがエバーラスティン家の隠し子だったとか・・・そう言うネタまでは責任もてないがな。」

「・・・訊いたのはただの好奇心さ。そこまで追求するつもりはこっちだって無いさね。」

「あ。じゃあ・・・」

肩をすくめてオレンジジュースを啜り始めたウィノナに変わって、今まで黙っていたロッテ−シャが不意に顔を上げた。

気にするように食堂の隅にある階段のほうを一瞥して、続ける。

「恋人とか。そんな感じじゃないんですか?」

「それは無い。」

間髪要れずに即答したオーフェンに、不満そうに眉根を上げて口を開いたのはまたもやウィノナだった。

「どうしてそうだってきっぱり言えんのさ?」

「見てりゃ解るだろ、ありゃあ・・・さすがに。」

うんざりと答えながら、オーフェンは最近遠ざかりがちな日常を思い浮かべた。

平和な日常。

平穏な毎日。

弟子は叫び声を上げながら辺りを駆けずり回って、

暴発小娘はいつものようにきゃんきゃん喚いて、

黒い悪魔はあたり一面を分子レベルで沸騰させて、

自分はおおむねその後始末に追われて生きている・・・。

(・・・って、日常ってそんなもんだったっけか?)

ふと自信がなくなってオーフェンは自問した。

無論、答えはどこからも返らなかったが・・・。

「じゃあ、オーフェンさんの意見はどうなんですか?」

(・・・別にそんなんどうだって良いだろう・・・)

先ほどロッテ−シャの話ではないが、これだって所詮は他人事だ。

興味が無いといえば嘘になるが・・・それでもこうして顔を突き合わせて話し合うような話題とは到底思えない。

内心そう思わないでもなかったが、相変わらずなんだかこちらを責めるような瞳のロッテ−シャになんとなく居心地の悪いものを感じて、オーフェンはのろのろと口をあけた。

「せいぜいがクラスメイトの、友達・・・ってとこだろ。前に確かそう言ってたような気もするしな。」

「でも・・・」

グラスから手を放してロッテ−シャが顔を上げる。

彼女はあくまでこちらの意見に食い下がってくる気のようだった。

正直、うるさい。

(まぁ、気持ちはわからなくも無いんだがな・・・)

思いながら再び水を啜るオーフェンに、ロッテ−シャが続けた。



「ただの友達って、部屋に二人っきりで抱き合ってたりするもんなんですか?」






「・・・変、かしら?」

夕食を終えて部屋に戻ってきたオーフェンの問いに答える形で、クリ−オウはきょとんと目を見開いてそう呟いた。

今日は別室ではない。

無論、当初の予定ではクリーオウはウィノナ達の部屋の方へ行くはずであったが。

何故か今現在マジクのベッドの上でくつろいだ姿勢で壁にもたれながらこちらを振り返る少女を見返して、オーフェンは思わず半眼になった。

「・・・少なくとも、俺のまわりじゃあんま無かった光景だからな。」

「それって、多分オーフェンだからじゃない?」

「ほほう。ってーと何か?日々幸せな余生を送ろうと最大限の努力と精進を重ねる俺のエコノミーライフよりも、毎日毎日飽きもせずに面倒事を持ち込んできてくれるお前達の方がまだまっとうな人生を送ってるとでも主張してーのか?」

