眼前に迫る壁の前に、クリーオウは足を止めざるを得なかった。
近づいてくる複数の足音に、壁を背に振り向く。
黒づくめの人影が三つ、ゆっくりと自分へ向かってきていた。
窓から差し込む月明かりが逆光となり、顔などの細部は全くわからない。
というより、その黒づくめはご丁寧に顔に黒いマスクのようなものをかぶっており、言葉どおりの黒づくめだった。
リーダー格と思われる真ん中の男が一歩前に踏み出て、低い声で告げてくる。
「あまり手間をかけさせるな、小娘」
きっ、と男を睨み返すが、この暗闇とマスクらしきもので表情は全くわからない。
「さ……三人がかりでいたいけな女の子を追い掛け回しといてずいぶんなセリフね!」
と、そこでクリーオウは気付いた。
さっきから乱れた呼吸を整えるのに肩で息をしている自分に対し、彼らは何事もなかったかのように佇んでいることを。
(……訓練された連中ってこと? やっぱり、さっきの話……本当だったんだわ)
「我々の目的はお前の腕の中のそれだけだ。大人しくそれを渡せ。そうすれば、お前に危害を加える事もない」
「レキをどうするつもりよ!!」
「処分する。危険物を処理するのに何の理由もいらないだろう。このまま、自然の調和を乱す者をのさばらさせておくわけにはいかないからな」
「何も悪い事してないのに、その小さな命を奪っておいて何が自然の調和よ!!」
「被害者が出ている。器物の破損だけでなく、人までも傷つけたとあっては危険物だと言われても仕方ないのではないのかな?」
「……!」
何か叫び返したい気持ちをぐっと飲み込んで、クリーオウは唇を噛んだ。胸に抱えているレキを抱き締める腕に、ぎゅっと力をこめる。
レキが苦しそうに身をよじるのがわかったが、それを気遣っている場合ではない。
「自覚はしているようだな。なら、素直に従うことだ」
リーダー格の黒づくめが、一歩前に出る。
それに合わせるように、クリーオウが一歩下がる。
「自分の身を守る事も処世術の一つだと覚えておいた方がいい。可愛い顔に傷など残したくはないだろう」
また一歩、二つの人影だけが同じ方向に動く。
どんっ、と何かがクリーオウの背中に当たる。
「……!!」
目をやるまでもなく、後ろは壁。
横は大きく、しかも頑丈な窓。
目の前には黒づくめ。
もし眼前の奴をうまくくぐり抜けたとして、その後ろにはまだ二人も控えている。
……逃げ道は、なかった。
「もう一度言う。……素直に従うことだ」
ゆっくりと、黒づくめの手がこちらに伸びてくる。
「嫌っ……!!」
胸のレキをかばうように抱き締め、身をよじる。
と、腕の中に埋めたレキがもぞもぞと動き――行っちゃダメ、と気持ちが焦った瞬間――
「やめろっ!!!」
聞き慣れた低い声が耳に届く。
その声に弾かれるように顔を上げ、声の主を暗闇に求めようとして――
クリーオウの目の前は光に包まれていった。