窓の外を眺める事に、意味はなかったのかもしれない。

いや、あったのかも知れない。

やっぱり、無かったのかも・・・。

どちらにしろ、アーバンラマの街並みは変わらずにその窓の外に広がっていたし、どちらにしろ、少年にしがみ付かれているこの状態では他にやる事も無かった。

嘆息を漏らし、彼女は街を眺める。

揺れるカーテンの向こうの街を。

夕暮れに赤く染まった、工業都市を。

排煙に霞んだ、その街並みを。

復興に向かう街角を。

何も言わずに彼女は眺める。



彼の死んだ、この薄曇りの空の下を・・・






〜彼女の憂鬱〜






「勝手に寝ちゃっていいって言ったのは確かにわたしだけどさ・・・」

誰にとも無く呟いて、

「ほんとに寝ちゃうことないじゃない・・・」

クリーオウは自分のセリフに嘆息を漏らした。

窓から流れ込んでくる、冷えた夜気に身を震わせる。

「ん・・・」

それに気づいてだろうか・・・膝の上のマジクがわずかに身じろぎした。

寒いのだろう。

そのままもごもごと何かを探すように身体を動かしていたが、結局は彼女にしがみ付きなおしてそのまま再び眠りについたようだった。

ぎゅっとこちらを抱きしめるマジクの髪を撫で、クリーオウは少し何かを考えるように窓を一瞥してからおもむろに足元に手を伸ばす。

マジクを起こさない限りで思い切り伸び、何とかその指先で毛布を手繰り寄せ、それを少年の体に掛けてやりながら彼女は小さく笑った。

「よく寝るわよね、あんたも・・・。」

呟いてみるが、少年は返事をする気配も無い。

その隣で同じようにうずくまる、黒い子犬も同様だ。

今度は子犬の背中を撫で、彼女は再び街を眺めやる。

月明かりに、それでも沈む排煙の街を。

――――工業都市、アーバンラマ。

教科書にもかなりのページを割いて載っていたので知っている。

最先端工業の街、アーバンラマ。

大陸で一番最初に独立政権を主張し勝ち取った、自治都市アーバンラマ。

巨大資本を有する企業がひしめき、その工場の立ち並ぶこの街から排煙の霧が消える事は無いと本には書いてあったし、実際その大気汚染が公害として大きな問題となってしまった最初の街なんだと昔よく遊んでくれた父の仕事仲間も言っていた。

・・・そういえば、あの人はどうしているだろうか。

もうずいぶん会っていない・・・いつも、アーバンラマ名物「初代市長人形焼」をお土産に買ってきてくれていたあの人は。

(こうやって思い出してみると・・・変なおじさんだったわよね、あの人も。)

娘が3人ほどいると言っていた。

そのうち連れてくるから遊んでやって欲しい、とも。

もっとも、それが実現する前に父は死に、彼ともすっかり縁が切れてしまったが。

「おじさんもまだ・・・この街のどこかに、住んでるのかしらね・・・」

それとも、どこかに引っ越してしまっただろうか。

今となっては、それを調べる術も無いが。

ふわりと浮き上がってきた自分の金髪の先を片手で掴み、それをなでつけながら室内を振り返る。

明かりを消した室内は、ただ月の光で薄青く染まっていた。

部屋の隅の鏡台に、排煙に霞んだ朧月が映り込んでいる。

重なる寝息の音に従って視線を落とし、彼女は隣のベッドを振り返った。

そこにはベッドの主・・・オーフェンが、うつ伏せになって眠っている。

うつ伏せ寝は、姉の言によるとなんでも「顔のシンメトリーを崩すからあまりよくないの。」だそうだが。

そもそもシンメトリーとやらがクリーオウにはよくわからなかったし、あのどこで人生間違ったんだかと呆れたくなるような彼のつり目を見る限り、どちらにしろもう手遅れだろうと彼女には思えた。

流れ込む、排煙を含んだアーバンラマの風が彼の黒髪を揺らす。

彼は――オーフェンは、この排煙が嫌いだと言っていた。

そりゃあ、面と向かってこんなものが好きだと主張するような人間も少なかろうが。

ちなみに、彼には一応理由も聞いてみたが、それはやはり大した事が無かった。

たしか、煙いからとか・・・身体に悪いからとか、臭いからとか。

よく覚えていないが、とにかくその程度だった。

・・・理由など、どうでもいい。

ただ、事実だけがそこにある。

彼は――オーフェンと名乗るこの青年は――排煙が嫌いであると言う事実。

この街を包む排煙が、すでにこの街の要素の一つとなっているこの排煙が。

彼は、嫌いであると言う事実。

ならば・・・

(・・・わたしは、どうなのかしら?)

はたと考え込んで、クリーオウは首を捻った。

この町に着いて、一番この排煙に「髪に変な匂いがつく」だのと大騒ぎしたのは紛れも無く自分だったが。

今は、どうなのだろうか?