「んとね。・・・ホントの事言っても、オーフェン泣いちゃわない?」

「・・・。」

「ねぇ、・・・泣かない?」

「うう・・・やはり、止めておいていただけると当方としても僥倖かと・・・」

「うん。わたしもオーフェンの精神安定のために、その方がいいと思うのよね。」

薄く笑って、クリ−オウが軽く身じろぎした。

腕がいい加減疲れているのだろう、支える手を入れ替えて再びこちらに向き直る。

「でもさ・・」

「あん?」

「オーフェンだって、お姉さんとかいるんでしょ?」

「そりゃあいるけど・・・」

ブーツを脱ぎながら答えかけて、オーフェンは小さくかぶりを振った。

「少なくとも、お前等くらいの年にはもっと自立しとったわ。」

「その言い方はひっどーい、ような気がするわ。なんとなく。」

隣のベッドに身体を投げ出すオーフェンに向かって、クリ−オウがわずかに非難めいた視線を投げかけてきた。

それに気づかない振りをして、オーフェンは続ける。

「それにしても・・・大丈夫なんか?こいつは・・・。」

「別にどこかが悪いって訳じゃないもの。ただ・・・少し疲れちゃったのね、きっと。」

いろいろな事があったもの・・・と、言いながらクリーオウは伸びてきたオーフェンの手をそこに届く前に振り払った。

「・・・。」

さりげなく、ごく自然にそんな拒絶の反応をされて内心ちょっと傷ついたりする。

完全に宙に浮いてしまった自分の手をのろのろと引き寄せながら、オーフェンは嘆息を漏らした。

手元に落とした視界の端に、まるで親の敵のように力いっぱいクリーオウにしがみついて眠りに落ちている弟子の姿が嫌でも映る。

(・・・なんなんだろな、これって。)

隣のベッドでごそごそと眠るための巣づくりをしながら、オーフェンは胸中だけで一人ごちた。

壁にもたれたクリーオウの腹部にしがみ付くようにして眠ったまま、マジクが起きる気配は無い。

一方のクリーオウの方もいつもの騒がしさはどこへやら・・・時折マジクの金髪を手で梳くように撫でつける以外はこれと言って何をするでもなく隣の窓からぼんやりと外を眺めやっている。

それなりに重かったり手が痺れたりがあるようだったが、彼女はマジクを起こす事も無く不平を漏らすわけでもなくただ窓の外を眺めつづけていた。

常日頃を考えると・・・槍の雨が降るのではないかと思うほど、静かに。

開け放たれた宿屋の窓から、夜の風が流れ込んでくる。

同じくクリ−オウの上、マジクの隣で丸まるようにして眠っているレキの尻尾がぱたりと揺れた。

「・・・なぁ・・・。」

「うん?」

振り返られて、その青い視線にさらされて初めて何にも話題が無かった事に気づく。

それを表に出さずにしばし考えて、そしてオーフェンはおもむろに口を開いた。

「夕飯、食ってないんだろ?」

「・・・ああ。うん。・・・でも、マジク寝てるし。」

「つったって、こいつ夕方からずっと寝てんだろ?・・・いい加減起こしてもいいんじゃねぇか?」

その言葉に、少し考え込むように手の甲を唇に触れさせて、

「まぁ・・・いいわよ。わたしも、そんなにお腹減ってないのよね。」

肩をすくめてクリ−オウが苦笑する。

「・・・そっか。いや、まぁ・・・なら・・・いいんだけどよ。」

その言葉と笑顔に完全に気勢をそがれる形でオーフェンは押し黙った。

当のクリ−オウがそう言うのであれば、口出しする余地は全く無い。

なんだか自分ばっかりが空回っているような気がして、オーフェンはイライラとこめかみを掻いた。

その仕草を見てだろう、ふとこちらを振り返ったクリーオウがくすりと笑う。

(・・・だ・か・ら!お前はそーゆーらしくないよーな事を今日に限って何でそーゆう・・・)

