「……」
目を開ける。
目を開けられるということは、まだ自分はこの世から消え去ったというわけではないらしい。
(……いつつ……防ぎきれなかったか……まあ命が残っただけでも儲けモノとするべきか)
廊下に仰向けに倒れていた身体を起こし――身体中のあちこちから訴えられる痛みを堪えつつ――どうにか立ち上がる。
と、ぱらぱらと何かが床に舞い落ちる。
広間の両横にあった、窓ガラスの破片だった。
改めて周囲を見渡すとその惨状はすさまじかった。
広間に光を差し込まさせていた両横の大きな窓は爆発により原型をとどめてはおらず、ガラスは粉々に砕け、その枠は高熱によるものだろうか、どれもがおかしな方向にひしゃげていた。
床にはそのガラス片が散りばめられていて、月明かりを小さく反射する。
そして、奥の方に元々黒づくめであったのがさらに黒く――黒焦げに――なった人の形をしたものが一つ。
自分のすぐ近くに、爆発(もちろん、できる限り防いだのだが)でぼろぼろの、こちらも黒づくめであったものが、真横と真後ろに一つづつ。
「……」
先程自分が目にした光景と、今目の前に広がっている現状で、明らかに違うものといえば――
(……いない、か。空間転移だろうが……)
夜の闇の中でも目立つ金の髪の少女は、そこにはいなかった。
その腕に抱えられた、黒い悪魔とともに。
「……ぅ……」
と、足元の黒づくめが気が付いたらしい。
「おい、大丈夫か?」
しゃがみこんで声をかけると、ぼろぼろの衣服からのぞくすすけた顔を見ることができた。
知った顔、ではなかった。
まぁ大学なんて終始一緒の講義を取っている奴なんてほぼいないわけだから、当然といえば当然ではあるのだが。
「……ううっ……な……何て、力、だ……」
「当然だ。あんなものをただの魔術士が数人束になったところでどうにかできるとか思う方がおかしいんだよ。俺が防がなかったらお前ら完全に消し炭だったんだからな」
「ぐ……っ……」
身体が痛むのか、それとも指摘された内容に言葉をつまらせたのかはわからないが、そいつは顔を歪めてうめいた。
「自分の傷くらい自分で手当てしろよ。俺にはそこまでの義理はない」
「……」
「で。誰が首謀者だ?」
「……それ、を、お前に言う……義理、は……ない……」
「助けられといてそれか? まぁいいけどな。ここまで大事になったんだ、調べればすぐにわかることだ」
反論しようがないのか、元・黒づくめは押し黙ってしまった。
「……おい、どこに行くつもりだ?」
後ろで動く気配に対し、俺は振り向きもせずに言う。
「……知れたこと。あの悪魔の処分が我らの悲願」
返された言葉にちろ、と目だけを向けると、後ろの方に倒れていた(元)黒づくめが廊下に向かい歩き出していた。
先程魔術を展開した際、ちょうど走りこんできた俺の後ろ側に入ったおかげで、あまり傷を負わなかったようである。
とはいえ、その黒づくめの衣装は所々ぼろぼろになっていたが。
(……自殺志願者か、お前らは)
半分呆れ、半分妙な感心をしながら――痛みを無視して立ち上がる。
「お前な、あれだけの力を目の前にしてまだ言うか……って待て、おい!!」
言いながら奴の方へ目をやると、奴は既にぼろきれとなった顔を覆っていた布を廊下に投げ捨て、廊下の向こうへと走り出す所だった。
「コラ待てっつ……って……!」
痛みが全身を襲う。たまらず俺は膝をついた。
「……我は癒す斜陽の傷痕」
痛みを堪え、何とか構成を展開する。
応急処置にすぎないが、とりあえずの治療を終え、改めて周囲の気配を探る。
(……もう、この棟にはいない、か)
人の気配、というか、何かがいる気配はまるでなかった。
「となると、向こう……か?」
この特別棟は学園の端に位置している。空間転移をするならば、学園の外に面した方にレキが移動するとは思えない。
なぜならレキはチャイルドマン先生らが張り巡らした結界のおかげで学園の外には出られないようになっているし、何よりクリーオウの意志に従ったのであれば、「黒づくめから逃げる」ことが前提となっているはずだ。
ならば、レキ自身が逃げられない方向に向かって転移するとは考えにくい。
とすればその逆――高等部の教室棟が立ち並ぶ方向に向かって飛んだとするのが妥当だろう。
「……逆戻りか。ったく、手間とらせやがって!」
俺はまだ少しばかり痛む身体を動かし、広間を後にした。