自問しながら窓の外を眺めやる。

青く照らし出される街。

月の光を返す、屋根。

人通りの無い裏道。

その裏道に転がるひしゃげたアルミ製のごみ箱。

(案外・・・嫌いじゃないかもね。)

排煙に沈むこの街が。

異臭を含むこの風が。

ひんやりと冷たいこの夜気が。

自分と彼の痴話喧嘩の大舞台にと、哀れにも選ばれたこの都市が・・・

彼女は眺める。

排煙に沈む街の空を眺めやる。

霞む月を眺めやる。

そして、ふと思い出す。

あの夜も、そう言えば月が出ていたと・・・






「・・・殺しはしない・・・」

見上げる霞んだ月は、誰かを思い出させた。

その漂白されたような金の色のせいかも知れない。

ただ、今日の自分が感傷的過ぎるだけかもしれない。

それは、よくわからない。


「僕は殺すのが嫌だ・・・道徳者を気取るつもりはない。僕は僕なりの理由があって、人を殺すことは屈辱なんだ・・・。」

昼間、散歩がてらに南部の方へと足を向けた。

オーフェンとロッテーシャはついてくると言い張っていたが、そこはウィノナが助け舟を出してくれた。

初めて、彼女を素直にいい人だと思った瞬間だった。

適当なワンピースと、宿屋のサンダルを引っ掛けて外に出た。

露天の並ぶ商店街を抜けた所で、忽然と表れた青いビニールシートに行く手を阻まれた。

迂回して、となりのストリートから行ってみても同じだった。

諦めて引き返そうとする頃になって、シートを掻き分けてこちらに向かってくる人間がいた。

魔術士同盟の腕章をつけた中年の男だった。

シートの前で立ち尽くしていた自分を見つけて、彼はなにを思ったのか少しだけ痛ましげに顔をゆがめて見せていた。

そして、言った。

この先は、被害が大きいので立ち入り禁止です・・・と。


「死というのは、何だと思う・・・?」

死体には・・・

彼の死体には。

一度だけ触れた。

しかも、この平たい爪の生えた指先ではなく、四足歩行生物特有の肉球で。

弛緩した頬は、不思議な硬さと柔らかさを持っていた。

弾力性は、あまり無かった。


「心臓が停止し、蘇生不能の状態になる事か? ・・・医者なら、あるいはそう言うのかもしれない。・・・でも、そんなのは要因に過ぎない・・・」

オーフェンは、彼女をあまり死体に触らせたくないようだった。

彼女を掴みあげて彼から遠ざけたのも彼だった。

手をのばす自分の前で、ダミアンが幻のように彼を消した。

跡形も無く、彼を消した。

そこには初めから誰の死体も無かったかのように。

全てが悪い冗談のように。

何の足跡を残す事無く。

もう動かない彼の死体は、どこかへ消えていってしまった。


「神のいないこの世で、奇跡など・・・決して起こらない。だが、奇跡の起こらないことなど絶望ではない・・・。」

泣く事は出来なかった。

泣いてもよかったのかもしれない。

泣いた方が、よかったのかも・・・。

それでも結局、涙は一滴も出なかった。

それが何故なのか、分かりそうでわからない。

彼の亡骸の行方もわからない。

ただ、事実と現実だけが残される。

彼を助けてあげたかった。

だけれど、彼は死んでしまった。

自分が、彼を死なせてしまった。

彼はもう、この世界のどこにもいない。

当たり前だ。

――――自分が、彼を殺してしまったのだから。


「奇跡の不備を・・・誰もが知っているというのに。それでも、生きていかなければならない・・・」

彼と自分を考える。

不思議な関係だ。

少なくとも、友達ではなかった。

彼は暗殺者だと言っていた。

自分を殺す――殺害者だと。

実際、それが一番正しかったように思う。

狙われる被害者と、狙う殺害者。

皮肉なものだ。

両者は、時としていとも簡単に逆転する。


「・・・それが・・・」

彼は、なにを望んだのだろうか。

彼は、なにが欲しかったのだろうか。

聖域も、母も、あの緑のおかしな天人の遺産も。

全てを投げ出してしまってもかまわないのだともしも誰かが言ったなら、彼は、他の道を選んだだろうか。

そして、自分と出会う事も・・・その自分に命を奪われると言う事も。

何も・・・無かったのだろうか。


「・・・それが・・・」

それが。

「・・・それが。」

あの、些細な出会いが。

「それが・・・」

彼の残した言葉の響きが。

「・・・それが・・・」

結局、何一つ残らなかったこの事実が。

「それが」

この、漂うばかりで形にならないこの想いが。

「それこそが・・・」

時折、砕けそうになるこの感覚が。


「絶望だ・・・」

(そう・・・なのかもしれない。)

呟きに胸中だけで答え、クリーオウはゆっくりと口を閉じた。

顔を上げたことで、細い肩を金髪がさらさらと滑り落ちる。

歌を歌い終えた事は、彼女に何の達成感も与えはしなかった。

ただ、訳の解らない思いを運び、体の奥底にしこりだけを残して去っていく。

「・・・。」

目を細め、冷え切った自分の身体を抱きしめかけ、ふとクリーオウは視線を落とした。

眠るマジクに抱きつかれているおかげで、膝から下はほんのりと暖かい。

小さく笑って、自らを暖めるためにマジクを抱きなおし、彼女は再び口を開く。

「・・・どうしていいか分からない時ってさ・・・」

人には言えない。

情けなくって、こんな事いえない。

だけど、今なら言える。

誰も聞く人の居ない、今だからこそ声に出そう。

「誰かに・・・ぎゅってしてて欲しいよね・・・」



排煙に霞む月を見るのは今夜が最後の夜だから。

明日はまた他のどこかで笑っていたいと思うから。

そのくらいの甘えなら、今日だけは自分に許してやろう・・・。



End.

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い・・・いいいいかがっスか皆々様! 萌えません? やたらめったら萌えサカリません!?(嫌な書き方)

このお話でクリの行動の全てに説明がついて、んもうもう益々クリに首ったけ。っかーたまんねェー!(じゅるり<爆) ラストなんかしてやられたって感じでんもう、私どうしたら!(結果、同士@親分に萌え憑きました<嫌)

名簿登録番号14番・卯月さま素敵HP。

 

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