胸中で勝手なことをぶつぶつと続けながら、オーフェンはなんとなくクリーオウを睨みつける。

理不尽な敵意の眼差しを向けられて、彼女は一瞬訳が解らないというようにきょとんとしたが、すぐに小さく肩をすくめて見せた。

いつもであれば集中豪雨よりも凄まじい勢いで返って来るはずの喚き声は、どこにも無い。

「・・・。」

なんとなく手持ち無沙汰になってぼんやりと辺りを見まわすオーフェンの前で、クリーオウの細い手がマジクの髪をゆっくりと撫でた。

「オーフェンはさ・・・」

「あぁ・・?」

「オーフェンは、こういうこと・・・無かった?」

マジクの髪を撫でながら、クリ−オウが小さく囁くように尋ねてくる。

青い瞳はこちらを向いていなかった。

半分くらいを伏せるようにして、ただ眠りつづけるマジクの横顔へと一心に向けられている。

あるわけねーだろ、と思わず答えかけてオーフェンはしかし口をつぐんだ。

一応、念のため、万が一に備えて、今までの記憶をさらってみる。

基礎訓練クラスに配属され、布バットで叩かれつづけた幼少期。

チャイルドマン教室で教室仲間(主に姉)にどつきまわされて育った少年時代。

世間の荒波にもまれた青年時代。

日常という言葉の意味を見失いかけているここ最近・・・

なんだかやたらと乾いてしまった自分の心を感じながら、オーフェンは呟いた。

「・・・とりあえず、一秒たりともそう言う平穏な時間を過ごした記憶が無いな。」

「ああ・・・うん、ごめん。オーフェンて結構そんな感じよね。」

「そのたった今妙に納得しましたって感じの表情が俺的に引っかかるんだが・・・。」

「そこは気がついちゃダメなのよ。」

明後日の方向を向きながらクリ−オウはきっぱりと言い切って、そしてマジクの頭をもう一度丁寧に撫でつける。

細い指の隙間から、少年の金髪がさらさらとこぼれ落ちていた。

「わたしは・・・あったのよね。」

「・・・。」

言われて、オーフェンは思わずなんと返答してよいものやらと考え込んだ。

彼女に向けていた視線を手元に引き戻す。

無論、そんな事をしたからといって答えがぽんと出てくるはずも無かったが・・・

しかし、クリーオウは別段こちらの沈黙を気にする風も無く小さくくすりと笑った。

「なんて言っていいのかわかんないんだけど・・・でも、なんとなくどうしようもなくって。どうしようもないから、どうしようもなくって・・・でも、どうにかしなきゃって気持ちはさらにどうしようもなくって。そればっかりが積もり積もって焦っちゃって・・・」

ほうって置いたらこのまま延々と続きそうなクリ−オウのセリフを手をあげて制して、オーフェンは半眼になった。

「なんか、微妙に訳わかんねーぞ。」

「うん。言ってるわたしも実はよくわかんないんだけどさ・・・」

三度マジクの髪を撫で、クリ−オウが肩をすくめる。

窓の向こうの夜に沈む街並みを一瞥し、そこから吹き込んでくる風に長い金髪を揺られながら彼女は続けた。

「なんとなく・・・たぶん、マジクもそうなんじゃないかと思ったの。」

「・・・。」

「・・・どうしていいか、わかんないんじゃないのかなって。」

呟いて、クリ−オウが振り返る。

こちらを見つめる青い瞳は、何故か輝いてはいなかった。

「そういう時ってさ・・・」

細い指先が、マジクの前髪を絡め取る。

再びこちらからそらされるその視線。

揺れる青い瞳を半分ほど伏せながら、その残り半分の青い瞳でマジクの横顔をじっと見つめる。

少年と少女の細い金髪は、窓からのわずかな風にも揺れていた。

こちらの髪など、ゆらりとも揺れはしないというのに・・・。

髪とともに揺れる瞳をゆっくりと閉じて、見え隠れする少年のこめかみにその唇をそっと押し当てながら、クリ−オウが囁いた。



「――――・・・。」



誰にも届く事のない、細く消え入りそうに小さな声で・・・。






眠る前に、どうやら窓を閉め忘れたようだった。

わずか漂ってくる冷たい夜気に、オーフェンは目を覚ます。

覚ましたからといってすぐに目を開いたわけではなかったが。

(・・・クリ−オウのやつ・・・開けっ放しのまんま寝やがったな・・・)

わずかに苛立ちめいたものを感じながら、オーフェンは毛布を引き寄せて寝返りを打った。

別に寒い時期でもないのだからこのままだっていいんだ・・・とかなり消極的なことを考えながらも、一応のつもりで目を開く。

窓は案の定、開け放たれたままであった。

揺れる白いカーテンの向こうに煙突が、その向こうに街の排煙でかすんだ月が、浮かんでいる。

月明かりに照らされて、辺りは青く光っていた。

冷たい風が頬を撫でる。

「・・・。」

窓を閉めようと上半身を起こしかけて・・・

感じた違和感に、オーフェンはとっさにその動作を取り消した。

眠った振りをしたまま辺りを確認する。

枕もとのサイドテーブルに置かれたコップ半分ほどの水。

部屋の隅にかけられた時計がカチカチと正確な時を刻んでいる。

そして、

「・・・殺しはしない・・・」

聞こえてきたその声に、オーフェンはそちらを振り返った。

あくまで寝返りを打つように。

あくまで、相手に気取られる事なく。

違和感の元凶は、逃げも隠れもせずにただそこにいた。

眠る前に見たときと寸分違わずに、彼女は少年を膝に抱いたまま窓の向こうを眺めやっている。

「・・・このまま、殺しはしない。君はまだ・・・わかっていない。」

風に乗って響く声には、何の感情も浮かんではいなかった。

うろ覚えの子守唄を歌うように、もしくは歌詞のない歌を歌うかのように・・・ただ、そうであるというだけの声音でその言葉が紡がれる。

「僕は殺すのが嫌だ・・・道徳者を気取るつもりはない。僕は僕なりの理由があって、人を殺すことは屈辱なんだ・・・。」

目の前では少女の長い金髪が揺れていた。

その彼女にしがみ付くようにしてベッドに横たわる弟子は、完全に熟睡しているらしい。

今は体の上にしっかりと毛布がかけられている。

自分がやったわけではないから、おそらく彼女がかけてやったのだろう。

そう言うところは妙に律義で気がきくのが彼女だ。

「死というのは、何だと思う・・・?」

言葉は、途切れる事無く続いていた。

感情のない声で、まるで何かをなぞるかのように一瞬たりとも澱む事無く。

「心臓が停止し、蘇生不能の状態になる事か?・・・医者なら、あるいはそう言うのかもしれない。・・・でも、そんなのは要因に過ぎない・・・」

彼女の歌は続く。

彼と全く同じ言葉を、彼とは全く違う細やかな声で。

「神のいないこの世で、奇跡など・・・決して起こらない。だが、奇跡の起こらないことなど絶望ではない・・・。」

呟く彼女のぼんやりとした青い瞳に涙は無い。

それがただ一つの救いであり、それがふとした拍子に湧き上がる苛立ちの原因であったのかもしれなかった。

・・・よくわからない。

彼女の事も・・・自分の事も。

他の誰の事も・・・・。

オーフェンは再び寝返りを打った。

毛布を引き上げ、顔を埋めるようにして彼女とは反対の廊下側に向かって身体を丸める。

窓など後で閉めればいい話だ。

大体、真冬でもないこの季節に窓があいていたからといって大した問題にはならない。

いつもは野宿なのだ。

それを考えれば、今さら窓の一つや二つで何が変わるわけもない。

「奇跡の不備を・・・誰もが知っているというのに。それでも、生きていかなければならない・・・」

オーフェンは枕に顔を押し当てるようにして再び目を閉じた。

非常時に備えて、眠らなければいけない時にすぐに眠れるような習慣はついている。

それは曲がりなりにも戦闘訓練を受けた人間であれば当然の技能であり、

それは彼にとっては大して造作もないことだった。

目を閉じれば、浅い眠りを誘う睡魔はすぐにやってくる。

「・・・それが・・・」

少女の言葉は続いている。

窓から流れ込む風は、今だ冷たく辺りをさまよう。

けれど、オーフェンはかまわずに目を閉じた。



「それが・・・」



そして、その先を聞かずに眠りにつく。

しかしその後も、誰も聞かない少女の歌は続いているようだった。






「・・・とまぁ、こんな風にして使う技なんだがな・・・」

まるで明日の天気の話をしているかのような気楽さでそう言う彼の考えている事が、マジクには解らない。

彼のやる事は、いつだって理不尽だ。

出会ったばかりの頃だって。

トトカンタで過ごした日々だって。

旅に出てからの今日までだって、それはいつもと変わらない。

彼のやる事は、いつだって理不尽だ。

草の少ない荒野の上にごろごろと三回転半ほど転がってしりもちをつきながら、マジクは苛立ち半分にそう思う。

「構成自体はそんな難しい魔術じゃねぇから、初歩としてはいいところだと思う。ただ、タイミングが・・・って、お前いつまでそんな所に転がってるつもりだ?」

「お・・・おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお・・・!」

言いたいセリフが声にならない。

転がされた姿勢のままカタカタと震えるマジクに向かってぺたぺたと歩み寄ってきながら、師は白々しい声をあげた。

「・・・楽しいか?」

「おおおおおおおおおおおしおししおああおおし・・・!!」

「・・・なになに?・・・『今日の夕飯は塩だけでいい』?・・・そりゃあお前、食費が助かっちゃって万々歳だなぁ。あっはっは。」

「・・・っ、誰もそんな事言ってないじゃないですかっ!!」

朗らかに笑うオーフェンに向かって、思わずマジクは叫び返した。

「そうだったっけか?」

「とぼけないで下さい!って、そうじゃなくってっ!!い・・・いいい、今思いっきり当てようとしたでしょ!?絶対掠りましたよ、ここ、これ、ほらっ!」

「うーん、今日は天気がいいなぁ、マジク。」

「あ!ちょっと、そんないきなり明後日の方角に向き直らないで下さいよ!お師様!?」

「・・・さて。」

駆け寄ろうとマジクが体を起こした所で、くるりとオーフェンが振り返ってくる。

思わずきょとんとするマジクにニコリとも笑いかける事無く、オーフェンは至極真面目な声で続けてきた。

「いい加減、息も整ったようだな。」

瞬間、マジクは自分の失態に思い当たり舌打ちした。

そう言えば、以前にもこんな手に引っかかった覚えがある。

しかし、当のオーフェンはそ知らぬ振りで一本だけ立てた人差し指で10メートルほど向こうのそう大きくもない岩を指し示す。

「?・・・なんです?」

思わず聞き返すマジクを見返して、無制限に目つきの悪い師は口を開いた。

「テストだ。・・・アレを魔術で破壊してみせろ。」

こともなげに言われたそのセリフに、マジクは自分の心臓がじくりと痛むのをどこか他人事のように感じる。

秋の空が遠い。

あの時と同じだ。

あの、暗殺者の緑の瞳に触れた時。

死を約束されたあの一瞬。

魔術が、その伸ばされた指の先が、こちらを的確に貫いた時・・・。

この全身を一瞬にして包んだあの痛みが、少年の中でまた鈍くぶり返す。

でも・・・と、反論しかけてしかしマジクは口をつぐんだ。

反論してどうになるわけでもない。

反論する意味はない。

意義がない。

それは、それだけはわかっていた。

他には何一つ、理解できる事などなかったとしても・・・

「・・・わかり、ました・・・・。」

だから、小さく呟いて少年は大きく息を吸う。

右手を掲げ、吸い込んだ息を吐き、小岩を睨みつけながら、マジクはふと思いついてオーフェンを一瞥した。

「・・・あの。もしかしたら、僕の気のせいかもしれないんですけど・・・」

「なんだ?」

少しこちらから離れながら、オーフェンが聞き返す。

マジクは一瞬迷うように手元に視線を落としてから、思い切って続けた。

「なんとなく、アーバンラマ出た日あたりから、やけに練習きつくありません?」

「・・・。」

師が、空を見上げる。

それに釣られて荒野の上に広がる空を見上げながら、マジクは返答を待った。

砂埃の向こうの青空に、ぽっかりと白い雲が浮かんでいる。



「・・・気のせいだろ。」



結局、師の返答はその一言であったが・・・



それにしては答えるまでにやけに間があったなと、思いながらマジクは岩に向き直って再び大きく息を吸い込んだ。

数十メートル先の、そう大きくもない小岩。

辺りを吹き抜ける、荒野の風。

こちらを見つめる、師の視線。

相手はあの暗殺者ではない。

緑の瞳はどこにもない。

岩はこちらを殺せない。

岩は一歩も動かない。

(大丈夫だ。)



それならば、怖くない。



End.

Continued To Version Creao...


Postscript...

初めましてお目にかかります。卯月と申します。
ええっと、ゆかなかさんに同士認定頂いて(まだ言ってる)ただいまウハウハ・・・って、私の近況はどうでもいいですね。うむぅ。
それでは、自作のボケ突っ込みとか。
ボケどころその一。
・・・一体、この話いつの話だよ?って、やっぱりそう思います?
わたしもそう思います。(爆)
ボケどころその二。
微妙にらぶ米意識なオーフェン氏。(クリさんとの会話中)・・・って、変だと思います?
わたしも(以下略)
ボケどころその三。
前向きと見せかけて、実は微妙に後ろ向きマジクさん。
動かないから平気って・・・動く奴はダメってことじゃんって突っ込みいれたくなりません?
わたしは入れたくなりました・・・。全部自分で書いておいて、なんですが。
あとがきを書くに当たって、他の皆さん方のあとがきを読んで参考にしたり。
(それで書いてみても、結局はこの程度か・・・自分。)
今さら書くのもなんですが、こんなバカ後書きで本当に良いのかと自分で心配になったり。
とにかく、こんなものをCIPにおいて下さると仰られたゆかなかさんのご厚意とご慈悲にひたすら感謝の毎日です。

  名簿登録番号14番・卯月さま素敵HP。


Comments...

同士@親分(笑)の卯月さまよりいただきました――!!
っちゅーか何! 何ですかぎゃふ――(ばたり)
マジクリマジクリマジクリ! だってクリったらどう考えても無意識無邪気レベルで
ぎゅーっと抱き締めてなおかつ甲斐性なしにこれでもかとばかりに見せつけ放題やりたい放題(誰が)、そして小学生男子レベルのじぇらしぃ的あてつけ行為をマジクにかます甲斐性なし!!(笑)
ぎゃーすっげ萌え―――!!!(悶)

とりあえず幼馴染みなんですよね二人。幼馴染みだからこその雰囲気があって、それを甲斐性なしは知らなくて、ついでにそれを知りうることは絶対的に出来なくて、当人達は別にそうしている事が普通であって、特別に態度を変えたようなわけではなくて。甲斐性なしが見事に仲間外れですな。あっはっはっ。

自分もそれなりにツラかったけど、でもそれでも周りを見れるクリが素敵すぎるのです。…まぁ、人を癒す(もしくは、癒そうとする)行為により、それで自分を慰めたかったのかもしれませんが(^^ゞ でもクリは自分の悩みから逃げて(『他人を癒す』という自慰行為に逃避したわけではなく)いるわけではなくて、ちゃんと向かいあっていて。マジクに対する行為の根幹は、決して偽善的なものではないのだと思うのです。

――・・・ってああもう、そんな訳分からんダメ人間の戯言はどーでもいいんです、ってゆーか、

>押し当てられる彼女の柔らかな感触

って何でしょ――――――ね―――――――――――――――――!!!!!(笑)
何故そんなさらりと受け流すか青少年!(コラ) どこぞのアンタの師匠だったらああもう今頃どーなってたことか!!(爆)
狽ヘ、つまりええとそれってもしや慣れてるってことか――!?(笑)
え、えっ、えッ、そ、そそそれは何、行為にってこと? それともクリに、ってことッッ!?(滅殺)

てゆーか、甲斐性なしの手を払うクリがたまらんのですたい―――!!(萌)
『もう、いいから(することないからって私達の事をからかってたりせず)邪魔しないで』、みたいな!(爆)
いやんきゃー甲斐性なしが益々小学生男子レベル――!!(嬉<コラ)
ある意味クリがマジクの保護者状態だったんでしょうね(^^) ああん、素敵v

最後に決め手の見せ付けこめかみちゅーv(コラ) 何もかもが見せ付けでやられているあたりが素敵で素敵で、ああんもうマジクったらなんて羨ましいとゆーか、こんちくしょーというか、いいから代わりやがれとしか言葉が出ないとゆーか!(爆)

ラストのマジクの持ち直し(他に言い様は思いつかんのか)加減が益々ステキなのです。大丈夫だと思える心の過程とか、とか、いやすっげ上手いと思いました。げふー(腹一杯)

はてさて、卯月さまを同士とお呼びする過程におきまして、裏自分設定(管理人サイトの隅っこにあるとても痛い妄想ページ)の共通性とゆーものがありまして(笑) このお話の途中でクリがぽつぽつと(普通に見ていらっしゃった方には少々首を傾げてしまうような事を)つぶやいていた事につきましては、まぁ、そういうことらしいです(^^) いやあのですね、強制はしませんが、すっげ萌えですこの設定。たまらんです。ぎゃー(悦)

そゆわけで、そこらへんをちょっと聞いてみたら、卯月さまがクリサイドを書いて下さいました・・・! こっちのクリサイドを見ていただければかなりの高確率でこの設定が萌えでたまらんと思わず握りこぶしを作ってしまうことうけあいです(笑)

とゆわけで、クリサイドこちら。皆私と一緒に卯月さまワールドに萌えませう♪(コラ)

ともあれ、本当にありがとうございました同士@親分―――!!!m(__)m ももももう萌え過ぎっス(げふり)

 

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